米国レンダリング協会 狂牛病飼料規制強化は経済・環境影響が大きすぎて実行不能

農業情報研究所(WAPIC)

06.8.10

 昨年10月に米食品医薬局(FDA)が提案した狂牛病(BSE)拡散防止のための飼料規制強化案に関する最終決定が未だに降りない。この案へのコメントは12月20日に締め切られたが、コメント の検討が延々と続いていると見られる。どんなコメントが出ているのだろうか。それを見ると、こんな提案は米国ではとても実現できないように見えてくる。

 この案は、ペットフードも含むすべての飼料への、@30ヵ月以上の牛の脳と脊髄、A検分で人間消費が許されなかったすべての月齢の牛の脳と脊髄、B脳と脊髄が除去されなかった場合、検分で人間消費が許されなかった牛のと体全体、C牛脂[タロー]が0.15%の 不溶不純物を含む場合、この提案されたルールで禁止された物質に由来するタロー、Dこの提案されたルールで禁止された物質に由来する機械的分離肉の利用を禁止するというものだった(米国FDA 新たなBSE飼料規制を発表 なお抜け穴だらけ カナダの規制とも格差,05.10.5)。

 これは、@飼料の製造・流通・農場での交叉汚染のリスクを減らすために、ペットフードも含むすべての動物飼料から特定危険部位(SRM)を除去する、A交叉汚染防止のために、飼料製造・輸送の間に飼料と飼料成分を扱い、貯蔵する設備・施設の専用化を義務付ける、B交叉汚染防止のために、反芻動物飼料へのすべての哺乳動物・家禽(鳥類)蛋白質の使用を禁止し、またダウナーカウや斃死牛のすべての動物飼料への利用を禁止するという04年7月の提案 (米国FDA、BSE感染防止ルール強化を発表、なお抜け穴、実施も何時のことか,04.7.10)から大幅に後退したものだった。

 この提案について、飼料業界は、腸や脊柱まで含むSRMの除去は無用だし、処理しきれない大量のSRMが不適切に処分されて環境汚染を招くから、除去すべきSRMを30ヵ月以上の牛の脳と脊髄に限れ、施設の専用化は一部工場では実行不能だなどとコメントした(米国飼料業界、排除特定危険部位は脳と脊髄に限れ FDA交差汚染防止案に反対,04.8.18)。

 レンダリング業界も、すべての動物飼料からのSRM除去を支持する科学的証拠はない、すべてのSRMの除去は高いコストの施設や加工過程の再設計を要求し、処分コストを大きく増加させ、家畜価格を引き下げ、SRMを除去できないレンダリング施設の閉鎖が必然になり、家畜産業全体に多大な経済的影響を与える、またすべての死亡牛やダウナーカウの処分は解決不能な重大な環境問題を引き起こすなどと反対していた。

 http://www.rendermagazine.com/news/NRAANPRCommentstoFDA8-13-2004.doc(04.8.13)

 昨年10月のFDAの提案は、こうしたコメントを考慮、除去すべきSRMを脳と脊髄に限定、一部死亡牛やダウナーカウの利用も可能にし、施設専用化の要求も取り下げるなどの修正を施した。FDAは、これによりレンダリング以外の手段で処分される物質の量の増加 と経済的影響は”軽微(modest)”と評価した。

 http://www.fda.gov/OHRMS/DOCKETS/98fr/05-20196.htm

 ところが、レンダリング業界は、それでも多くのレンダリング業者は死亡牛の受け入れを停止する、処理料金の引き上げで農業者が別の処分(埋め立てなど)するようになる、不適切な処分が増加するなどと反対意見を出した。

 NRA Issues Talking Points on FDA's Proposed Feed Rule Changes,05.11.1

 今年6月には、これを裏付ける調査データも発表した。

 Numbers Tell the Story: Additional feed ban would be costly to livestock industry (pdf)

 それによると、提案は死亡牛とダウナーカウに焦点を当てているから、影響評価にはどれほどの数のこれらの牛がレンダリングされるかの信頼できる推定が不可欠だ。しかし、このような情報は 、いつもは誰も集めていないから、FDAは仮定や他の研究からの推定に依拠せねばならなかった。FDAはと畜前に死ぬすべての牛の17%がレンダリングされるだけと結論したが、実際の数ははるかに多い 。

 米国のレンダリング製品のほとんどすべてを生産するレンダリング協会(NRA)の52のメンバー企業と動物物質をレンダリングする22の”動物蛋白質生産者産業”のメンバー を対象とする調査によると、現在死亡牛と身体不具の牛・子牛を加工しているのは45工場で、2005年に86万4827頭の子牛と100万4943頭の成牛を処理している。これは、米国農務省(USDA)推計によるすべての死亡牛・ダウナーカウの45%(成牛で半分以上、子牛で40%)に相当する。

 死んだ成牛の40万頭はフィードロットから出てきたもので、FDAの研究を含む今までの研究ではフィードロットで死んだ牛の90%がレンダリングに出されるとされているが、実際のこの比率は100%に近いことを示唆している。これは、新ルールによって生じるこのような処分の損失、または死亡牛の収集料金による損失がFDAの推計よりもずっと多くなることを意味し、フィードロット事業者に大きな影響を与える。フィードロットでは比較的狭い土地に牛が密集しているから、埋め立てなどの処分は実行不能であるか、重大な環境リスクを生み出す恐れがある 。

 レンダリング業者は、フィードロット以外の死亡成牛も年間58万頭(30ヵ月以上:46万9000頭、30ヵ月以下:11万1000頭)を加工していることもわかった。これはと畜前にフィードロット以外で死ぬ牛すべての32%に相当する。

 さらに、この報告は、レンダリングに先立ち脳と脊髄を除去することも必ずしもできないと言う。特に夏には死体が急速に腐敗、死亡牛も増える。脳や脊髄を除去しようとすると、例えば頭蓋全体や脊柱まで除去することが必要になり (注1)、死亡牛収集の経済性や他の方法での処分が必要な物質の量に影響を与える。脳や脊髄の除去が実行可能な死亡牛の比率は、収集されたもののうちの55%程度にしかならない。脳と脊髄の除去のコストは予想以上に高くなり、実行可能性にも疑問符が付く。

 死亡牛から脳と脊髄を除去する負担のために、多くの業者が死亡牛の受け入れをやめる恐れがある。現在31万4000の死亡牛を受け入れている17%の工場が、新ルールが実施されれば受け入れをやめると答えている。未だ決めていない工場も受け入れ量を減らすか、死亡牛収集料金をFDAの予想以上に引き上げることを考えてる。これにより、家畜生産者は最低でも年間1億1260万ドル(約130億円)の料金を負担せねばならなくなる。

 報告は、FDAの新ルールは、家畜部門、特に家畜生産者とレンダリング業者に直接的な多大な影響を与えると言う。地下水を汚染し、人間や家畜の病気を拡散させる処分方法の増加にもつながる。報告は、FDAが除去された物質の最終処分に関するガイドラインを出していないことも大問題だと言う。しかし、それが実行できるわけでもない。それには埋め立て、焼却などのための大変なインフラ投資が必要になる。

 このような報告を見ると、米国のような牛肉大生産・消費国では、科学者が推奨するような狂牛病拡散防止策は、そもそも実行不可能なのではないかと見えてくる。経済的困難は別としても、巨大な数の牛から生み出される”廃棄物”(死亡牛、ダウナーカウ、SRM等)を安全に処分する方法などあるのだろうか。ヨーロッパも毎日生み出され大量の廃棄物の最終処分に苦闘している。そのうち音を上げるだろう。すべては、余りに肥大した牛肉生産・消費がもたらした帰結だ。”科学”だけに頼る狂牛病対策は無力だ。今最も必要なことは”牛肉 大量消費文明”そのものの見直しだ。

  なお、米国で生産され・主として飼料成分として利用されるレンダリング産業の主用生産物である動物性油脂(タロー、グリース)及び肉骨粉の生産量、消費量は以下のとおりだ(単位:1000トン)。

 

 

1998

1999

2000

2001

2002

2003

2004

2005

生産

 非可食タロー・グリース

2,982

3,210

3,243

2,690

2,927

2,833

2,889

2,814

  うちタロー

1,638

1,751

1,764

1,564

1,671

1,678

1,680

1,649

    グリース

1,327

1,437

1,461

1,111

1,255

1,155

1,210

1,165

     肉骨粉

2,511

2,748

2,612

2,509

2.256

2,076

1,995

2,173

消費

 非可食タロー・グリース

1,561

1,691

1.661

1,660

1,419

1,474

1,466

1,515

  うち飼料用

1,112

1,248

1,250

1,285

1,048

1,104

1,196

1,114

    肉骨粉

2,197

2,365

2,024

2,038

1,787

1,797

1,789

1,819

出所:US Census Bureau:M311K series for Fat and Oils

 大量のSRM入り肉骨粉が豚・鶏飼料やペットフードに使われている。加工工程が感染性を大きく減らさないのはEUのリスク評価が確認済みだ(米国の地理的BSEリスクの評価に関する作業グループ報告(欧州食品安全庁),04.9.4)。牛用飼料の専用加工・輸送・貯蔵ラインの分離は完成していないから、どこで交叉汚染が起きてもおかしくない。タローの 不溶不純物には死亡牛・ダウナーカウに由来する成分、さらにはSRMまでも含まれるから、仮に0.15%以下に規制されたとしても、狂牛病感染源となり得る(注2)。その上、SRM入り肉骨粉飼料も混じる養鶏場廃棄物も牛の飼料になるのだから、狂牛病拡散が防げるはずがない。しかし、飼料規制を強化すれば危険物質が環境にバラ撒かれるということでは、手の打ちようがない。

 注1:腐敗がないとしても、そもそも頭蓋から脳を完全に取り除くことは現実には難しい。英国では90年9月、6ヵ月以上の牛の脳など牛特定臓器(現在のSRMに相当する)をペットフードも含むすべて動物の動物飼料から排除する措置を取った。しかし、牛の感染は続く。調査の結果、現場では脳を頭蓋から完全に除去することができず、脳が付着した頭蓋を原料とする肉骨粉を含む豚・鶏の飼料との交叉汚染が有力な原因とされた。そのために、95年8月になって頭蓋全体を牛特定臓器として廃棄する措置が取られた(北林寿信 「EU諸国はどう対応してきたか」 『肉はこう食べよう 畜産はこう変えよう BSEを乗り越える道』 コモンズ 2002年3月 第4章 102-103頁参照)。

 現在、EUは12ヵ月以上の牛の「脳・眼・扁桃を含む頭蓋」をSRMに指定している。日本も牛の頭部(舌、頬肉を除く)を「特定部位」として焼却廃棄を義務付けている。米国が頭蓋をSRMとしていないこと自体がそもそも問題なのだ。

 注2:タローの安全性に関するEU科学運営委員会(SSC)の評価は、BSEのリスクが多少なりとも存在する国・地域におけるレンダリング由来のタローを動物飼料(子牛飼料は除く)に安全に利用できる条件を、原料が人間消費に適した動物由来のSRMを含まない組織 で・不溶不純物を0.15%以下しか含まず・予め113℃-20分-3気圧でBSE病原体が不活性化されていることとしている。死亡牛などの人間消費に不適な動物の組織を原料とするレンダリング由来タローについては、たとえSRMを除去し、不溶不純物を0.15%以下にしたとしても、工業用利用しか許されない。

 SSC:Revised opinion and report on: The safety of tallow obtained from ruminant slaughter by-products

 米国の現状では、原料が人間消費に不適な動物の組織であれ、SRMを含むものであれ、さらに不溶不純物を0.15%以上含むものであっても、動物飼料への利用が許される。FDAの提案が実現したとしても、一定の人間消費に不適な動物の組織や脳・脊髄以外のSRMを含む原料から製造され、不溶不純物を0.15%以上含むレンダリング由来タローの動物飼料への利用が残ることになる。それが効率最優先の大量生産に不可欠な子牛の代用乳にまで使われるとすれば、結果はどのようなものだろうか。