米国のBSE(第一報):初のBSE発生か、影響は測り知れず

農業情報研究所(WAPIC)

03.12.24

 クリスマスを迎えようというところにとんでもないニュースが飛び込んできた。米国で初の狂牛病(BSE)が発見されたというのだ。英国の世界基準検査所での最終確認は未だだが、組織学(顕微鏡による脳組織視覚検査)及び免疫組織化学(蛋白質分解酵素抵抗性のプリオン蛋白を検出するBSE検査)の両方により、BSE陽性の結果が出たという。結論が変わることはなさそうだ。

 米国農務省(USDA)の発表(USDA MAKES PRELIMINARY DIAGNOSIS OF BSE,12.23)によれば、陽性と診断された牛はワシントン州のホルスタイン乳成牛(月齢については発表なし)である。米国では、90年以来、屠殺の際に歩行できない牛、農場で死んだ牛、高齢牛、神経症の兆候を示す牛の一部についてBSE検査が行われており、最近、その検査数を増やしている(米国:BSE防止対策の進展状況、検査3倍増,03.01.18)。この牛は屠畜場で歩行困難(ダウナー)の症状が見られたため、脳組織のサンプルを12月9日に採取、アイオワのUSDA国立獣医局検査所に送った。検査結果は22日に出され、23日に再検査された。

 この結果を受け、USDAは、州、保健当局、産業と共同、感染源特定のための疫学的調査を始めている。また、食品医薬局(FDA)とも共同して動物飼料調査を行うという。この牛を屠殺に出した農場は特定され、検疫[隔離]下に置かれている。牛は屠殺されたのち、その肉が加工に送られた。USDAの食品安全検査局が、この牛からの製品の行方を追っている。ベナマン農務長官は、「この発見にもかかわらず、わが国の牛肉供給の安全性はなお信頼している。BSEのよる人間のリスクは極めて低い」と語っている。

 23日に行われた記者会見で、この牛の肉は小さな加工場に送られ、さらに別の加工場に送られたことが明らかにされたが、最終的な行き先はわかっていない。「牛肉供給の安全性」を問われた長官や、同席のムラノ博士は、脳・脊髄・回腸遠位部は除去され、レンダリングに送られた(レンダリングによる生産物=獣脂と肉骨粉の用途・行き先は不明)、筋肉が人間への感染性をもつ証拠は発見されていないと、安全を強調している(Transcript of News Conference with Agriculture Secretary Ann M. Veneman on BSE)。

 ただ、危険部位除去が要求されているのは、基本的には「ダウナー」牛だけだ。米国の検査数は決定的に少なく、BSEが潜在する可能性は、多くの専門家が繰り返し指摘してきた。今回のケースは「氷山の一角」でしかないかもしれない。BSEがもっと広がっている可能性を問われた長官は、このケースが「孤立」したケースかどうか答えるのは時期尚早と述べただけである。「牛肉供給の安全性」を「信頼」する根拠は薄弱と言わざるを得ない。

 肉骨粉の牛飼料への使用は97年に禁止されたが、2000年の会計検査院(GAO)報告は、飼料生産者の20%が動物の骨や肉を含む製品の表示を怠っており、さらに20%は動物組織が混じるのを防止できないと報告している。今回のケースが「孤立」したケースだと断じることができる根拠は非常に薄い。もし発見されないケースが他にも潜在するとすれば、人間のリスクを否定する根拠も薄くなる。

 「健康」な牛の危険部位除去は義務化されていない。それを食べることは少ないかもしれないが、(筋)肉がそれらに汚染されていないとは保証できない。特に危険が大きいのは、骨と肉を篩い分けて生産されるミンチ肉などの安肉(機械的回収肉または機械的除骨肉)だ。ハンバーガーパティー、ソーセージ、シチュー、ソース、果ては整形肉などに使われるが(ただし、米国では、ハンバーガー、ベビーフード、挽肉、ミートパイには使用できない。日本では国産が少なく、主として米国から輸入されて流通しているという)、公益科学センターは、肉と骨を分離する設備をもつ34の屠殺場の調査で、挽肉の35%から動物の神経組織が発見されたと報告している。

 しかも、BSEに感染している可能性の高い「ダウナー牛」が人間の食用に利用されている。動物保護団体・「ファーム・サンクチュアリ」は、情報公開法により入手したUSDAの屠殺場記録により、これらの牛が人間の食用に承認されていることを発見した。今回、図らずもこの危険な実態が暴露されたわけだ。この16日、控訴裁判所は、米国にはBSEはないからとダウナー牛の人間食用販売を停止せよというこの団体の訴えを門前払いにした下級審判決を取り消し、審理のやり直しを命じる判決を下した(Court Revives Mad Cow Lawsuit Against USDA)。

 USDAがいかに安全性を強調しても、消費者の不安を鎮めるのは難しいだろう(*)。米国からの輸入には危険部位の除去を義務付けているEUは別として、カナダのBSE発生を受けて輸入を禁止した日本等多くの外国が、米国牛肉・牛製品の輸入停止に踏み切るのは必定だ(**)。カナダの牛肉産業は壊滅に近い打撃を受けている。

 米国の牛肉生産量が世界で占める割合は約4分の、豪州に次ぐ輸出国でもある(***)。牛肉産業は米国農業の中でも最も重要な部門の一つであり、農産物販売額に占める割合は約5分の1になる。 BSE発生の経済的影響は測り知れない。それだけではない。それは、あるいは人類史的意味さえもつかもしれない。

 狂牛病は既に肉の消費が自然発生的に低下しつつある西欧社会の変化を「加速」し、肉は「とっておきの宴会」のために、自由の身となり・野生に戻った家畜の「狩猟」によってしか手に入らなくなる、人類学者・レヴィー・ストロースは、狂牛病に関する論稿でこんなひとつのシナリオも提示した(「狂牛病の教訓―人類が抱える肉食という病理」『中央公論』2001年4月号)。ヨーロッパの狂牛病騒ぎの推移は、こんなシナリオがありそうもないことを立証したように見えた。だが、米国でのBSE発生は、こんなシナリオが現実になるかもしれないという予感さえ抱かせる。

 *米国の牛肉消費量は最近急増してきたが、16日の証券取引市場ではマクドナルドの株価は4%下落(ファイナンシャル・タイムズ)した。
 **今までにまでに確認したところでは、日本・韓国・シンガポール・台湾・マレーシア・タイが輸入停止。韓国は既存の米国牛肉も回収。
 ***国内消費が90%、10%が輸出。最大の輸入国は、輸入量が多い順に、日本、メキシコ、カナダ、韓国。

 関連情報(文中掲示以外のもの)
 
米国の牛海綿状脳症(BSE、狂牛病)防御措置とEUによるその評価,01.10.8
 
米加墨、「科学的・現実的」BSE関連貿易措置を要求,03.8.27
 
カナダ:30ヵ月以上の牛の特定危険部位除去へ,03.7.19(追補(03.7.21):SRM除去、その他の追加措置と米国の対応
 
EUの狂牛病(BSE)関連輸入規制,03.7.15
 米国:FDA、BSE防止ルール違反で飼料メーカー告発,03.7.16
 
カナダ・米国:BSE感染はもっとありそう-専門家,03.6.10
 
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米国:ハーバードの研究、狂牛病リスクは極少、専門家は批判,01.12.1
 
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米国:反芻動物飼料企業、多数が狂牛病防止ルールに違反,01.7.7
 
国:専門家、米国の狂牛病措置に欠陥を指摘,01.5.8
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