米国食肉産業 最も危険な職場からの脱却を目指す労働者の戦い 消費者が思いいたすべきこと

 農業情報研究所

05.10.20

 今年初め、米国の人権保護団体”Human Rights Watch”が、食肉産業の仕事は米国で最も危険な仕事の一つでだというレポートを出した(http://www.hrw.org/reports/2005/usa0105/食肉処理は米国で一番危険な労働ー人権団体リポート,05.2.4)。続いて米国政府監査局(GAO)もこの結論を裏付ける報告書を出した(http://www.gao.gov/new.items/d0596.pdf)。

 9月6日付けのニューヨーク・タイムズ紙のテネシー州・モーリスタウンからのレポート((Union Organizers at Poultry Plants in South Find Newly Sympathetic Ears,The New York Times,9.6))によると、北米合同食品・商業労組(United Food and Commercial Workers International Union)がKoch Foods社の南部の二つの鶏肉工場の労働者の組織化を懸命に追求している。

 テネシー・ナッシュヴィルのヴァンダービルト 大学労働問題専門家のダニエル・コーンフィールド氏は、「工場労働者ー南部の鶏肉労働者も含むーの組織化は極度に難しかった。この界隈では雇用者の大きな抵抗がある。別の問題もある。組合と移民の間には馴染みがなく、特に沿岸部より南部ではそうだ。ここの組合は移民労働者の文化を知らないし、多くの移民労働者も米国の労働組合に馴染みがない」と言う。

 それにもかかわらず、ジョー・ハンセン北米合同食品・商業労組委員長は、「我々は組合が登場し、これら労働者を助ける必要があると信じている。これらの場所の条件は、特に不法労働者を脅かすやり方で犯罪的だ、しばしばこれが罰を受けることなくやってのけられるは犯罪的だ」と語る。同労組は、この夏、AFL-CIO(アメリカ労働総同盟・産業別組合会議)を離脱、低賃金労働者や移民労働者に焦点を当てた労働運動の最活性化を目指すチームスターズと 国際サービス労組(Service Employees International Union)に合流した。 組合結成のために、教会、政治指導者、移民グループなどのコミュニティーの支援を求めている。

 このような運動は、 スピード最優先の脱骨ラインのためにバスルームにも行けないというメキシコからの婦人移民労働者・アントニア・ロペスの悲痛な訴えが引き金になったという。彼女はKoch Foods社のモーリスタウン工場で働いていた。3年前、会社の周年労働の約束に誘われてテネシー東部のこの町に移住した。しかし、労働条件は劣悪なものだった。バスルームに行けないために、時々鋭い痛みを覚えることがあった。別の婦人が許可を求めたときに、監督者が自分のヘルメットを取り、この中のバスルームなら行っていいと言われたこともある言う。

 彼女はこの4月、妊娠し、マネージャーが職場を変えてくれという彼女の要求を拒否したために、工場を辞めた。彼女の手羽を切り取る仕事は非常に難儀で、流産の恐れがあった。彼女は、他の労働者と同様、1分間に42の鶏を処理するラインのスピードに音を上げた。このペースは、レストランや消費者のための胸肉・手羽・テンダー・薄切り肉を調整する彼らの8時間のシフトの間に1万8000回のカットをすることを意味する。

 1ヵ月の息子の世話をしている彼女は、「私が大嫌いなのは、彼ら[監督者]がこの役立たず、仕事の仕方も知らないと大声でわめき、病気になったときに家に帰らせてももらえないこともときにあることだ。私たちは、皆に組合加入を納得させる必要がある。組合が事態を改善し、虐待を止める唯一の道だから、恐れてはならない」と言う。

 この工場の700人の鶏肉労働者の大部分はメキシコ人で、組織化の努力は実を結ぶかもしれないが、圧倒的な障害が立ちはだかっている。会社はあらゆる手段を尽くして妨害、最初は共感している多くの労働者は雇用者が怒り、解雇したり、強制送還することを恐れて最終的には離れて行く。しかし、移民労働者を父にもつ彼女は例外だった。彼女は、父がアリゾナで野菜収穫をしていたときに合同農場労働者組合にどれほど助けられたかを見ている。

 ロペスが辞めた後、組合結成の動きはさらに弾みがつき、虐待と低賃金に対する不満で燃え上がった。10年働いた労働者の最高賃金でさえ1時間あたり7.55ドル(約830円)にとどまる。最高賃金を稼ぐ一婦人労働者は、賃金レベルはミゼラブル、会社の提供する健康保険の保険料も払えないと言う。

 もう一つの戦いの場は、ここから西へ280マイルのアラバマ北西部・ラッセルビルのGold Kistの工場だ。ここの労働者もラインのスピード、賃金、バスルーム休憩をめぐって同様な不満の声を上げた。1500人の労働者の大部分はヒスパニックだが、黒人や白人も多数いる。最大の不満は怪我の際の処遇だ。

 昨年12月、油で汚れた金属皿で足を滑らして床に叩きつけられたスミス婦人はくるぶしが壊れたと確信した。しかし、医務室の看護婦はくるぶしを見もせず捻挫と断定、消炎鎮痛剤を飲ませて家に帰した。彼女は靴下から骨の破片が突き出しているのを見た。息子が救急室に運び込み、レントゲン写真を見ると、くるぶしは三つに割れていた。彼女は今でも軽くびっこ[差別用語ではない、念の為]を引くが、新たな災難に見舞われた。彼女の仕事は、上階の労働者が落とす折りたたまれた箱を片付けることに関係したものだが、7月のある日、箱が眼鏡を直撃、壊してしまった。会社は彼女の過失と主張、378ドルかかった新しいレンズへの支払いを最初は拒絶した。後にレンズのために38ドルを払った。それでも、彼女の基準賃金は時間当たり8.40ドル、378ドルは1週間分の賃金を超える。労働者は、1週間の間遅刻せず、また欠勤がなければ、時間当たり75セントのボーナスを受け取るだけだ。彼女は一層の補償を望んでいる。

 スミス婦人は、彼女と同じ職場の他の二人の労働者は、仕事のペースが余りに速く、交替要員は一人もいないために、たびたびバスルームに行けないと訴える。彼女は 「彼らは私たちを尊重していない。だから組合のために祈っている」と言う。8月初めに工場を辞めた一労働者は、会社が組合結成を防ぐ強力なキャンペーンを続けていると言う。「彼らは労働者を集め、”組合は必要ない。組合は君らから金を巻き上げるだけだ。誰の助けにもならない」と諭すのだという。

 それでも組合は労働者の署名を集めており、間もなく会社の承認か、労働者の投票を求める。

 モーリスタウンでは労働者の結束は堅く、Kochが反組合キャンペーンを行わないように誓わせるコミュニティーの厚い支持を生み出したきた。9月半ばには、そのと殺・脱骨工場の労働者の組合の承認が予想されるという。 テキサス・オースチンのNPO・鶏労働者公正プロジェクトのコーディネーターであるアニタ・グラボゥスキーは、「Kochがなしたことは重要な前例になる。コミュニティー組合運動の新たなモデルは、敵対的雰囲気の中でも労働運動の再建を助ける方法だ」と語る。

 鶏肉工場労働者に対する残酷な処遇の改善を求める運動はここだけのものではなさそうだ。16日付けの英国・インデペンデント紙の報道によると(US poultry giant under fire after segregation scandal is revealed,The Independent,9.16)、トイレに”白人のみ”の張り紙をし、アフリカ系黒人労働者の休憩室に猿の絵を掲げるアラバマ・アシュランドのタイソン・フーズの鶏肉工場の13人の労働者が、法律違反の差別の罪状でタイソン社を訴えた。不平を唱える労働者に対し、工場のマネージャーは、黒人は不潔で、汚くて、子供のように振舞うから白人と隔離してきたと答えたという。

 タイソンは全米で123の加工工場を持つ世界最大の食肉企業だ。毎週1億5000万ポンド(7万5000トン)の肉を生産する。今年初め、ブッシュ大統領の就任式のために10万ドル(1100万円)を寄付した。このような政治的癒着が、食肉企業の残酷な労働者処遇の改善を阻んでいるのだろう。食肉産業労働者自らの血の滲むような努力のみが、悲惨な境遇からの脱出を可能にするかに見える。この努力が始まっている。

 しかし、安価で大量の食肉を追い求める現在の生産・供給・消費のシステムが続くかぎり、このような努力が真に実を結ぶ保証はない。このシステムのなかの激しい競争を生き残るためには、食肉企業はラインの速度を緩めるわけも、賃金を引き上げるわけにもいかない。安価で大量の食肉がまるで天から降ってくるかのように思い込んでいる多くの消費者も、このシステムを棄てる気はない。

 だが、このようなシステムの限界も既に明らかだ。それは、食肉労働者の犠牲の上に成り立っているというだけではない。それを支える家畜の効率的大量飼育は、食品安全を脅かし、環境破壊を加速している。

 1961年と2004年の家畜飼養頭羽数と食肉生産量(世界)を比較してみよう(FAOのデータ)。牛の飼養頭数は9億4000万頭から13億4000万頭、牛肉生産量は2768万トンから5900万トンに増えた。豚飼養頭数は4億6000万頭から9億4780万頭、豚肉生産量は2475万トンから1億90万トンに増えた。鶏に至っては38億8000万羽から163億5000万羽に増え、鶏肉生産量も756万トンから6777万トンと9倍にも増えた。これが我々の安価で大量の食肉消費を可能にしているわけだ。

 しかし、これは発癌の恐れが否定できないホルモンや抗生物質耐性菌の増殖を促す成長促進抗生剤の大量の使用に支えられている。家畜排泄物を吸収する地球の能力は限界を超え、至るところで水・土壌や大気を汚染している。牛が吐き出す二酸化炭素は地球温暖化の大きな要因ともなっている。鳥インフルエンザなどの人畜共通感染症の脅威も増すばかりだ。3億1363万トンから5億1978万トンに増えた牛乳生産も大量のホルモン、抗生物質の使用や狂牛病をもたらした”共食い”の強要なしには実現しなかったであろう。

 それだけではない。これらの家畜の飼料となるトウモロコシの生産量は、2億500万トンから7億2140万トンに増え、大豆生産量は2688万トンから2億427万トンにまで増えた。大豆の収穫面積は2382万haから9144万haに増えている。そのために、化学肥料や農薬が大量に使用されただけではない。大量のトウモロコシ収穫は、温暖化によりますます希少となり、枯渇に向かうだろう水資源のふんだんな利用なしには実現できない。大量の地下水に依存する米国のトウモロコシ栽培は、地下水位の急速な低下により、近々不可能になるか、大変なコスト増大を招くと予想されている。ここ数年の干ばつに悩むフランスでは、政府のバイオ燃料支援で一層の拡大が目論まれるトウモロコシ灌漑栽培のための水消費が、全体の水消費の25%を占めている(La culture du maïs irrigué utilise 25 % de l'eau consommée,Le Monde,9.16)。

 大豆生産と牛肉生産の急拡大が”地球の肺”と言われるアマゾンの大量破壊を招いていることについては、これまでにも再三述べてきた(ブラジル:大豆がアマゾンを呑み尽くす―営利主義がもたらす環境破壊,03.12.20;アマゾン森林破壊の最大要因は牛飼育、EUの牛肉需要が破壊を加速,04.4.3:アマゾンを破壊し、貧困を助長するブラジル輸出拡大戦略,04.4.9)。

  その上、このような大量生産・消費のシステムは、大量の食品を迅速に運ぶ輸送システムなしには成立しない。それは生産地から小売市場ースーパーなどー、さらには小売市場から家庭にまで運ぶための大量のエネルギー消費を不可避にし、地球温暖化を加速する温室効果ガスの大量排出につながっている。

 わが国の米国産牛肉輸入再開が近づいている。食品安全委員会・プリオン専門調査会座長が、米国のレンダリング工程はBSE感染性を大きく減らすことは考えられないという欧州食品安全機関(EFSA)の評価を無視、レンダリングで感染性は100の1に減少するという恣意的な仮定の下に、100頭の感染牛がレンダリングに入っても最大100頭の新たなBSE感染牛を生むだけで(EFSAの見解に従えば、1頭の感染牛がレンダリングに入るでけでも、最大100頭の感染牛が生まれることになる)、感染規模は増幅しないという”たたき台”を出した。これで、輸入再開に向けての最後の難関が近々超えられるだろう。消費者は安全性の問題さえクリアできればと、牛丼、タン、焼肉、モツなどをせっせとパクツクことになるのだろうか。

 だが、そのとき、せめて安全かどうかだけでなく、それらを生産した労働者たちの悲惨な境遇とそこから脱出しようとする血の滲むような努力にも思いを馳せて欲しい。現在の我々の食肉大量消費は持続不能なところまで来ていることも。2年に及ぶ米国のBSEをめぐる大騒動が、大量の食肉消費を可能にする食肉生産・供給・消費のシステムに何の手もつけることなく落着するとすれば、人類はそれと分かっていながら自滅に進むことをやめる術を知らない”動物”以下の存在ということになる。”科学”、”理性”に基づく行動のみを正当化するうちに、危険を察知し、事前に回避する動物的本能を失ってしまった か、蔑むことしか知らなくなった”人間”の悲劇なのだろうか。