農業情報研究所

 季節の便り 

2017年3月20日

ちょっと暖かくなったと思ったら、あっという間に

わが家の庭の杏

2016年12月20日

栃餅と沢庵

山形飯豊山麓のマタギ宿から搗きたての栃餅と沢庵が届きました。名人だった「おかあさん」は今年、癌で亡くなりましたが名物作りは続いています。

2016年12月19日

塩蔵わかめの袋詰め作業

 気仙沼・熊谷 直さん宅にて

2016年11月24日

とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている 男東大どこへ行く 

 ⇒東京大学における軍事研究の禁止について(平成27年1月16日 東京大学総長 濱田 純一)

(11月22日 東大構内)

バラに初雪

(11月24日 11時)

2016年10月27日

進次郎様 頑張ってます、都市農協

2016年10月12日

甲斐駒(小淵沢より)

朝起きたときの好天に誘われ、久しぶりに八ヶ岳を威嚇するかのごとくどっしり構える甲斐駒ケ岳の姿を見ようと電車に飛び乗った。着いてみると天気は思ったほどではなく、山ひだも見えないほどに暗い。紅葉も異常に遅く、青一色。しかし、それも気候変動の象徴として記録に残しておくとしよう。

2016年10月11日

気仙沼 唐桑半島のハマギク 三陸新報紙より

2016年10月7日

台風一過 あかとんぼ

2016年9月11日

秋 プロ野球も終盤 さんま

気仙沼のさんま千匹 コボスタ球場で行われた楽天さんま祭り

2016年6月23日

バラが咲いた・・・

妻の入院で一人暮らし、”五体不満足”のわが家の庭に

2016年6月18日

ゴーヤーの花が咲きました

2016年5月13日

田植えシーズン

2016年4月24日

気仙沼から届いたばかりのタラの芽(朝10時)

2016年4月11日

枝垂れ桜 散り際の輝き?

2016年3月17日

神戸港日の出(6時20分)

定宿にしているホテル9階の部屋から。ホテルは相変わらず中国人客でごった返しているが、朝の港には見とれるばかりである。

2016年1月4日

ただひとつ

今朝、三鷹・玉川上水縁でみつけたカラスウリ

2015年11月22日

気仙沼直送大サンマ(昨日朝上がったもの)

 

2015年10月31日

淡路秋色

古来のため池に支えられたここの稲作文化にも終色

何を言うか。農地集積、攻めの農業で前途洋々だ―現場の実態を何も知らない政治家たち

2015年7月7日

山村便り

 2年ぶりに我が家で食べるお米の故郷である山里を訪ねた。猛威を振るったナラ枯れ(激烈なナラ枯れに襲われた山形・飯豊山麓)が完全に収束、枯れ木が白骨のように林立する山の姿を含め、2年前と特に変わった様子は見られない。

 ただし、暮らしには憂うべき変化があるようだ。「担い手」も兼ねるマタギ民宿農家の主が言うには、ナラ枯れために天然舞茸がほとんど絶滅してしまった。これは重要な収入源と「おかあさん」の生きがい―きのこ採集―の一つが失われたことを意味する。それでも、細く裂かれた舞茸の一筋を見分けることができる香り豊かな舞茸おこわを出していただき涙が出た。

 原発事故によるセシウム汚染のおかげで熊汁を客に振る舞うことができなくなたった。おかげで5月の熊祭りのときの人出も激減した(マタギ猟の安全願う 山形・小国「熊まつり 河北新報 15.5.5)。

 その上米価は暴落、都会もそうだろうが、ここも住みにくくなってきたという。2年前とは正確比較できないが、耕作放棄地も増えたようだ。遅くとも明治初年には開田され、小区画の棚田を大区画田に改良して15年ほど経つここの田んぼもいつまで続けられるかと心配になる。

 唯一の明るい話題は、台湾人のツアーがやってきたことだ。台湾の旅行会社の企画によるものだが、言葉の壁も苦にならず、大喜びで帰ったばかりという。 飯豊の山奥もずいぶんと国際化したものだ。

 ただ、そうなると、今度は別の心配ごとも出てくる。フランスが山地政策を重視した理由の一つに、欧州経済共同体(EEC)の設立により国家安全保障への懸念が強まったことがある。フランスの山岳地帯は国境地帯でもある。ここが無人化し、欧州統合で外国人がなだれ込んでくれば、安全保障が危険にさらされる。なんとしても、ここに人口を維持しなければならないというわけだ。国土保全の観点からも、経済的農林業ではなく、「人口維持農林業」が模索されのである

 日本では今、安保法制論議が盛んである。島嶼防衛が重要な論点の一つになっている。しかし、山地防衛は誰も論議しない。山が無人化し・外国人が占有しても、何の問題もないのだろうか。少なくとも多くの日本人が心の故郷を失うことにはなるだろう。影響は離れ小島を失うよりもはるかに大きいはずだ。安倍さん、海や島だけではなく、山のことも少しは気にしたらどうでしょう。実は、海や島よりも、こちらの方が事態は切迫しているのかもしれません。 

2015年5月17日

気仙沼の旅

(上中) このホームページのトップページに写真入りで紹介している漁師の「おじいさん」の家を訪ねると、今朝とれたというクリ蟹、ヘラ蟹をみんな持って行けと歓迎された。クリ蟹三つ、ありがたくいただいて夕食のメニューに加えた。 (上右)建設途上の防潮堤。これでは海も山も全然見えなくなる。近くの水産加工団地、どうして安心できるのか。

(下左)海から遠く離れた山中の落合小学校(廃校)下の酒米生産水田団地。どんなに金で釣っても(農地集積に予算配分アップ 管理機構てこ入れ策)、「農地集積」なんて無理だ。(下中)田植えを終えたばかりの酒米田。 (下右)さらに山奥の月立小学校旧校舎。そばをうち、旧教室で食べさせてくれる。キャベツの浅漬け、山菜の天ぷらと一緒に美味しくいただいた。

 

2015年5月16日

美酒も平和があればこそ

安全保障関連法案国会提出の15日、一関市世嬉一酒造の売店にて撮影

2015年4月23日

気仙沼から届いた朝どりタラノメと南三陸の「おら酒」

2015年1月25日

庭の蜜柑

植えた覚えも蒔いた覚えもない。いつからあるのかもわからない。冬枯れの庭を鮮やか彩っている。

1月25日朝9時撮影

2014年11月10日

 この前赤トンボがやってきたホトトギスに(9月29日参照)、今朝は蜜蜂がやってきた。暖かい好天に誘われたようだ。

2014年10月16日

出かけるといつもお世話になる山形山奥の民宿農家から、現役またぎの当主とおとうさん・おかあさんの底抜けに明るい顔と一緒に今年の新米が届いた。

銘柄はあきたこまち、お値段は5キロ2000円(送料別)、近頃都会では1500円の特売価格も見かけるが、それでは農家は立ち行かない。

近隣農家は2400円ほどで売っているそうで、2000円は多分、ギリギリのサービス価格なのだろう。

JA各県本部が発表した2014年産米の農家仮渡金(農協が集荷時に農家に仮払いする概算金)から推測すれば、農協を通して販売する農家の最終手取り価格は恐らく特売価格水準、大赤字を免れないだろう。とりわけ日本最大の米産地である東北諸県の概算金の低落ぶりは目を疑うほどだ。

そして、適正価格での販売を可能にするこの農家のような独自の販売ルートを持つ農家が首都圏や西日本の諸県と比べてとりわけ少ないのも、消費者との直接の接触機会が少ない東北地方である。

2014年9月29日

  庭のホトトギスにとまるアカトンボ

 どこか相当遠くから飛んできたようです。近辺にやごが育つような水辺はありません(14年9月28日夕刻)。

  2014年7月5日

  七夕飾り―神戸市民病院にて

 総理をはじめとする奢れる政治家・官僚たち

 弱い者いじめはやめましょう

 

2014年6月22日

 栗の花の季節

本宮の栗 セシウムで食べられる実一つだになき・・・

混住化が進む水田地帯 セシウムはなくても農薬空中散布で・・・

2014年4月7日

 明石の蛸

 

 4月3日 明石・魚の棚(うおんだな)にて。麦の穂が出るころ、身が一番柔らかいということです。

2014年3月17日

 啓蟄

 家内の植木鉢に住み着いたカエルもお目覚め 

 那須町の佐藤誠さんからの便り

2014年3月11日

 ふきのとう

 今年は梅の咲きぶりもことさら見事なように見えますが、ふきのとうも豊作のようです。

 40年以上前、山村振興コンサルタント業務で訪れて以来イワナ釣りに足しげく通うようになった新潟・浅草岳山麓入広瀬村の破間川(あぶるまがわ)沿いの林道の路傍で採った一株の蕗が殖え、ぼぼ30年を経た今も我が家の庭一面を覆っている。写真は少々薹が立ったものも含む今朝の収穫物。

 

2013年10月7日

八甲田の秋

2013年8月21日

 ゴーヤーの季節

 猛暑と土づくりの成果か、今年は庭のゴーヤーが上々の出来。毎晩食べても追いつかないほどだ。

  

2013年7月10日

  東北の夏

 岩手錦秋湖(湯田ダム). 梅雨も末期というのに 

 一関地方全体で210戸・533区画・37fで田植え不能
 (
田植え不能は37ヘクタール 磐井農済17日現在岩手日日)

 ササニシキやひとめぼれの発祥の地とされる宮城県大崎市の広大な転作大豆畠 しかし、ちょっと山寄りに入れば耕作放棄地が広がる。

 良質な肉牛粗飼料として広域に流通するここの稲わらは、福島第一原発事故でセシウムにまみれた(許容値超えセシウム汚染稲わら飼料使用・供給状況一覧表)。
 TPPはここの農畜産業、従って地域経済に壊滅的打撃を与える恐れがあるという。

 

2013年7月1日

 伊那谷の旅

 先週末、恐らくは40年ほど前からご無沙汰していた伊那谷の故郷を、末娘が運転するレンタカーに乗って旅してきた。中学・高校時代を過ごした飯田市では、昭和28年、私が飯田東中学2年生のときに植えたリンゴが健在、ちょうど花壇つくりのために総出でやってきた東中学の生徒たちが頼もしく見えた。この田舎では、ここにリンゴ並木を作ろうとしたわれらの精神が確かに受け継がれている。

 続いて小学校時代まで過ごした旧生田村(現松川町)福与部落を通り、当時は一日がかりで峠を越えなければ行けなかったために行ったことがなかった大鹿村(生田村の南アルプスよりの隣村)に、赤石岳を源流とする小渋川沿いのルートから入った。ここは私の恩師・古島敏夫先生の生地であり、最近は原田芳雄の映画「大鹿村騒動記」ですっかり有名になった。翌日には、今ちょうど、「ヒマラヤの青いケシ」が見ごろというので、村の中心部から曲がりくねった急坂を車で40分も走った奥地にある農園に行ってみた。農園には「青いケシ」だけではない、いろいろの花々が咲き乱れ、けっこうな数の観光客も見られる。こんな山奥でも”6次産業化”が成り立つのかと妙な感慨がわく。しかし、これは誰でも、どこでもできることではない。

 帰途、小渋川を挟んだ隣村の旧南向(みなかた)村(現中川村)渡場(どば)にある私の母の生家の前を通ってみた。天竜川河岸段丘の上にあるこの地の進取の気性に富む農家は、養蚕業衰退のあと、いちはやく梨・林檎の果樹農業を導入した。道路が整備され、かつての面影は薄れてはいるが、学校に入る前、セミ取りに興じた梨園・林檎園は健在の様子だった。ただ、中川村は全村あげてTPPに反対している。将来はどうなることかと、ここでも妙な感慨。

 あいにく曇り空、毎日仰いで育った中央アルプス、南アルプスの雄大な景色が見られなかったのが何とも心残りの旅であった。

2013年3月20日

 日本伝統の「攻めの農業」の賜物 愛媛県の一農園から届いた柑橘類の数々

 この農園では、「息をのむほど美しい」?海に面する段々畑で、10月下旬から4月下旬にかけ、20種類もの柑橘類が生産されます。

 米作りが難しい日本の多くの傾斜地の農家は、古来、多様な「商品作物」を作り、広く売りさばく「攻めの農業」を実践してきました。

 例えば私の生地の伊那谷の村、世界市場を相手とする養蚕が衰退に向かうと、河岸段丘上に居を構える農家はいちはやく、

 リンゴ、ナシなどの商業的果樹農業を導入しました。こういう土地の農家は、もともと進取の気性に富む筋金入りの「攻めの農業者」です。

 安倍首相や学者を含むその取り巻き連中、マスコミ、さらには一部の農業者までもが、

 貿易自由化に抗してこういう地域の農業を支えてきた先達の血のにじむような努力を知ってか知らずか、

 TPP参加で「攻めの農業」を、などとほざく。身の程知らずにもほどがある、バカにするな、自分でやってみろ、多くのベテラン農家の気持ちだろう。

2013年2月22日

今年はもう春は来ないんじゃないか、そう思いたくなるこの頃ですが、

わが家の庭の地下ではやっぱり季節が進んでいた。

昨日どっさり取れた蕗の薹

2013年1月28日

今年の八甲田行 1月には稀な好天に恵まれました。敬三先生に連れられて毎年通っていた春スキー行でも滅多に見られないような好天でした。

(左)八甲田ホテル前から見た大岳:2013年1月24日朝  右:大岳側鞍部から見た井戸岳と赤倉岳:2005年5月1日午後

2012年9月17日

(秋明菊と萩とゴーヤーと瓢箪:9月17日朝)                 

 

2012年7月16日

宗谷丘陵の草原に遊ぶ黒牛、自然分娩で生まれた子牛も混じる(2012年7月14日)

原発事故で降り注いだ放射性セシウムのために、東北地方の多くの山野、
原発からはるか遠くの遠野の地でさえ、こうした風景は今後長い間、見られ
ないだろう。ここでも、原発の罪の深さを想う。

遠野市、汚染牧草焼却へ 10月から本格作業 岩手日報 12.7.13

2012年6月26日

6月の飯豊連峰山麓

 前々週末に気仙沼・陸前高田の津波被災地や岩手県遠野(放射能汚染の恐れから、一部牧場は放牧自粛中)などを訪ねたのに続き、前週末は飯豊(いいで)連峰山麓の山里(山形県)を訪ねた。東日本大震災・福島原発事故後初めてだが、今冬の豪雪で山の残雪がいつになく多いこと、ナラ枯れ(参照:激烈なナラ枯れに襲われた山形・飯豊山麓)で死んで白骨のようになった木々が一段と目立つようになったとはいえ、泊めて頂いた家の3世代家族の生活ぶりと明るく、生き生きとし表情は以前と変わらない。滞在中、都会からはわらび採りに興じる男女の集団が続々と押しかけた。放射能汚染で渓流釣り場を失った福島県の釣り客も車を連ねてやってきて、この地での初めてのイワナ釣りに興じていた。

 山里の生活は、今の日本で一番輝いているようだ。「生産された空間」(アンリ・ルフェーブル 『空間の生産』;HENRI LEFEBVRE la production de l'espace.anthropos,1974)で日々同じことを繰り返す都会の「日常生活」と異なり、山里の「生きた空間」での生活は日々新しい。イワナ釣り一つをとっても、釣り方を日々工夫しなければ、満足な釣果は望めない。「国民生活」、「日常生活」を守るために原発を再稼働せねばならないと言う人がいた。彼らの念頭には、日本で最も生き生きとした山里の生活など全然浮かばない。彼らの念頭にある「国民生活」とは、実は、日々「創造的 に破壊」されるべき対象でしかないのではないか。岩手から関東の大平洋側の山野に降った放射性物質は、最も生きいきとした日本の生活空間を破壊してしまった。その罪の重さに思い至れば、原発再稼働や原発依存の継続を言い出せるはずがない。原発によって維持される経済活動、エネルギー安全保障の基盤をなす「生産された空間」とは、やはり「創造的 破棄」の対象でしかないだろう。

2012年6月19日

6月半ばの岩手・花巻付近と大震災後初めて訪ねた気仙沼の港周辺

 

2012年4月9日

枝垂れ桜(わが家の庭)−柳あおめる(千駄木やなぎ通り・団子坂下)−ところ狭し(千駄木−谷中を分けるへび道=旧藍染川)

いずれも2012年4月9日朝撮影

2012年1月26日

冬景色ー那須、八甲田、三鷹

 

2011年11月23日

侘助(わびすけ) の季節になりました。

2011年11月21日

武蔵野台地のケヤキに異変 色づく前に葉が枯れる

下の写真は御茶ノ水橋から神田川沿いの樹林地を見たものだが、大木の葉っぱが黄色に色づく前に枯れ始めたようだ。

私が住む武蔵野台地(三鷹市)のシンボルでもあるケヤキの葉も、軒並み枯れているようにしか見えない。やはり気候異変のせいだろうか。

2011年10月25日

秋深し 庭の秋明菊(本日朝)

2011年10月4日

実りの秋 ですが

 

奥州市の田んぼ(2011年10月2日撮影)

岩手県内のホットスポットと言われる奥州市ですが、この辺りの線量は比較的低い。
余り頼りにならないとされる安物線量計で測ったこの田んぼ周辺道路の地表線量は
0.11〜0.14μSv/h程度。しかし、田んぼでは0.24μSv/hほどだった。 

同市南部の一中学の校庭の地表から5pの空間線量が0.48μSv/hという市独自の
計測結果がある。こういう地区の田んぼはどれほどの線量になるのだろうか。そこで
働く人はどれほど被曝することになるのだろうか。

校庭や公園は調べても、農地に関しては土壌と作物の汚染が調べられるだけ。
食品さえ安全ならば、これを作る人の健康はどうでもいいのだろうか。

2011年9月17日

残暑厳しい朝ですが、わが家の庭に秋の気配

萩と秋明菊と揚羽蝶(8時30分撮影)

2011年8月9日

東京上野不忍池 老い先短い身には極楽浄土に見えます。

2011年7月6日

岩手県内の「ホットスポット」 奥州市衣川

傾斜地に広がる田んぼ コメのセシウム汚染がないこと を祈るのみ

2011年5月29日

麦秋の那須

向こうの山を越え、ここにも放射性物質が飛んでくる。

2011年4月7日

とうとう咲きました。 ただ、事故原発からの放射性物質放出はいつ止まるのか。
ほとんど絶望的に見える。最悪の場合も?
 

白血病で逝ったゴールデン・レトリバー(トップページの写真)もこの樹の下で寝そ
べっていたものです。

4月1日

今年は来ないかもと思っていた春が、やはりめぐってきました。

しかし、心が満たされるのはいつのことか。


甲羅干しする東京根津神社のアカミミガメ:4月1日朝


膨らみ始めた我が家のしだれ桜:3月30日朝