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CAP改革交渉、またも延期、フランスが妥協せず

農業情報研究所WAPIC)

03.6.20

 EU共通農業政策(CAP)改革交渉が、6月11−12日の農相理事会に続き、またも決着を先送りすることになった。

 予定された17日、各国農相はルクセンブルグに再び参集した。しかし、各国農相と欧州委員会農業担当委員のフランツ・フィシュラー・議長国ギリシャの農相の間の個別折衝に終始、フィシュラー委員とギリシャ農相は夕刻に予定されていた新たな妥協案の提出さえできなかった。

 一夜明けての新たな提案は、改革原案の核心をなし、WTO農業交渉で米国に対抗する強力な武器となるとフィシュラー委員が強調してきた全面的デカップリング(農業者への直接援助と生産との関連をほぼすべての分野で切り離し、2000−2002年の生産を基準とする固定支払に切り替えるーつまり米国が1996年農業法で導入し、2002年農業法で放棄した方法)から大きく後退、フランスを始めとする多くの国が主張する「部分的デカップリング」を受け入れるものであった。主としてフランスとアイルランドにかかわる牛肉部門では30%まで、フランスの利害に大きく関係する穀物部門では25%まで生産関連援助を維持する(ただし、穀物部門の生産関連援助は特定地域に限定)というものであった。やはり異論が多い大規模経営への援助の削減や穀物部門と牛乳部門の保証価格引き下げについても一定の譲歩を行なった(下の表参照)。

欧州委員会提案CAP改革案の変化

 

第一次案
02.7.10
(1)

正式提案
03.1.22
(2)

妥協案1
03.6.18
(3)

妥協案2
03.6.19
(4)

直接支払

生産と支払の関係(デカップルするか否か) ほぼ全部門(穀物・油料種子作物・蛋白作物、牛肉、羊肉、穀粒豆、スターチ・ポテト、コメ、デュラム小麦、飼料用乾草)でデカップル。         同左     牛肉部門30%生産関連援助を維持。

穀物部門25%まで生産関連援助を維持。ただし、耕作放棄の「明白に認められるリスク」がある地域に限定。

牛肉・羊・山羊部門:繁殖母牛の100%生産関連援助を国家が維持。または、選択的に30%までの牛と50%までの羊・山羊の頭数支払の維持。

穀物部門25%まで生産関連援助を維持(地域限定なし)。      

大規模経営支払の減額→農村開発 全構成国に義務付。20%に達するまで、毎年3%ずつ減額。一農場への最大支払額は30万ユーロ、これを越える額は、関係構成国の農村開発措置に利用。 2006年の1%から始めて漸増、2012年には6%にする。 20053%、064%、075%。

(ドイツは農村開発措置のEUレベルでなく、国家レベルでの管理を主張)

変更提案なし。

市場措置

穀物 保証価格5%下げ。 同左 大麦・トウモロコシ価格を世界価格並みに。小麦価格下げは免除。 穀物・油料種子価格の下げ幅を2.5%に。小麦の価格下げ免除は撤回。
牛乳 検討中。

 

アジェンダ20001年前倒し、200405年から改革開始。
牛乳生産割当
2007/08、2008/09年に1%ずつ、計2%拡大。
脱脂粉乳価格:5年間で年3.5%ずつ下げ。
バター価格:5年間で年7%ずつ下げ。
左からの変更:脱脂粉乳価格を世界価格並みに。 脱脂粉乳価格:3年間にわたり年5%ずつ下げ。

バター価格:4年間にわたり年7%ずつ下げ。

その他は同じ。

    (1)EU:欧州委員会、共通農業政策見直し案を発表,02.7.11
    (2)EU共通農業政策改革案に関する欧州委員会メモランダム(その2),03.2.7または欧州委員会、CAP改革案を提案.03.1.23
    (3)
Réforme de la PAC: un "compromis" propose un découplage partiel entre les aides et la production,AP,6.18.
    (4)
Nouvelles propositions pour un accord sur la réforme de la Pac,Reuters,6.19

 フィシュラー委員は、この妥協案は最後のもので、大きな修正にもかかわらずデカップルの原則は残っており、改革の「実質」を大きく損なうものではないと主張した。フランスとドイツは、穀物で60%、雄牛生産で40%のデカップルを主張しており、そうなれば生産関連援助の55%削減というWTOへの提案の実現も危うくなる。しかし、フランスのゲマール農相は、とりわけデカップル、価格引き下げに関する譲歩が不十分として、この妥協案も受け入れられないと宣言した。

 欧州委員会は、翌日、牛肉部門のデカップルの影響を和らげ、価格引き下げ幅を減らす第ニ次妥協案を提出した。ギリシャ・スペイン・イタリアがデカップルに強く反対する羊・山羊部門も一定の生産関連援助を認め、フランスのパリ盆地での穀物にも生産関連援助の可能性が残るように、生産関連援助を認める地域の限定も外した。この妥協案には多くの国が受け入れに積極的な態度を示し、政府や欧州委員会に近い多くの消息筋は特定多数決での採択も可能と見ていたようだ。しかし、フランスが態度を急変させ、すべての改革の拒否を主張し始めた。農相理事会での決定は法的には特定多数決で可能であり、拒否権はない。欧州憲法を論議しているギリシャ・テッサロニキのEUサミットで、議題にはないCAP改革問題をシラク大統領が取り上げ、拒否権を行使するつもりかといった見方まで出た。実際、シラク大統領は、会議の議題に急遽、農業問題を取り上げることをサミット議長のシミティス・ギリシャ首相に要請、拒否されたと報じられている。これがルクセンブルグでのCAP改革論議の延期の決定につながったようだ。

 夕刻に再開された会合は30分も続かず、交渉の来週水曜日までの延期を決定した。デカップルでの譲歩がさらなる譲歩の要求を掻き立て、新たな価格引き下げ案が交渉をさらに複雑化する要因になったと見られている。新たな妥協案はフランスの反対をさらに掻き立て、それほど厳しくはないとしても、ベルギー、アイルランド、フィンランド、イタリア、ルクセンブルグ、スペイン、オーストリア、ポルトガルも同様に異議を唱えた。他の6ヵ国は妥協に満足できると見られている。交渉妥結の鍵を握るのはスペインとフランスであろう。スペインは穀物と牛乳価格の引き下げを批判し、フランスも同調したという。デカップルについては、スペインはさらなる譲歩を求めているが、この分野での「進歩」は認めたという。フランスは穀物のデカップルを70%にとどめる(妥協案は75%)要求を続けた(Les négociations des Quinze sur la réforme de la PAC dans l'impasse,AFP,6.19,23:54)。

 しかし、交渉延期は決裂ではなさそうだ。議長のギリシャ農相は、交渉延期の理由は、「欧州委員会、議長、各国が最適の解決策に到達するために更に努力せねばならない」ことにあり、議論の延期は「(各国の要求のなかでも)何が最も重要で、各国が譲れないもなのかの検証」に役立つと語ったという(Les négociations sur la Pac sont ajournées à mercredi prochain,Reuters,6.19,23:44 )。フランスの孤立化は確実に進んでいる。かなり後退した線ではあっても、最終的には妥協が成立する可能性がある。

 関連情報
 EU:CAP改革交渉、一週間遅れの決着を目指す,03.6.14