米国のBSE(第四報):牛肉輸入再開条件に苦慮する日本政府―最低限何が必要か

農業情報研究所(WAPIC)

03.12.27

 日本政府が米国産牛肉の輸入再開の条件をめぐって苦慮しているようだ。米国産牛肉はわが国牛肉消費の3割を満たしてきた。輸入停止が長引けば、牛肉需給に深刻な影響が出ることは間違いない。外食産業は早急な輸入再開を求めている。だが、安全性をおろそかにするわけにもいかない。

 わが国は、全頭検査を安全確保の切り札としてきた。だが、これは国際的には合理的根拠を認められていない。わが国が全頭検査を導入したのは、消費者に安心感を植え付けるためであって、必ずしも合理的根拠に基づくものでなかったことは、専門家も官僚も認めてきた。だが、この戦略は見事に成功した。いまや、多くの消費者、消費者団体が、全頭検査こそ安全保証の要の手段だと信じ込んでいる。外国が認めないからといって、いまさら後に引けなくなってしまった。そのために、カナダには、輸入再開の条件として全頭検査の導入を要求した。従って、米国にも同じ条件を課さないわけにはいかない。だが、「科学的」根拠を金科玉条とする米国がこれに応じるはずがない。

 筆者はこのことあるを予想、全頭検査に代わる輸入牛肉の安全確保策を一刻も早く立てるべきだと言い、EUの輸入牛肉安全確保策も紹介してきた(EUの狂牛病(BSE)関連輸入規制,03.7.15)。農水・厚労省は、今になってあわてふためき、ようやく代替策を考え始めたようだ。26日の閣議後記者会見で、亀井農相は、全頭検査を基本としながらも、外食関係団体の要望も考慮しなければならないと言い、坂口厚労相も、全頭検査以外の手段も今後の検討課題と語った。ひところの全頭検査一点ばりから後退する姿勢を示したものと解される。だが、自ら播いた種とはいえ、これに対する国内の反発を乗り切るのは容易なことではないだろう。

 27日付の「日本農業新聞」によれば、JA全中は、「発生国に、全頭検査や特定部位の除去など日本と同等の措置を求める必要がある」との認識を示した。また、同紙一面の「食の安全を軽視 生・消から相次ぐ疑問」という記事は、全国各地の消費者・生産者団体の「全頭検査」を求める声を伝えている。政府与党も日本並みの全頭検査を要求する態度を決め、野党はトレーサビリティーを輸入牛肉にも義務付ける法案を提出した。

 これまで何回も述べてきたので、もう言いたくもないのだが、この状況のなかでは繰り返さざるを得ない。全頭検査は、コストの問題は別としても、単純に技術的な理由で合理性をもたないということだ。大量の検査が可能な実用的検査は、少なくとも現在では、発症が迫った牛の脳を死後に検査することによってしかBSEを発見できない。病気の発展段階がそれ以前の感染牛が見逃されてしまう。それは、潜伏期の感染牛のうち、検査で発見が可能になった段階の一部が食品から排除される分だけ、安全性を高めることに貢献する。従って、一定月齢以上の牛(EUでは30ヵ月以上、フランス等一部の国は24ヵ月以上)の全頭検査には意味があるが、それ以下の月齢の牛の検査は、少なくとも食品安全上の観点からは大した意味はないということである(下表参照)。もちろん、コストをいくらかけてもよければ、全頭検査も良いであろう。しかし、それは他国に強要できることではないし、全頭検査に力点をおくことで、もっと肝心な安全性向上策がおろそかにされれば、かえって危険性を高める恐れさえある。

感染→(現在の検査で発見不能) →検査で発見可能 →発症

潜伏期

 

異常プリオン潜伏(牛組織の感染性)

高位感染性(自然状態) 脳・脊髄
中位感染性(実験):回腸遠位部(10ヵ月)・脳(32ヵ月)  
低位感染性(実験):回腸遠位部(18ヵ月)・脳・脊髄・背根神経節(32ヵ月) 脳・脊髄・背根神経節・三叉神経節・回腸遠位部・骨髄

 もし牛肉を食べることを諦めないのならば、安全性を高めるための基本的手段は、まずBSEの発生を徹底的に防止すること、それでも防げない感染から来るリスクを減らすために、感染性をもち得る牛の部位(特定危険部位)を人間と動物の食料から排除することである。これがBSE対応の基本である。従って、輸入再開の条件として米国に何よりも要求すべきことは、1)BSE発生・拡散予防措置の徹底と、2)特定危険部位の廃棄の二点である。これに一定月齢以上の牛の検査の要求を加えることができれば、ベターであろう。

 第一の点に関しては、米国は97年8月以来の反芻動物蛋白質を反芻動物の飼料としてはならないという飼料規制が有効に働いており、十全な措置が取られていると主張している。しかし、4歳から4歳半といわれる今回のBSEのケースがそれ以後に生まれたものであることは明らかで、何よりもこれが飼料規制にアナがあることを示している。飼料企業の規制遵守状況については、米国内でも論議がある。また、EUや日本が実施したように、哺乳動物蛋白飼料の「全面」禁止ではなく、かつレンダリングには、起立不能の牛や神経症の牛のものまで含む特定危険部位が用いられているから、交差汚染の可能性も大きい。27日の米国農務省の電話会見で、専門家はワシントン州の飼料製造企業には違反がまったくなかったと言っている(Transcript of Technical Briefing and Webcast with U.S. Government Officials on BSE Case)。ならば、今回のケースの感染源は何なのか、改めて問われる。たが、米国に動物蛋白飼料の全面禁止を要求しても、肉骨粉廃棄に伴う膨大なコストのために、また実際には環境汚染につながるズサンな処理の恐れから、到底実現しないだろう。だが、最低限、最大限の交差汚染防止措置と特定危険部位の完全廃棄は要求せねばならない。

 第二の点については、これは国際的常識であり、カナダも実施している。米国がいかに抵抗しても、これは絶対に譲れないことだ。特定危険部位の廃棄には、屠殺・食肉処理に際してのこれら部位による食肉汚染の万全な排除も含まれることはいうまでもない。この点では、特に「先進的食肉回収」(AMR)システムにより生産される肉の汚染に注意が払われねばならない。また、起立不能な牛、神経症で屠殺された牛の食用利用は余りに非常識であり、この禁止も要求せねばならない。

 最後に、野党は米国にもトレーサビリティーを義務付けると言うが、これは当分実現が難しい。上記の会見で、BSEのケースの出生が未だにトレースできないことから、トレーサビリテの確立の見通しに記者の関心が集中した。だが、回答は、家畜の個体のトレースと識別のシステムの確立は必要であり、そのための努力は長年続けてきたが、まだ成功していない、これは時間と資源を専らこれに注ぐことなくして実現できるシステムではない、長い時間がかかるだろうというものであった。この要求を輸入再開の要件とするとすれば、再開はいつになるか分からない。だだし、トレーサビリティーそのものは、安全に直接かかわるものではない。

 なお、27日付「日本経済新聞」は、政府が「米国政府が対日輸出を手掛ける牧場や処理場などを特定し、それを対象に全頭検査して証明書を付ければ認めるとの案が浮上している」と報じている。特定危険部位については触れられていないが、当然除去するのだろう。だが、このような方法は、EUが高発生国である英国とポルトガルにのみ実施させたシステムに類似するように思われる。米国が受け入れることはないだろう(詳しい内容は不明なので、確定的なことは言えない)。

 なお、USDAの上記会見の途中、この問題について協議するための貿易使節団が、日曜日に日本とアジアに向けて出発することが明かにされた。どんな案を用意しているのかは分からない。

 日本として全頭検査に代わるどのような要求をするにしても、他の禁輸国の要求との調和が必要であることは言うまでもない。米国が日本だけに向けた特例を認めれば、いずれ他の国にも認めざるを得なくなるだろう。米国はそこまで考えて行動するだろう。

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