米国産牛肉輸入条件を巡る毎日新聞”闘論” 杜撰さ露呈のOIE元科学最高顧問

農業情報研究所(WAPIC)

07.5.25

 今日の毎日新聞(3面)が「米国産牛肉の20カ月基準」をめぐる山内一也東大名誉教授と小澤義博国際獣疫事務局名誉顧問の”闘論”を掲載している。

 この”闘論”掲載の趣旨は、”日本は米国産牛肉の輸入に「生後20ヵ月以下」の条件を付けている。その根拠となった21ヵ月と23ヵ月の感染牛のマウス感染実験で、感染性は確認されなかった。米国は5月、OIE(国際獣疫事務局)から「月齢を問わず、輸出可能な国」に認定された。「20ヵ月以下」継続の是非を、専門家2人に聞いた”というものだ。

 この問題に関する筆者の立場は既に述べたとおり、これら21ヵ月と23ヵ月の感染牛(より正確には、現在=当時の検査技術で脳に異常プリオン蛋白質が検出された牛)の感染性の有無は、そもそも輸入条件とは無j関係というものだ(OIE 米国は管理されたBSEリスク国 輸入条件緩和を許す食品安全委の新”マジック”が見もの,07.5.23;日本弱齢牛BSEに感染性なし?米国産牛肉輸入条件緩和に弾みと朝日が早とちり,07.5.9)。

 すなわち、これら2頭の例は、この月齢の牛でも感染していれば感染を発見することは不可能ではないことを示す。これら2頭に感染性がないと仮定してさえ、現在の検査で今後異常プリオン蛋白質が検出される可能性のあるこの月齢の他の牛(あるいは、検査技術の改良=感度と精度の向上で異常プリオン蛋白質が検出される可能性のあるもっと若い牛)に”感染性”がない(つまり、これらの牛は”伝達性”海綿状脳症=BSEの感染牛ではない)ことを意味するものではない。

 従って、日本で全頭検査廃止の根拠となり、それに応じて検査なしでの米国産牛肉の輸入を許す根拠ともなった検査をしなくてもリスクが増えない牛の月齢の上限が、この2頭についての実験結果で左右されることはありえない。21ヵ月でも検出される可能性がある異常プリオン蛋白質を持つ牛すべてが”BSE”でないと断定されない限り、これ以上の月齢(あるいは将来はもっと低い月齢)の牛の検査は廃止してもリスクは増えないとは決して言えないということだ。

 ”闘論”における二人の専門家の見解の要点は次のようなものだ。

 山内氏

 @感染性が確認できないことは、感染性がないことと同じ意味ではない。実験された試料の量が極めて微量であったことや、実験条件がかなり悪かったことを念頭に置くべきだ。

 ABSEの診断では、異常プリオン蛋白質の検出が必要十分で、感染性の有無は不必要。21ヵ月齢、23ヵ月齢の牛から異常プリオン蛋白質が検出されてBSEと診断したことは、科学的に何の問題もない。

 B輸入条件緩和の諮問が食品安全委員会にあったとしても、飼料規制の実態も含め、データが少なすぎて科学的な議論は難しいだろう。”私なら「科学的な判断はしようがない」としか答えられないと思う”。

 マウス感染実験の結果は輸入条件とは無関係とする点では、基本的には筆者と同じだ。「科学的な判断がしようがない」というのは、彼がプリオン専門調査会委員であった前回答申時の彼の結論と変わるところがない。他の事情に変化がないのだから、”科学的”にはそれ以外の結論はありえない(種も仕掛けも尽き果てた 米国産牛肉輸入条件緩和でプリオン専門調査会座長,07.6.18)。

 小澤氏

 @”現在の”検査”で牛肉の安全性が確保されるというのは間違いだ。異常プリオン蛋白質が検査の対象となる脳の一部に達する前の感染牛は陰性として出荷されてしまう。”だから、欧米の専門家は「危険部位の除去こそ最も重要」と考え、全頭検査を推奨していない。

 A感染牛お発生状況を調べるサーベイランスとしての検査は重要だが、サーベイランスが目的ならば、異常プリオン蛋白質が見つかる可能性が高い生後30ヵ月以上の牛で十分、西欧ではほとんどの国が30ヵ月以上の牛しか検査していない。

 B21ヵ月と23ヵ月の日本の陽性例のマウス実験で伝達性が確認できなかったのだから、2頭はBSEとはいえない。”「伝達性なし」となれば、国内の牛の検査対象にせよ、輸入条件にせよ、20ヵ月で線引きする意味はますますなくなる”。

 OIEの元科学最高顧問とも思えない粗雑さだ。

 ”現在の”検査”で牛肉の安全性が確保されるわけでないというのは正しい。しかし、検査や飼料規制の徹底などの他のリスク軽減策の軽視を正当化する目的で「危険部位の除去こそ最も重要」と強調するのは、何か他意があるとしか思えない。

 欧米専門家といえども、大部分は、飼料規制の徹底による感染牛の新たな発生の防止、限界はあるけれども現在では最も有効な感染牛発見の手段である検査による可能な限りでの感染牛の食物・飼料連鎖からの排除、それでも見つけ出すことができない感染牛からのリスクを減らすための特定危険部位の除去の3本柱でリスクを最小限にできるし、そうすべきだと言ってきた。また、消費者は、それでこそ納得して牛肉を食べている。

 西欧では、サーベイランスのための30ヵ月以上の牛しか検査していないかのように言うのも事実を曲げている。これも他意があるとしか思えない。

 EUにおけるサーベイランスの最も重要な手段は、”24ヵ月以上”の、そもそも食用から排除される「緊急屠殺された牛または屠殺場の生前検査であらゆる種類の病気の兆候を示す牛」や「死亡牛(農場または輸送中に死ぬか、殺された牛)」の”全頭検査”である。食用にと殺される30ヵ月以上の牛の”全頭検査”もサーベイランスの意味を持つが、併せて食品安全レベル向上の目的も持つ(BSE検査に関する欧州委員会のQ& A(最新版),04.5.21)。サーベイランス目的だけの検査なら、ランダム抽出検査で十分だ。

 30ヵ月以上に限定したのは、絶対的な科学的根拠というより、そもそもは30ヵ月以下か以上かが外見(歯型)で判断できるとい便宜的な理由によるところが大きく、現在の検査ではこれより若い牛のBSEはほとんど発見されないだろうという推論がこれを正当化しているにすぎない。これが例えば35ヵ月や40ヵ月、24ヵ月や20ヵ月になったとしても、そうと決まればこれを正当化するもっともらしい理屈はどうとでも付けられる。現在のBSEの科学はその程度のものだ。 ただ、一旦、無理矢理に”科学的”らしい結論を出してしまうと、背景が大きく変わらないかぎり、この結論を修正するもっともらしい理屈を見つけるのは難しいというだけだ。

 マウス感染実験の結果については、山内氏のような科学者らしい慎重さもなく、無条件で最終結論と受け止めている。そして、この2頭の感染性が発見されなかったことが、直ちにこの月齢の牛すべてに一般化される。このような専門家が科学最高顧問を努めたOIEが米国を「リスクの管理された国」と認定したとしても、誰が信用できようか。