英国土壌協会、有機農業・食品年次報告―躍進の影に失速の不安

農業情報研究所

03.12.5

 先月17日、英国土壌協会が英国における有機農業・食品の現状に関する「2003年食品・農業報告」を発表した。有機食品の市場規模は初めて10億ポンド(約1,860円)の大台を超え、米国(59億ポンド)、ドイツ(16億ポンド)に次ぐ世界3位となった。とくに幼児食品における有機食品のシェアが高く、4人に3人の幼児が規則的に有機食品を食べ、幼児食品販売額の41%が有機食品となったという。

 このような市場規模拡大にもかかわらず、輸入依存度は3年連続で減少、2000年の70%から56%に減少した。品質改善と供給の安定、生産者協同組合による需要に合わせた供給などの供給サイドの改善、有機行動計画を通じての政府の圧力、スーパーの英国産品調達努力と投資により、英国有機産品の利用可能性が増大したためという。有機認証農場は3,991、有機食品加工企業は1,565が登録され、有機農地は72万6,400ha、全農地の4%に達した。

 土壌協会理事のパトリック・ホールデンは、「有機食品の将来は、潜在的には非常に明るい。国産品の品質と利用可能性が常に向上しているから、市場は成長しており、輸入は減った。購入者は明かに国産食品を望んでおり、スーパーに対して英国農民を支援するように強力なメッセージを送っている。今、子供とその親が家庭外で継続して健全な食品を食べられるように、学校やレストランが有機品を提供する大きな挑戦と機会がある」と言う。

 しかし、将来はそれほど明るいものだろうか。大きな疑念を抱かざるを得ない状況もある。有機食品市場を堅固に支えるのはごく少数の消費者であり、有機食品の圧倒的部分が有機農業の理念を必ずしも理解しているわけではなく、これを行動規準としているわけでもない大型店で販売されていることだ。たった8%の購入者が60%の有機食品を購入している。有機食品に大きなビジネス機会を見出したスーパー等大型店は、ここ数年、売上を急速に伸ばしてきた。それが有機食品市場成長の原動力となってきた。今年はその成長が鈍化、5年ぶりにシェアを落とし、農民(ファーマーズマーケット)からの直接購入のシェアが増えた。しかし、それでも大型店の販売シェアは前年の82%から81%に減ったにすぎない。依然として大型店が圧倒的シェアを占めていることに変わりはない。

 大型店の売上の伸び(年間8.7%)の低下は、全体の市場の成長も大きく減速させることになった。この10年続いてきた年30%以上の成長は10%にとどまった。大型店の販売の伸びが落ちたことは、ここで購入する消費者の商品選択が価格に大きく影響されることを反映している。売上の低迷にスーパーは価格引き下げへの圧力を強めている。これは生産者価格を押し下げる。有機牛乳の3分の1は普通牛乳に格下げしてやっと売りさばいている有様だ。これでは生産コストも償えない。普通品のあまりの低価格のために高価格で売れる有機農業に転換した農家が、何のために転換したか疑い始めている。有機農民といえども、カスミを食って生きてはいけない。これも当然のことだ。

 問題は、急成長したとはいえ、なお全食品市場で2%のシェア(テスコの年間売上高のたった5%)しかもたない初期的発展段階でこのような問題に直面していることだ。有機農業が安全で健全な食品を供給することだけでなく、生物多様性を維持することを重要目標とするならば、普及率を格段に上げなければ目標は達成できない。だが、有機農業の普及・発展のためにはスーパーの販売力に頼らざるをえないとすれば、有機生産・流通・加工の高コストを償う価格は遠のくばかりだ。それは有機農業普及・発展の重大な障害となる。それは重大な転機を迎えているように思われる。今後の有機農業は、その基本理念を維持しつつ、有機食品と普通食品の価格差をできるかぎり縮めるという難しい選択を迫られることになろう。それをどのようにして達成するのだろうか。

 状況は、有機農業の普及が英国よりもはるかに遅れいるフランスでも似たようなものだ(⇒有機牛乳消費が高価格で伸び悩む―フランス統計研究,03.10.10;フランス:狂牛病で躍進した有機農業が低迷,02.11.11)。大型店の販売比率は英国ほどではなく60%ほどであるが、今年6月、フランス・オート・サヴォワの代議士・Martial Saddierが首相の諮問に応えて提出した報告書(L'AGRICULTURE BIOLOGIQUE EN FRANCE : VERS LA RECONQUETE D'UNE PREMIERE PLACE )も、普通食品と有機食品の価格差が「有機農業発展への新たなブレーキ」となることを確認した。有機食品の価格は普通食品の価格より10%から100%高い(99-2000年調査)。02年のアンケートによると、フランス人の59%は、非常に厳しい条件が要求される生産技術、重い労働負担、統制費用からして有機産品に高く支払うのは当然としながらも、消費者の68%は有機食品を食べ続けるのは余りに高すぎると考えている。大型店の大多数も、消費者が最も重視する選択の基準は価格レベルだと考えている。

 この報告書は、既存の諸研究によって有機食品小売価格が相対的に高くなる理由・原因を考察、いくつかの解決策を提案している。

 ・労働負担軽減・技術的行き詰まりの打開・この生産方法に関連したリスクの軽減を可能にする有機栽培に適応した品種の開発を助ける研究の発展、

 ・関連部門の一層の組織化による川下部門の費用抑制、

、・調整・加工・輸送・流通で規模の経済の実現を可能にする生産の増加。国立農学研究所(INRA)は、農地の5%が有機農地になれば(現在は1%ほど)規模の経済が消費者価格に直接反映すると考察している。

 ・欧州委員会が提案しているような、直接販売などの費用を削減する流通システムの設置

等である。

 また、有機生産に特有な費用としての環境・社会にかかわる費用の「外部化」を提唱する。有機農業がコストを払って獲得する環境便益は、産品を購入する消費者だけでなく、社会全体が享受するものだ。産品の品質には消費者が払い、環境機能には市民全体(納税者)が報酬を与えれば(例えば生産者への公的直接支払い)、有機産品の価格は下がり得ると言う。有機農業が必要とする多量の労働も、失業が支配的問題である社会に「社会的」便益を提供している。これも直接支払いの対象をなすことができよう(フランスは、現在、有機農業への転換のための援助は払っているが、オーストリアが実施しているような継続的経営援助はためらっている)。

 このように、ヨーロッパは、有機農業の一層の発展のために、有機産品の価格の問題への本格的取り組みを始めている。しかし、前途は決して容易なものではない。なによりも、スーパーや食品業界、そして多くの消費者は、有機生産者・団体が主張する有機農業・食品の「真価」を必ずしも認めていない。行政・政治家のなかにも懐疑的な者は多い。英国食品基準庁(FSA)長官のジョン・クレブスは、政府が有機農業はエネルギー節約的で、大気・水汚染が少なく、土壌からの硝酸塩流出も少ないと認めているにもかかわらず、有機食品が通常食品よりも安全で、栄養的に優れているという有機農業の中心的主張に懐疑を表明してやまない。今年5月に発表されたフランス食品衛生安全庁の有機食品の栄養と安全性の評価報告書も、「品質に差があるとは思わない、有機製品の性質に関する情報がない」といった多くの消費者の疑問に明解に答えるものとはならなかった(⇒フランス:AFSSA、有機食品の栄養と安全性の評価報告書,03.5.6)。有機農業の将来はなお不安定だ。

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