農業情報研究所

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モノカルチャー脱却めざす砂糖産業リストラ計画ーキューバ・モデルの行方は?

農業情報研究所(WAPIC)

02.9.23

  砂糖の国際価格が低迷するなか、キューバが国の基幹産業ともいうべき砂糖産業の大リストラ計画に取り組んでいる。今年初め、政府は42万の砂糖キビ労働者のうち、10万が畑を去り、新たな職業に就くために訓練されることになろうと発表した。7月には、154の砂糖加工工場のうち、70工場を閉鎖する計画も発表された。政府所有の140万haの砂糖キビ畑の半分が、柑橘、野菜、家畜などの新たな輸出作物の開発、あるいは輸入依存脱却の食料生産に利用されることになるという。それでも、砂糖キビ生産に最適の土地への栽培の集中により、現在の砂糖生産のレベルを維持することが期待されている。

 しかし、この計画がもたらす社会経済的影響は巨大である。キューバは、植民地時代以来、砂糖を栽培してきた。砂糖は、ヨーロッパまでの長距離輸送に耐え、タバコのような他の作物ほどの手入れも必要としない。1920年代、キューバは、米国を主要輸出先とする世界最大の砂糖生産国となり、世界輸出の3分の1(500万トン)のシェアを誇った。1959年、米国はキューバから300万トンほどの砂糖を買い、キューバの輸出の90%近くが砂糖で、所得の3分の1を稼ぎ出したという(Restructuring of sugar industry leaves warkers with a bitter trade,The Dallas Morning News,02.7.5)。砂糖生産の大部分は米国企業が管理し、耕地の4分の3はこれら企業が所有した。革命により国有化されると、米国はキューバとの貿易を一切停止する制裁措置をとった。しかし、砂糖は、ソ連により、世界価格の4倍の価格で買い取られた。この間にタイ、ブラジル、ガテマラ、オーストラリアが生産と生産性でキューバを凌ぐようになる。ソ連崩壊により、キューバ砂糖産業は退潮に向かう。いまや、世界の110ヵ国以上が砂糖を生産し、アジア、アフリカ、ラテン・アメリカの途上国が、生産性の劣る米国とEUの保護主義によって助長される価格低迷に悲鳴をあげている。キューバの砂糖輸出収入は、1989−90年の43億ドルから2001−02年の4億4千100万ドルにまで減った(同上)。

 とはいえ、世界第5の砂糖輸出国であり、基幹産業の一つであることに変わりはない。さらに、1千100万人のキューバ人口のうち、50万人が、なお砂糖産業にかかわっている。これらの人々の大部分は、生涯、砂糖キビ生産か、製糖だけで生きてきた。政府は労働者の犠牲は最小限にとどめねばならないとし、カストロは、少なくとも9万の労働者が再訓練のために学校に戻り、この間、政府職員の平均給与以上の賃金を受け取ることになると言う(Cuba to retain ex-sugar workers,CUBANET,02.9.16)。しかし、カストロも、工場閉鎖で労働者がある程度のノスタルジーを感じるのは自然のことだと言うように(The Dallas Morning News,同上)、労働者の抵抗感は大きい。

 それにもかかわらず、このリストラには、世界中で持続可能な農業・食料生産を危機に追い込み、果てしない競争・貿易戦争を不可避にする農業生産・貿易システムからの脱却という積極的意義があるように思われる。このような危機の根源にあるのは、アメリカ型の大規模モノカルチャー農業のグローバル化である。ソ連崩壊後の食料不足の危機を都市菜園の有機農業で乗り切ったキューバの戦略は、既に持続可能な21世紀農業の「モデル」として多くの人々の賞賛を勝ち取っている。このリストラ計画に成功すれば、とりわけ多くの途上国にも、モノカルチャーからの脱却の方向が見えてくる。Financial Times紙によれば(Cuba's sugar revolution leaves casualties,Financial Times,02.9.20,p.4)、この7年間にわたりキューバ農業省とともに働いてきたイタリア農企業現地事業所長は、「これは、実際、大規模モノカルチャー生産を小規模多種作物生産に置き換える挑戦である」と言う。彼によれば、やっかいなソヴィエト時代の農業設備を取り換え、新たな灌漑システムを設けることで、いくつかの地域では生産を3倍に伸ばすことができる。トマト栽培実験は成功を立証しているし、農業技術が発展し、砂糖キビに使われていた肥沃な土地が他の作物に転換されるから、生産は増加を続けるだろうという。

 キューバの試みは「モデル」として世界に普及し得るのだろうか。大規模単作生産こそ所得を増大させ、増加する人口を養う唯一のシステムだという「信仰」が世界を支配している。この信仰を一旦は否定したフランスでさえ、たちまち揺り戻しが生じている(フランス:政府交代で農政逆戻りの兆しー「モジュレーション」停止,02.5.25;EU:欧州右傾化・米国保護主義でCAP改革に暗雲,02.5.30)。多くの途上国では、前提となる土地改革も完成していない。白人所有農地を黒人に再配分しようととするジンバブエや南アフリカの土地改革も、改革手続をめぐる政治的争いにより混迷状態にある(ジンバブエ:迫る飢餓と土地改革,02.08.19)。

 しかし、土地改革の方式よりも、改革後にあるべき農業の形を描き、その実現への方策を探るほうが先決問題ではなかろうか。その実現は、資金と技術の援助があれば、一層容易になる。ジンバブエの土地改革を非民主的・不透明と批判するイギリス等先進国は、この面での援助を軽視してきた。それが土地改革そのものを混迷させる一因ともなっている。食料の安定的確保とそれを実現するための持続可能な農業生産の展望、将来の生活への明るい展望がなければ、土地改革の確たる目標も失われる。「キューバ・モデル」の普及は、「政治的意思」にかかっている。