2002年旅日記

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更新日 2002/2/3

【2001/9/10 月曜日 日本自宅にて】
・出発の日


 ただいまの時刻、午前2:30、行く前にHPを何とか更新したいとおもって
いたために、こんな時間になってしまった。
 久しぶりに受験勉強をしている気分だった。
まだまだ更新したいところがあるけれども、まずはこのあたりにしよう。(しんどいし・・)

とうとう、今日出発だ。メッチャ不安と期待があるけれども、あと9時間すれば
もう、船の中だ!!

 今回の旅とかはほかのよく行っている人からしたらぜんぜんなんともないことかもしれない
けれども、僕にとっては、怖いし、未知の世界なんで、メッチャへんなこととか
書くかもしれないけれども、良かったら読んでください。

 ということで、台風来ているけれども、無視する方向で出発します(^^)
(ただ、船の名前が新鑑真号っていうのが・・・・。)

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【2001/9/11 火曜日 船上】
・出発の日に・・・

 やっと船の上だ、いろんな人がいろんな思い出乗っている。
ほとんどが学生のようだ、なんか、少し歳を感じてしまう。ほんと朝から、
ばたばたしていた、行きしなに、駅のホームでおっさんから
「これから山に行くんだろ、山はいいよなぁ」みたいなことを言われた
あんまり詳しく言うと、なんかいやみなようで、そうですねとだけ行っておいた。
まあ山に行くのには間違いないのだから。

鑑真号のなかは、結構良心的な値段で、ビール150円
ジュース150円 カップラーメン200円とそんなにぼっていなかった

今いる部屋が大部屋の和室で、2等で来ている人はたくさんいるが
4人ぐらいの洋室のほうが多い。2等の和室には30人ぐらいいるところが
4人ぐらいしかいない

2階へあがるといかにも旅なれているぞっていう雰囲気で
上海の旅行談義に花をさかせている「どこどこが安い」とか
「上海は物価がたかい」とか、初めての中国何とかなるだろうかともおもうが
何とかなるだろう。運も強いし・・

今日は11日だがなぜこの日を選んだかというと
植村直己が僕は好きで、その人の本に
「11日は士に通じ、武士は勇断何事もやりとおす日」ということが
書いてあり、植村直己もアマゾンの川くだりの途中で
11日に出発したから僕もそうしようとおもっていた。
これからどのようになるか、帰ってきてどうなるかわからないが
ともかくベストを尽くしてたのしんでこよう。

とおもい、ロビーに行くと欧米人が騒いでいる
何事かとおもうと、テロの航空機の映像。
言葉が無かった・・最初なにかの特撮だと思った。
ほんとえらいときにきたなぁって思った。
僕の旅に影響がでるのだろうかって
心配したがまあ大丈夫だろう。(このときはそう思っていた。)

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【2001/9/12 水曜日 船上にて】

・酔い止め事件
 昨日にまして、波がきつい。けど、朝飯はただなので
それだけは食べに行く、貧乏性なもんで。
シューマイ・ソーセージ・コーヒー・・・おかゆ・・・なぜおかゆなの(中国では
たいていおかゆが朝食です)メッチャまずい。
米がつぶれているし、間違いなく今までで最強にまずい。
なんでこんなのつくれるかなぁ?

昨日同室の人が「ゆれが大きくなったらみんな部屋からうごかない」って
いっていたが、僕も動けない。
そうかといってそのままでも頭がいたい。吐き気もする。

話をしているとここのフロントで酔い止めの薬が売っているらしい。
普通だったら、酔い止めなんてあまり信用しないのだが
神にもすがる想いだし、吐くのもいやだし買うことにする。
100円なり。

小さな袋がはいっていた、それを一度に飲む。
飲んだ後に袋をみると1回1錠の文字が・・・
やばい・頭の中に

睡眠薬自殺
酔い止めには寝やすくするために睡眠薬が入っている
外国の薬はきつい

ということも思い出す。
メッチャやばいよ。
結局すぐにトイレに吐きに行った。結局はいてしまった。

その後、メッチャクチャ眠たくなり、朝目覚めますようにと願って
ねた。
横で飲み会をしているのをうらやましく思いながら・・・・

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【2001/9/13 木曜日 船上-->上海】

・上海上陸!!
 朝目がさめる。生きてて良かった(^^)
朝日がカーテン越しに写っていている。よい天気だ!!
船内放送で時刻を1時間ずらしてくださいという
とうとうだ
シャワーを浴びて朝飯を食べる。
パン、ゆで卵、コーヒー、おかゆ(^^;)・・・

甲板に出る、空気のにおいが違う、
なんかフルーツのようだ
ほかの人が中国人としゃべっているのをみる
僕もそうなりたいとおもうが、これからだ。

船を下りてチェックを済ます。
最初の宿は船内で取っていたので、そこへ行く。
結構大きなホテルだ。そんななかなのに
ドミトリーがあったりする。
ドミトリーに行くと一人だけとまっている痕跡が・・
ほかの外国人と思っていたが
日本人だった。
上海へきて2週間ずっといるという人だった
話をしていて面白い。最初の海外ということだが
がんばってほしい。

荷物を置いて昼飯を食いに行く3人で食べて飲んで40元(600円ぐらい)
安いもしかしてネパールよりも安いかも。
けど、油がすごくもたれる。
本場の中華料理ってこんな感じなのか
すごく辛くて、油っぽい。
かなり期待はずれだ

その後次の列車を取るために上海駅へ行く
やはり最初に声をかけるのはいつになっても緊張する。
どこに並ぶかわからないので、変な白い服を着た人に
話し掛ける。向こうっていってくれて、そこへ並んで
話をしようとすると「向こうへいけ」って言われる。
まあ、最初からうまくいくとは思っていなかったし
今回は帰ることにする。2週間いた人がなにか知っているだろう。

途中、メッチャピンク色した建物があった
メッチャクチャあやしい、おそらく風俗店とおもったが、
中国ってエロ本とかも禁止されているぐらい厳しいの違うの?
(後からわかったが、風俗店?はめちゃくちゃある。)

前から入っていたひとと、ビールを買いにいって乾杯
帰りに、ホテルの部屋の前のパーマ屋さんで
「マッサージ?」とかいわれる。メッチャ後ろ髪がひかれたが、
やめておく。一緒にきた人が「中国って散髪屋さんが
そういう店なんだって」ということを教えてくれた。
そうなんだけど数はすくないんだろうと
このころはおもっていた(中国を旅した人だとわかるが
どんな田舎でもどんなところにもめちゃくちゃある)

体の調子がまだおかしい、なんかフラフラよっている感じがする。

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【2001/9/14 金曜日 上海】
・チケットGET
 朝起きるがみんながおきてこない、仕方が無いのでカメラをもって
上海駅へ行く、バスを使えばよいが、どれに乗ったらいいかわからないので
こんなときは体力に任せて、歩いていく。
 なんか、めまいがひどくなりつかれたので、駅の近くの食堂へ入る
麻婆豆腐を食べたが、おいしくない。なんか、中華料理で特に麻婆豆腐は
日本のものとちがい、タダ辛いだけって感じであまり味がしない。
これから中国いくひとは甘い幻想を抱かないように・・・。

その後、昨日教えてもらったように、日にちと行き先、座席を書いて
そのまま出す。なんかあっさりととれた。
中国もうわさほどではないなって思う。(けど、後から聞くと
細かく指定すると(何日の昼の電車とか)なかなか取れないとのことです)

帰りに地下鉄で帰ることにする、というのも昨日、話で「メッチャ面白い
から行ってみたら」という薦めに従ったのである。

はいってみると、なんか、電車が入る前から乗客が身構えている感じだ!!
電車が入ってきてドアが開くと、みんなわれ先に入っていく
まるで椅子取りゲームだ!!
そんなのしなくても、座れるのに・・・
中国人ってほんと子供みたい。
老人をいたわるってことはこれっぽっちも考えていないみたいだ
面白いことに、それがすべての駅で行われる。
電車の扉が開くと、ダッシュで席をとりにいく・・・

そうそう、地下鉄のなかなのに、新聞売りとかもきた。
日本の地下鉄みたいにきれいなところなのに。

その後、夕食は、みんなで火鍋を食べに行った
鉄の鍋に真っ赤なスープにいろいろと食べ物を入れていく
タイプですごく辛いがおいしかった。
ただ、すごいのが、最初から最後まで最大火力で熱しつづけるので
鍋が最後には変形してしまい、一回しか使えないというところだ
恐るべし中国。

帰りにゲーセンが会ったので行く、7円で1ゲームだった。安い。
帰りに、ゲーセンの子供とおもうが、必死で英語をしゃべってみようとしている
小学生低学年ぐらいの子がいた。
「ワーユーフロム」っていってきた。
何を言っているのかわからなかったので、文章にしてもらったら
「Where you form?」っていっていた。
「JAPAN」って行ってあげると喜んでくれた。
なんか、こんなに身近に英語があるからしゃべれるようになると思う。
日本は、学校で英語を教えるより、海外に行くとか、
外国人をたくさん呼んだほうが早く英語はうまくなるとおもうけれどもなぁ

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【2001/9/15 土曜日 上海-->洛陽】

・頑固な中国人
朝起きてパッキング、その後みんなとお別れをする。
チェックアウトをして歩き、バンドのほうへ。
その後、「先行者」を探してきてといわれていたので(先行者とは
中国が作ったロボットです)それのおもちゃを探すがまったくない
昨日見たことあるよとは聞いたのだが。

電車に乗っていく。
最初から硬座に挑戦する。
片側3列2列のボックスシートでクッションは無いに等しいが
まあそんなに不快ということでもない。
一緒にいた人ともいろいろと筆談でしゃべったりしたので
退屈はしなかった。

よく言われていることだが中国の電車は汚い。
本当にごみを床下に投げ捨てる。
床下は落花生の殻でいっぱいだ
それで、何時間かに一回服務員が箒をもって
それを掃きにくる。

なんだかなぁ

その後、英語が少し話せる中国人と話をする。
そのとき本当に思ったのだが、中国人って
絶対に折れない、引かない人種と思う。
両方ともブロークンの英語だが、向こうは「お前の英語の発音がおかしい」
って言って来る。
おいおいっておもうが。
その後、僕もそいつも測量の学校を出ていたので
僕が測量のことは英語で「サーベランス」って言うんだよ
って言うと、そいつは違うと絶対に折れなかった。

ほんと、なんか中国って英語がまったく通じないが
通じる人は僕たちの片言の英語をメッチャクチャ馬鹿にする。
多分、欧米人の人がしゃべっても、「お前の英語はおかしい」って言うに
決まっていると思う。

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【2001/9/16 日曜日 洛陽】
・不幸の始まり・・
洛陽につくと、その英語をしゃべる人と一緒に洛陽に出る。
そうすると、なんか、駅員の服着たやつがなんかしゃべってくる
英語をしゃべるひとが通訳をしてくれたところ
「近くにホテルがある、安い、駅員のホテルだから大丈夫」って
言ってきた(中国ではすべてのホテルに泊まれるわけではなく
外国人が泊まれるホテルは決まっている。そんなホテルは
まず高い・・・)
まあ、いつもの客引きと想いそのままついていく、
行くとメッチャぼろいところへ行くが
まあ30元ぐらいだったので、我慢してとまることにする。
なんかネパールが恋しい。

その客引きが部屋からまったくでないでなんかねだろうとしていた
タバコくれとか、タバコ代くれとか・・・
ほんと困った。何もやらなかったが。
なんかまずいところきたなぁって思ったが2泊する
ことにしてお金も払ったので仕方がなくいた。

その後、洗濯をするがそこの宿の奥さんが見るに見かねて
やってくれた。まあ、そんなに変なやり方とは思わなかったが
結構うれしかった。
このときは、まあ男衆は変なやつだがおばちゃんとかはいい人なんだなぁって
おもっていた。

外へでて飯を食べに行こうと思っていたが、
外へ出ると、なんか、えらく愛想がいいおばちゃんがいた
おばちゃんの店で食べないかって行っていたが(この人は片言の英語を
しゃべれる)無視して、外へ歩きがてら歩いていった
そこで飯を食べた。

晩飯をその愛想がよさそうな人の店で食べる。が
なんか、何を食べるって聞いてくるが
2品頼もうとする。このときは、まあガイドブックにも
メインと副采を食べるのが普通ってかいてあったし
とは想い、少し高いものだなぁって思いながら
まあまあおばちゃんのお勧めを食べていた、
そうするとあのタバコくれ男が来て、
カメラ5元で売ってくれとか、少林寺(ここから近い)へ行かないか
とかビールおごってくれって
言ってきた。結局おごらされたが
ほんと自己嫌悪した。自分自身がむかついた。

なんか、中国って疲れる。

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