フランス政府 新たな科学的事実でGMトウモロコシ栽培禁止へ 長期的影響の一層の評価も必要

農業情報研究所(WAPIC)

08.1.14

 フランス首相府が1月11日夜遅く(11時39分)、モンサント社の殺虫性遺伝子組み換え(GM)トウモロコシ・MON810の栽培に対して”セーフガード条項”を適用する手続きに入ると発表した。

 セーフガード条項とは、EUレベルで承認されたGMOでも、承認後に新たな重大なリスクが発見された場合には、その新証拠に関するEUレベルの再評価が完了するまで、EU各国がその利用や販売を一時的に制限または禁止できるというEU指令(指令2001/18/EC)に含まれる条項を指す。

 従って、この決定により、少なくとも新たなリスク評価に基づく承認の可否のEU決定が下るまで、フランスではMON810の栽培が禁止されることになる。フランスで現在商業栽培が許されているGM作物はMON810だけであるから、これはフランスにおけるGM作物栽培の一時的全面禁止(モラトリアム)も意味する。

 首相府声明によると、この決定は、今年の播種期以前には成立させると政府が約束している新たな法律で制定されることになっているGMOに関する”高等機関”を先取りした予備委員会の結論に基づいて予防原則を適用するもので、委員会はMON810に関する新たな科学的要素とその長期的健康・環境影響に関する補完的評価の必要性を重視した。

 ただし、政府は、現在フランスで栽培されているこのGMOに対する疑問は、食料や環境にかかわる挑戦のためにこの技術が持つ利点を否認するものではなく、植物バイオテクノロジーに対する投資を現在の8倍の4500万€に増やす ことを計画しているとも言う。

 Clause de sauvegarde sur la culture du maïs OGM MON 810,08.1.11
 http://www.premier-ministre.gouv.fr/acteurs/communiques_4/clause_sauvegarde_sur_culture_58919.html

 この決定は、ほぼ1週間に及ぶ大混乱の帰結だ。1月3日、ジョゼ・ボベと15人ほどのGMO反対者が、このトウモロコシに対するセーフガード条項の適用を求めてパリでハンストを始めた。1月8日、環境グルネルの約束(フランス政府 GM作物商業栽培の”凍結”を準備 栽培統制強化立法の制定に向けて,07.9.21)にこだわるジャン・ルイ・ボルロー環境相の意に沿い、サルコジ大統領が、「明日意見を発表するGMOに関する高等機関が現在フランスで栽培されているGMOに対する重大な疑問(doutes sérieus)を提起すれば、セーフガード条項に訴えるつもりだ」と表明した。

 これがGM農業推進派の種子業界、農業経営者連盟(FNSEA)、バルニエ農相、一部議員などの反発を呼んだ。政治的決定は既になされている、高等機関はそれを正当化する手段にすぎないという批判とともに、委員会の結論がどのようなものか憶測が乱れとんだ。

 9日には、高等機関議長のジャン-フランソワ・ル・グラン上院議員が、「新しい科学的要素がある。重大な疑問がある」と発表した。1月10日、首相府は、予備委員会がMON810に関する”重大な疑問”を発したと発表した。それは、委員会はその意見で、このGMOの植物相と動物相への一定数の否定的影響と、それに関するいかなる真面目な研究もなされてこなかったという点を明らかにしたと言う。

 La culture du maïs OGM Mon 810 sans doute bientôt interdite.08.1.10
 http://www.premier-ministre.gouv.fr/chantiers/developpement_durable_855/grenelle_environnement_pour_une_1099/encadrer_culture_ogm_1212/culture_mais_ogm_mon_58705.html

 ところが、これには委員会内部からも異論が出た。委員会の意見案では、EU承認後の2001年以来、交雑回避を不可能にするほどの花粉の広域拡散、標的害虫以外の昆虫への悪影響、土壌の毒性へのあり得る影響など、15ほどの研究による新たな科学的事実が認められている。MON810による予期されないペプチドの生産が説明されていないなど、科学的認識の不十分さや新たな研究の必要性も強調されている。毒性試験も90日の動物実験では不十分なこと、人間の健康への影響に関しては、「疫学的研究の実施の重要性」も強調されているという。

 "Des faits scientifiques nouveaux",Le Monde,1.10
 http://www.lemonde.fr/web/article/0,1-0@2-3244,36-997632@51-995487,0.html

 しかし、委員会を構成する15人の科学者、10人の非科学者(社会科学者や倫理学者など)のうちの12人の科学者と2人の非科学者が、意見案には「重大な疑問」という言葉もなれば、「新たな”否定的”な科学的事実」という言葉も含まれないなどと抗議した。

 Des membres de la Haute Autorité sur les OGM contestent les termes "doutes sérieux",Le Monde,1.10
 http://www.lemonde.fr/web/article/0,1-0@2-3244,36-998128,0.html

 このようなスッタモンダのあげく、11日深夜になって、”重大な”とか、”否定的な”とかいった言葉を省いた冒頭に述べたような発表となったわけだ。経緯はともあれ、この発表、環境活動家は大歓迎だ。ジョゼ・ボベ等はハンストをやめた。

 ただ、WTO違反(WTO 米欧GMO紛争で最終報告 勝者も敗者もない無意味な貿易紛争,06.9.30)に対する米国・カナダ・アルゼンチンの制裁措置発動が迫るなか、欧州委員会は困惑を増すばかりだろう。昨年11月、WTO裁定に応ずるためのEUルール変更期限は2ヵ月延期された。しかし、ディマスEU環境担当委員はMON810とは別の2種の殺虫性GMトウモロコシの否認を求め(EU環境担当委員 Btトウモロコシ2種の拒否を要請 標的害虫以外の生物に悪影響の恐れ,07.10.27)、有力国閣僚は現在の承認手続そのものの変更を求めているうえに(独農相 GMO承認手続に疑念 新規承認停止を主張 EUのGMO政策に転機か?,07.11.28)、MON810に対する1999年以来のオーストリア、2005年以来のハンガリー、ギリシャのセーフガードも一向に解ける気配がなく、新たにフランスもこのグループに加わることになる。米国等との紛争はますます激しくなるばかりだ。