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米国、GMO規制でEUをWTO提訴、欧州委は断固反論

農業情報研究所(WAPIC)

03.5.14

 米国のWTO提訴とその理由・動機

 米国は、5月13日、遂に遺伝子組み換え(GM)食品・作物に関するEUの規制のWTO提訴に踏み切った。米国は、一般に「モラトリアム」と呼ばれているこの規制がWTOのルールに違反し、科学的根拠がなく、農業と途上国に有害な影響を与えていると言う。

 第三者としてオーストラリア、チリ、コロンビア、エル・サルバドル、ホンジュラス、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、ウルグアイも加わり、米国の提訴を支持するという。いずれも米国との自由貿易協定(FTA)を締結したか、締結を望んでいることに注意しなければならない。二国間交渉・地域貿易協定を通じての米国基準の推進が世界を二分しつつある現われのひとつである。

 米国通商代表・ロバート・ゼーリックと米国農務長官・アン・ベナマンによるこの提訴の発表には、多数の農業バイオテクノロジー推進派科学者や、提訴に参加する国々の代表者も加わったという。

 発表に当たってのゼーリックとベナマンの発言は、今まで何度となく聞かされたものの繰り返しであり、特別の新味はない(USTR Press ReleaseU.S. and Cooperating Countries File WTO Case Against EU Moratorium on Biotech Foods and Crops,5.13)。

 「EUのモラトリアムはWTOルールを侵犯している。世界中の人々が、何年もの間、バイテク食品を食べてきた。バイテク食品は世界の飢えた人々を養うのを助け、健康と栄養の改善を大きく改善する機会を与え、土壌侵食と農薬使用を減らすことで環境を保護する」、「EUがいつまでもWTOの義務を守らないために、EU自身の科学的分析でも正当化されない貿易障壁がいつまでも取り払われず、世界中の農民と消費者に大きな利益をもたらす可能性のある技術の世界的利用を妨げている」(ロバート・ゼーリック)。

 「この提訴で、我々はアメリカ農業の利益のために戦う。・・・EUの行動は、世界中の生産者と消費者に巨大な潜在的利益をもたらす一方、途上国の夥しい数の人々を苦しめている飢餓と栄養不良と戦う非常に重要な手段を提供する技術の十全な開発を妨げる恐れがある」(アン・ベナマン)。

 米国が最も恐れているのは、途上国を始めとする世界の多くの国々がEUに倣うことである。それによって、米国アグリビジネスによるGM食品・作物の世界中への売り込みが大きく妨げられることになる。その世界戦略を妨げる最大の要因としてEUの規制が槍玉にあがったのであり、WTO提訴の狙いは、米国基準を一挙に世界基準として認めさせとようとすることにある。

 米国の提訴の最大の法的根拠は、ウルグアイ・ラウンドで合意された衛生植物検疫(SPS)協定である。先のプレス・リリースは次のように言う。

 「SPSに関するWTO協定はWTO加盟国が健康と環境を保護するために作物と食品を規制する権利をもつと認めている。しかし、WTOのSPS協定は、加盟国がそのような措置の”十分な科学的証拠”を持ち、”不当な遅延”なく承認手続を取ることを要求している」。EUのGN食品・作物の規制と承認手続は、明らかにこれに違反しているというのである。

 米国の掲げるWTOルール違反の根拠

 しかし、EUのWTOルール違反を主張する米国の根拠は、いささか大雑把にすぎるようである。米国通商代表部は、EUの環境問題担当委員自身による「モラトリアム」は違法であり、正当化されないという発言を引用、次のような事実を違反の根拠として掲げる(USTRThe EU Ban On Agricultural Biotech Products is Illegal)。

 ・1990年代末以来、EUは農業バイオテクノロジーの開発と利用を妨げる政策を追求してきた。

 ・1990年代末、EU6ヵ国(オーストリア、フランス、ドイツ、ギリシャ、イタリア、ルクセンブルグ)はEUにより承認されたコーンとナタネの輸入を禁止した。これはEU法違反であるにもかかわらず、欧州委員会は禁止への挑戦を拒否した。

 ・このモラトリアムは米国コーンのヨーロッパへの輸出を阻害しはじめた。EU法違反に加え、モラトリアムは、明らかにWTOルールを侵犯するものである。

 ・特に、WTOは、輸入規制措置は”十分に科学的な証拠”に基づかねばならず、規制承認手続は”不当な遅滞”なしに運用されねばならないことを要求している。

 ・WTOルールはバイテク食品の自動的承認は要求していない。しかし、現在、EUは新たな承認を与えるのを拒否している。これは、明らかにEUのWTO義務違反である。

 しかし、EUの行動に関する事実は、決してこのように単純化できるものではない。欧州委員会は、常にバイオテクノロジーの開発と利用の推進を望んできた。EUの規制システムの下では、GMOは、販売承認に先立ち、人間と動植物の健康や環境に対する予想される影響が「科学的」に評価されねばならない。この規制システムはEUが定める保護のレベルを達成できるものでなければならない。このシステムの下で、EUは、過去、多くのGMOの環境放出・販売を承認してきた。確かに6ヵ国は、EUレベルで承認済みの一定のGMOをなお禁止している。しかし、これはEUレベルで承認されても各国レベルでの一時的販売禁止を許すEU法(指令90/220/EEC第16条、セーフガード条項)に基づくものであり、必ずしもEU法違反とはいえない。そのうえ、欧州委員会は、このような禁止を正当化する科学的証拠の提出を求め、植物科学運営委員会による提出された証拠の評価を行なっている。欧州委員会が禁止への「挑戦を拒否した」というのは、あまりにズサンな言い方である。

 1998年10月以来、新たなGMOの環境放出は一件も認められなくなった。これが「モラトリアム」と呼ばれている。しかし、これはGMOのリスクに関する新たな科学的知見の増加に対応すべく、従来の規制システムの見直しが必要になったからである。2001年に3月には新指令が採択され、2002年10月に発効した。新たたシステムの下で、最近、二つ食用綿実油の販売承認が行なわれたし、多くの新たな販売許可申請も審査の最終段階にある。欧州委員会は、「モラトリアム」解除に抵抗する国に対しても、勢力的に取り組んできた。最近も、GMO環境放出指令の国内法化を怠っている12ヵ国に法的措置を取っている(欧州委、EU12ヵ国にGMO環境放出指令実施を迫る,03.4.12)。また、各国も承認に動き始めている(GM作物栽培承認に向けてのドイツ・スペイン・英国の動き,03.3.31)。多くの国が「モラトリアム」解除の条件とするトレーサビリティーと表示の制度の強化も、欧州議会による最終的審議の段階にある。「EUは新たな承認を与えるのを拒否している」というのもズサンな言い方である。

 EUは、EU独自の「科学的評価」に基づき、安全と評価されたGMOは承認してきたし、承認しようとしている。この評価が安全と確認しないものは、当然、承認されない。現段階では、とりわけGMOの長期的リスクについては、科学的見解も大きく割れている。米国で安全とされたものがEUで承認されないからといって、これが「十分な科学的な証拠」に基づかない決定と「断言」することはできない。「不当な遅滞」の基準に関する国際的コンセンサスがあるわけでもない。

 EUは、これらの点で、米国に十分に反論することができよう。

 EUの反論

 米国のWTO提訴の発表を受けて、欧州委員会は反論した(European Commission regrets US decision to file WTO case on GMOs as misguided and unnecessary,5.13)。

 欧州委員会は、米国の決定は法的に正当と認めがたく、経済的に根拠がなく、政治的に助けにならないと遺憾を表明した。通商担当委員・パスカル・ラミーは、「EUのGMO承認規制システムは、明確で、透明で、非差別的で、WTOルールに沿うものである。従って、WTOが審査を必要とする問題ではない。米国は”モラトリアム”と呼ばれるものがあると主張するが、EUは過去にGM品種を承認してきたし、現在も申請を調査分析中である」と言う。保健・消費者担当委員・デビッド・バーンは、「我々は最新の科学的かつ国際的発展に沿う我々の規制システムを完成させるために懸命に働いてきた。最終的仕上げが間近に迫っている。これはヨーロッパにおけるGMOへの消費者の信頼の回復のために不可欠なことだ」、EU市場でGMO販売が少ない理由は消費者の需要がないことだと言う。環境担当委員・ワルストロムは、「米国の動きは助けにならない。それは、既に困難なヨーロッパでの議論を一層難しくするだけだ。しかし、委員会は、我々が現在欧州議会で審議されているトレーサビリティーと表示に関する立法の完成に前進すべきだと強く信じている」と語る。欧州委員会は、このようにEUの規制システムが経済的理由に基づくものではなく、健康と環境への悪影響を真剣に考慮するものであると主張する。

 EUのGM規制によって米国農産物のEUへの輸出が大きく損なわれているという米国の主張に対しては、次のように反論する。米国トウモロコシのEUへの輸出が減ったのは、米国ではトウモロコシの1−2%がGM品と分別されるだけで、その大部分がGM品を含むことは避け難く、これらGMトウモロコシの多くはEUでは未承認のものである。そのために、EUの米国トウモロコシ輸入は、1995年の332.5万トンから2002年には26トンにまで減り、EUで承認されたGMトウモロコシを生産するアルゼンチンからの輸入が53万トンから135万トンまで増えた。他方、米国のGM大豆はEUでも承認されたものだから、EU市場へのアクセスには問題はなく、米国大豆のEU市場でのシェアが減ったのは、米国の国際市場での競争力が落ちたからにすぎないと言う。 

 さらに、途上国がEUの規制に倣うことで、飢餓や栄養不良との戦いが阻害されているという米国の主張に対しては、逆に、食糧援助を通してGM食品・作物を途上国に売り込もうとする米国の態度を厳しく批判している。飢餓に瀕するアフリカの多くの国が、健康・環境への悪影響、自国のトウモロコシへの組み換え遺伝子の拡散、それによる国際貿易への悪影響、先進国の「バイオピラシー」などへの恐れから、米国からの援助トウモロコシの受け入れを拒んでいる。米国は、このような食糧援助拒否の責任をEUに帰そうとしている。しかし、欧州委員会は、例えEUや米国が安全とするものでも、途上国が独自の基準に基づきGM食糧援助を拒むのは、WTOのSPS協定や技術障壁(TBT)協定、生物多様性条約のバイオセーフティー・カタルヘナ議定書が認める正当な権利の行使であり、このような合法的関心がGMOに関するEUの政策に対する米国の攻撃の理由とされることは受け入れ難いと言う。

 欧州委員会によれば、飢えに苦しむ人々への食糧援助は緊急の人道的必要を満たすべきもので、外国にGM食品や輸出用作物の栽培を売り込み、国内の過剰の捌け口を求めるものであってはならない。EUの援助食糧は、可能なかぎり地域から調達しており、これは地域市場の開発に寄与し、生産者に追加的インセンティブを与え、地域の消費の慣習にマッチした食糧の配布を可能する。乾燥や酸性土壌に耐える途上国の利益となるGM作物は未だ実験段階にあり、商業的に利用可能なGM作物の大部分は除草剤耐性(75%)か害虫抵抗性(17%)のものである。しかし、貧しい国の小農民の除草剤利用は非常に限られているし、殺虫剤は基礎食糧作物ではなく、綿のような商業作物に使われているのが一般的だから、これら作物の普及による途上国の利益は限られているという。

 米国は、WTOに提訴すれば必ず勝てると信じているようであるが、問題は米国が主張するように単純なものではない。WTOがこのような複雑な問題を明解に裁くことができるとは考えられない。米国のWTO提訴により、WTOは未知・未経験の領域に踏み込むことになる。結果はほとんど予測不能である。

 今後の展望

 5月14日付のファイナンシャル・タイムズ紙は、11面の全面を、国際貿易問題に関する優れたジャーナリスト3人によるこの問題に関するコメントと分析に当てている(Guy de Jonqueres,Edward Alden,Tobias Buck;Sowing discord:after Iraq,the US and Europe head for a showdown over genetically modified crops,Financial Times,03.5.14,p.11)。彼らは、「昨日の[米国のWTO提訴の]決定は成功を保証されない計算されたギャンブルである。それは逆効果になる恐れさえある」と言う。米国は勝利を信じているかもしれないが、「食品安全に関するWTOのルールは概略的で、未試験のものだから」予測は困難で、「それは貿易制限が科学的リスク評価で支持されることを要求しているが、どのレベルのリスクが受け入れられるかは各国政府の決定を許している。それは、米国は4年半は長すぎるというが、一時的な予防的禁止も許している」。著名な国際貿易法専門家のジャクソン教授は、新たなルールを交渉することで取り組むべき紛争の決着をWTO紛争処理メカニズムに期待するのは不合理であると語っているという。WTOの紛争処理能力が危機に陥る恐れがある。

 仮に米国が勝訴したとしても、EU市民がかえってGMOへの反発を強め、「EUが市場開放で応えるとはとても保証できない」ということは以前から指摘されている(GMO紛争、米国がEU提訴を延期したが、その先は?,03.2.10)。ワルストロムの言うように、それは「既に困難なヨーロッパでの議論を一層難しくするだけ」であろう。それは、WTOの権威を一層低下させることになる。EUは、ホルモン牛肉輸入禁止で敗訴しながら、未だに禁止を解いていない。米国も、多くの敗訴したケースで裁定を無視している。それどころか、相次ぐ米国に不利な裁定に、米国議会等には、米国の「主権」を侵害するWTOへの批判が渦巻き、WTO離れの雰囲気が高まっている。仮にEUが有利な裁定が出たとすれば、米国のこうした雰囲気はさらに強まるであろう。どちらにしても、WTOは大きな傷を負うことになるであろう。

 同日付のファイナンシャル・タイムズ紙の社説は、どちらが正しく、どちらが悪いにせよ、「タイミングは決定的に狂っている」と言う(The transatrantic train collision,Financial Times,5.14,p.12)。欧州委員会はGM食品へのEU市場の開放に向けて奮闘してきたが、米国の提訴はモラトリアム解除に反対する国と欧州議会の抵抗を強めようし、GM食品への市民の信頼が改善することはまったく期待できない。さらに、WTOがこのような問題で明快な裁定を下せるはずもない。米国に有利な裁定はモラトリアム解除を一層困難にするし、米国に不利な裁定は選挙の年の議会におけるWTO反対者を更に奮い立たせるだろう。「一部の貿易外交官が、これはWTOにとっての”lose-lose”ケースだと言うのは驚くに値しない」。社説は、「このような問題での対立は交渉を通してのみ解決できる。・・・それをWTOの準法的紛争処理に訴えることは、それを二つの最大のメンバーの間の戦場に変え、多角的協力で不可欠な役割を果たすべき組織への信頼性を脅かす」と結論している。

 ホルモン牛肉やGMOを強要し、世界の国々の「食糧主権」を脅かすWTOなど要らない、「WTOは農業から出て行け」という主張もある。しかし、WTOの権威失墜は「グローバリゼーション」の凋落を意味しない。強大な軍事・経済力に頼った二国間自由貿易協定を通じての米国基準の世界への強要が加速するだけだ。「多角的協力」の強化は不可欠である。それをどのように実現するのか、それが世界に課された緊急の課題である。