米国牛肉早期輸入再開遠のく?BSE対策変更に準備期間 だが政府は無原則 

農業情報研究所(WAPIC)

04.10.8

 政府はBSE国内検査からの生後20ヵ月以下の牛の除外を今週末にも決定し、食品安全委員会に諮問する方針を固めた、同委は2〜3週間で除外を認める答申を出し、米国産牛肉の輸入が年内に再開される公算が大きくなった、こんな毎日新聞の報道について、つい一昨日伝えたばかりだ(政府、20ヵ月以下の牛のBSE検査除外を諮問へ 米国牛肉年内輸入再開の報道,04.10.6)。

 しかし、政府・与党内部では、なお混乱があるようだ。翌7日付の日本農業新聞も、厚労省と農水省がBSE対策見直し案を8日にも食品安全委員会に諮問することを目指して自民党と調整していると報じた。諮問案には、検査対象を21ヵ月以上とするほか、「脳など特定部位(SRM)除去についても、 1.管理状況の実態調査を定期的に行う 2.汚染防止措置の評価方法の研究開発をする」、輸入飼料検査体制の設置で肉骨粉混入防止対策を強化するなどが盛り込まれたという。だが、「党内には消費者から継続要望が強い全頭検査の見直しに慎重論がある。諮問は週明けの12日にずれ込む可能性がある」と、手続がすんなりとは進まない可能性を示唆していた。

 それだけなら、米国牛肉の年内輸入再開の「公算」が消えるわけではない。だが、同日の読売新聞(インターネット版、3時3分掲載)は、20ヵ月以下の牛を検査対象から外すことに反対し、独自に全頭検査継続を打ち出す自治体が続出していることから、二重基準による混乱を避けるために、政府が05年夏までをめどに、自治体に対して全頭検査費用を助成する方向で調整に入ったことが明らかになったと伝えた。そうなれば、「事実上、国内の全頭検査体制が当面維持される形になり、国内基準の早期見直しを前提にした米国産牛肉の早期輸入再開も困難な見通しになった」と言う。

 さらに、今日(8日)付の日本農業新聞は、政府は全頭検査を緩和するとしても、新検査体制に移行するまでに長期の準備期間を設ける方針を固めた、政府・自民党は、「最大で「1年程度」の準備期間を設けることを視野に週明けにも調整に入る」と報じている。これでは年内輸入再開はあり得ないことになる。

 外食産業は大慌てだろう。存亡にかかわる。だが、消費者もこれで安心というわけにはいかない。仮に1年遅らせたとしても、米国のBSE発生状況は不明のまま、飼料規制(交叉汚染防止策を含めた動物蛋白質飼料の禁止)も抜け穴だらけの状態での解禁となるだろうことに変わりはないからだ。

 今年6月から始まった米国農務省の拡大検査計画は12ヵ月から18ヵ月で完了する予定である。あと1年で完了するとしても、その結果がとても信頼できるものでないことは、農務省内部の監査局さえ認めている注1。検査が義務的ではなく、検査サンプル採取に恣意・作為が働くことが避け難いからだ。滑って転んで怪我をしたために立ち上がれなくなったことが明白な「ダウナーカウ」、他の病気で死んだことが明白な死亡牛など、いくら検査してもBSEが見つかる確率は低い。まして、米国牛の8割以上が2歳(24ヵ月)未満で屠畜されるから、これらの牛の全頭検査(死亡牛・病牛も含めて)をしたとしても、BSEは1頭も発見できない可能性が高い(現在の検査の検出限界)。これ以上で屠畜されるのは、基本的には4〜5歳の廃用乳牛だから、その全頭検査(死亡牛・病牛も含めて)が義務付けられないかぎり、何頭検査しようが、BSEは出ないだろう。

 つまり、米国の牛の大部分はBSE感染の検出限界に達する前に死んでしまうのだから、感染発見の可能性のある残った少数の牛から作為的に検査サンプルを採れば、検査数をいくら増やしても、感染が発見される可能性はゼロに近づいてしまう。現在の米国の検査体制では、1年待とうが、米国のBSE発生率は知ることができないだろう。

 飼料規制強化・肉骨粉の有効な禁止は、レンダリング産業も含む牛肉関連業界がこぞって反対しており、いつ実現するのか、まったく見通しは立たない注2。特定危険部位入りの牛肉骨粉が豚・鶏の飼料やペット・フードに使われ、交叉汚染防止策がゼロに近く、検査体制もズサンな現状では、米国には相当数のBSE感染牛が存在すると推認せざるを得ない。

 これらの問題が解消されないかぎり、輸入再開はあり得ない。これが基本原則だ。それより前に再開があり得るとすれば、EUと同様、「有効な」肉骨粉禁止・特定危険部位除去を第三者が認証できる牛肉に限っての「部分解禁」だけだ。

 ところが、先の農業新聞によると、準備期間中に米国が輸入再開を求めてきた場合、「政府は輸出するすべての牛の検査と、脳などの特定危険部位除去を確認できる認証制度の整備を条件とする考えだ」という。

 検出限界があると認めた検査に何の意味があるというのか。自己矛盾している。

 特定危険部位の除去が感染性を大きく減らす手段であることは間違いなかろうが、BSE対策の確たる国際原則は、感染牛(「特定危険部位だけ」ではない)を人間の食物連鎖から排除することだけだ。日本のBSE対策に関する食品安全委員会の「中間とりまとめ」も、「これまでの知見からSRM(特定危険部位)とされている組織以外に異常プリオンたんぱく質が蓄積する組織が全くないかどうかについては、SRMを指定した根拠となった感染試験における検出限界の問題やBSEの感染メカニズムが完全に解明されていないことなどの不確実性から、現時点において判断することはできない。世界保健機関(WHO)がBSE感染牛のいかなる組織も食物連鎖から廃除するべきであると勧告していることもこのような考えに基づくものと思われる」と明言している。

 これを最大限保証するのは、(検査に限界がある以上)「有効な」肉骨粉禁止だけだ。これを部分解禁の「条件」から落としていることは、食品安全委員会も認める国際原則を、政府は無視しているということだ。

 政府・与党内部の混乱も、結局はBSE対策の原則をもたないからだ。準備期間の設定、従って輸入解禁の先延ばしも、基本原則に則ったわけではなく、準備期間なしの国内対策変更、従って米国牛肉早期輸入再開が国内、特に消費者にもたらす「混乱」を恐れただけだ。農業新聞によれば、「消費者の理解を十分得るには、拙速な変更を避ける必要があると判断した」にすぎない。だが、基本原則に立ち返らない限り、消費者の十分な理解は永遠に得られないだろう。

 なお、BSE国内対策と米国牛肉輸入再開問題について、今日発売の『世界』(岩波書店)11月号に「米国牛肉輸入再開問題―何が問われるべきか(世界の潮)」を掲載していただいたので、併せて参照されたい。また、週刊誌”Spa!”の来週号には、同じ問題についての山内一也東大名誉教授と筆者の談話に基づく記事が掲載される予定なので、こちらもご参照願いたい。

 (注1)米国農務省監査局、省のBSE検査を批判 省専門家は過去のことと一蹴,07.7.15
 
(注2)FDA、BSE飼料規制強化を大統領選後まで延長の観測ーN.Y.タイムズ,04.9.28;米国飼料業界、排除特定危険部位は脳と脊髄に限れ FDA交差汚染防止案に反対,04.8.18