米国BSE2例目 ”種”の誤表示とサンプル混合の二重ミス 検査制度改善も無意味に 

農業情報研究所(WAPIC)

05.6.27

 米国で発見されたBSE感染牛の出自牛群の特定が、第一例目の場合と同様、二例目についてもDNA鑑定に頼るという。個体識別・追跡システムが不備なためといえばそれまでだが、二例目についてはさらに初歩的な手続きミスまであったらしい。米国のBSE検査制度のみならず、その運用の厳正性についても深刻な疑問を生む。

 26日付のワシントン・ポスト紙が掲載するAP通信員による記事は、米国農務省(USDA)の獣医主任であるクリフォード博士がAPとのインタビューで、肉用牛の表示ミスと検査サンプルの保存方法のためにDNA検査が必要と語ったと伝える(DNA Analysis Will Be Used To Find Origin Of Diseased Cow,The Washington Post,6.26;http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/06/25/AR2005062500984.html)。博士によると、問題の牛は歩くことができない“ダウナー”で、昨年11月、人間の消費には不適な牛がと殺される施設に出された。USDAはこの牛の所有者、または処理施設を確認していない.。この牛が糞尿にまみれていたために牛の“種”(breed)のタイプが間違って表示された上に、検査サンプルとなる組織が他の牛の組織に混じった可能性があるという。

 博士は、この牛の所有者を突き止めたが、この所有者は、「この種は売っていない。別の種を売った」と示唆したと言う。つまり、この牛の“種”を見間違えるほどに、この牛が糞尿泥まみれだったということだ。

 その上、博士は、「組織が加工された後、混じりあいがあった」と言う。別々に保存されるはずの患蓄と他の4頭の牛の組織の一部が混じり合ったというのである。これでは患蓄の個体の特定もできない。USDA担当官は、突き止めた患蓄の出自牛群は間違っていないと考えている。その確認のために、患蓄の同族(relaticves)を見つけ出し、DNAを検査しなければならない。博士は、「同一牛群に居た牛(herdmates)からの組織の検査が行われている」と言う。

 これが事実とすれば、米国のBSE検査の執行体制に対する深刻な疑問が生じる。これは今回かぎりの偶発的な初歩的ミスでもないかもしれない。日本では、米国肉牛は牧草地でのんびりと草を食む生活を送っているなどと喧伝する専門家や識者がいるが(米国産牛肉輸入再開の決定が迫る 懲りない人間たちにつける薬は?,04.9.13)、それが何故「糞尿」にまみれているのか。ときに放映されると殺に追い立てられる若い牛の姿を見ても、余りの汚れに驚く。こんなミスはいつでも起こり得るだろう。検査サンプルの加工保存の過程での様々な牛の組織の混入などという初歩的ミスが起きるのは、BSEに対する危機意識が希薄で、検査官の日常業務が緊張を欠き、人為ミス防止のシステムエムも存在しないことを意味しよう。要するに、現在のBSE対策への慢心がその遠因である。USDAのこの慢心は、二例目確認でも解けそうにない。

 米国の検査制度に問題があることは再三指摘してきた。本日付の日本農業新聞は、衆院農水委員会BSE調査団の山田正彦議員とのインタビューで、カリフォルニア大学のユーリ・サファー助教授が、米国の検査の精度や正確性について、米国は検査の詳細なデータを公表していないので評価できないと語ったと伝えている。また、BSE汚染度の日米比較に関して、米国の検査頭数が少なすぎるために、米国の汚染度の正確な判断はできない、米国も全頭検査をする日本や一定月齢以上の牛の全頭検査を行なうEUのように、「集中的たくさんの検査をする必要がある」と語ったともいう。これは正論だろう。

 しかし、そもそも、検査された牛の大部分がどこの農場が出したかも月齢も不明な、レンダリング工場や廃品回収所から集められものであれば、サーベイランスの結果によって米国の汚染状況を正確に把握することは不可能だ(米国、BSE検査拡大へ、サンプル確保の保証はなし,04.3.18;日米牛肉協議合意、BSEリスク評価を無視、政治が独走,04.10.25)。このような状況の改善のために、現実にはあり得ないことだが、例えば米国が30ヵ月以上の牛の全頭検査を行ない、USDAが発表したように検査方法が改善され、検査の詳細なデータが公表されるようになったとしても、検査サンプルが混じり合い、また検査された牛の個体識別・生産・飼育暦の正確な把握もできないのでは、サーベイランスとしての意味は半減する。相変わらず、「米国の汚染度の正確な判断はできない」だろう。

 とりわけ、糞尿泥まみれであったために種の判別を間違えたという事実は、米国の牛肉生産方法の危険性を象徴する。BSEの根源は牛の生理を無視した効率最優先の飼育方法にあることを再三強調してきたが、生まれた州を含めて4州で転々と生き延び(ジョハンズ農務長官、24日の記者会見)、最後は糞尿泥まみれで殺されたこの牛の8年余りの生涯がそれを象徴する。このBSEは、悲惨な生涯を強いられた牛からの人間への報復だ。これが改まらないかぎり、人間の安全・安心はあり得ない。科学的にどれほど堅固な安全対策(検査、特定危険部位除去)も、このような人間の慢心があれば、まさに今回のような「人為ミス」で無意味になる。科学は人為ミスを防げない。

 そうであれば、台湾が再開したばかりの米国産牛肉の輸入を再び停止した(US beef ban back in force,The Taipei Times,6.26;http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2005/06/26/2003260770)のも、盧武鉉統領がブッシュ米国大統領に輸入再開を約束したと伝えられる韓国(これは誤報で、大統領は輸入再開のための手続きを早めると言っただけという情報もある。S. KOREA'S CHEONG WA DAE DENIES PLEDGE TO LIFT US BEEF BAN,Asia Pulse,6.23)が二例目に関する詳細な情報を求め、輸入再開の先延ばしを決めた(Korea to Delay Resumption of US Beef Imports,The Korea Times,6.26;http://times.hankooki.com/lpage/nation/200506/kt2005062617142711950.htm)のも、至極当然のことである。

 その一方、本日付の日本経済新聞は、日本政府は「感染した牛が市場には流通しない高齢である」ことなどから、「冷静に対応」、「農水省は二例目の感染牛に関する情報を安全委に早期に提供し、迅速な審議を促がす意向」という。相も変わらず、感染が発覚した牛(発症したか、発症間近な牛)と「感染牛」を混同している(全頭検査で「感染牛」は一頭も食料チェーンに入らないとしたのも、OIE新基準で、BSEステータスと無関係に貿易できる物品とされた骨無し肉に「感染牛」由来のものは含まれないという解釈(*)を示したのも、そのためだ)。人間のBSE感染リスクの問題の中心は、感染が発覚した牛からのリスクではなく、感染が発見できない潜伏期の感染牛からのリスクにかかわることが忘れられている。何ヵ月齢以下なら安全などという科学的月齢基準は、現在までの知見では存在しない。先の農業新聞に登場したサファー助教授も、

 「若い牛は、脳以外のところで、病原体が増えることがわかっている。ただ、病源体がどこで、どれくらい増えるのかのデータがない。若い牛の各部位におけるデータが十分明らかになって、初めて科学的な判断が可能になる。今のところ、若い牛のデータは(十分調べられないままに)文字通り食べられてしまっている」

と言っている。

 *正確には、この骨なし肉は、「生前及び死後の検分を受け、BSEのケースと疑われなかったか、BSEのケースと確認されなかった」30ヵ月齢以下の牛からのものでなければならないということだ(OIE新基準⇒http://www.oie.int/downld/SC/2005/bse_2005.pdf)。

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