バイオ燃料エタノールブームに隠れたリスク 米国で懸念が広がる

農業情報研究所(WAPIC)

06,6.26

 石油価格の高騰で世界中がバイオ燃料ブームに沸き立っている。米国も同様だ。中西部・コーンベルトの農民は、ガソリンに添加するエタノールのコーンからの製造がコーンの新たな市場を作り出し、農家経済を浮揚させるとこの動きを大歓迎、農務省も後押ししている。そして、エタノール産業は、絶好のビジネス機会の到来と、コーン生産地域からはるか離れた場所にさえ、次々と工場を建設しており、建設しようとしている。

 ニューヨーク・タイムズ紙によると、来るべき9ヵ月から12ヵ月の間に少なくとも39の新たなエタノール工場が完成すると予想されている。これは、米国をブラジルに勝る世界最大のエタノール生産国に押し上げる。シカゴの経済予測会社・AgResourcesのダン・バース社長によると、新たな工場によってエタノール生産量は年に14億ガロン(約53億リットル)増え、現在の174億リットルから30%増加する。アナリストは、2008年の生産量は年に300億リットルになると予想する。

 まさに現代の”ゴールドラッシュ”だ。同紙によると、 現代のゴールドラッシュは、政府の寛大な補助金、ガソリンブレンド品としての需要の急増、農業州の強力な政略、それが生み出す巨大な企業利潤など、多くの要因に駆り立てられたものだエタノールは、長い間その燃料としての利用をせきたたてきた巨大アグリビジネスのみならず、一獲千金を夢見る新参者の金の卵になったと言う。

 しかし、エタノール生産の拡大がアメリカのエネルギーの外国石油依存を減らすというブッシュ政府の主張には疑念があり、さらにコーンを原料とするエタノールの生産の余りに急激な拡大がもたらす様々な副作用への深刻な懸念も広がっているという。この報道により、滅多に報道されることのないバイオ燃料ブームの背後に隠れたリスクの一端を紹介することにする。

 For Good or Ill, Boom in Ethanol Reshapes Economy of Heartland,The New York Times,6.25

 それによると、人口減少、農場の集中、低価格で破滅に瀕した地方経済の活性化を求める地域社会は、大量の雇用を生み出すエタノール工業コンプレックスの拡大を歓迎し、政治家はアメリカのエネルギーの外国石油依存を減らす方法としてその利用を促している。

 ブッシュ大統領はガソリン使用量の3%がバイオ燃料に置き換えられると、ペルシャ湾から輸入される石油は一日当たり160万バレル減ると言う。米国は、ブラジルがエタノールを生産する砂糖よりも30%ほど生産コストが高いコーンをエタノール生産の原料として利用している。政治家が、国の最も補助された作物であり、過剰となり、価格が人為的に引き下げられたコーンの利用を促進する手段としてエタノール生産拡大を後押ししてきたからだ。バース氏によると、1バレル70ドルの石油価格でエタノールの価格 が急速に吊上げられ、平均的加工工場は1ブッシェル当たり2ドルで購入するコーンで1ブッシェル当たり5ドルの純益を稼ぐ。彼は、「これはまさに黄色の金だ」と言う。

 農民はエタノール精製企業のような巨大な利潤は見込めない。それでも、多くの農民は協同組合を通してエタノール工場に投資しており、あるいは単にコーン需要の増大から利益を得ている。4年ごとの大統領選挙に際し全国に先駆けて党員集会が開かれるアイオワでは、民主党、共和党を問わず、州を訪れるすべての候補者が、アイオワが全国一のエタノール生産州であることに敬意を払う。中西部農業州では、エタノールに対する姿勢が支持を得られるかどうかの鍵を握っているのだという。

 エタノール生産の拡大は、アーチャー・ダニエル・ミドランド社(ADM)のアンドリース最高経営責任者がコーンを燃料に変えるアイデアを議会内で精力的に説きまわった1970年代、1980年代に始まった。エタノールはコーンや砂糖キビを含む多くの農産物から生産でき、将来は小麦や藁からも生産できるだろう。しかし、アンドリースは、コーンが過剰であったことから、コーン農民のエタノールへの関心を呼び起こす戦略を採用、減税による刺激策を講じるように政府を説得した。

 ところが、議会は1990年、ガス排出削減のためにガソリンに10%の添加物利用を義務付け、石油企業は、この要求を満たすためにエタノールより安い天然ガス由来のメチル・ターシャリー・ブチル・エチレン(MTBE)を使う権利を獲得した。これにより、ADMは石油企業に一敗地にまみれた。さらに、1996年には、いくつかの企業とのリジン市場分割謀議のスキャンダルに巻き込まれ、1億ドルの罰金を支払う羽目にも陥った。これにより、ADMの政治力は衰えた。それにもかかわらず、ADMは更新可能燃料協会などを通して、エタノールの利益を訴え続けた。農業団体、政治家、ニュースメディアのエタノール推進への関心も失なったわけではなかった。

 ADMは、ガソリンにエタノールを混ぜる精製業者やブレンダーに与えれれる1ガロンあたり51セントの減税措置を通してエタノール産業が受け取る20億ドルの政府補助金の最大の受益者である。今年の受け取り額55600万ドルは、2007財政年度には13億ドルにまで増えると予想されている。ADMは、他の競争企業をはるかに引き離す生産能力を持つ。7つの巨大工場をもち、国の能力の24%に相当する42億リットルの生産能力がある。

 昨年、エネルギー価格高騰のなかで、エタノール推進派は、コーンベルト以外からの支持も勝ち取り、2005年エネルギー法に、年間エタノール使用量を2007年までに50億ガロン(190億リットル)、2012年までに75億ガロン(284億リットル)に増やすという条項を挿入させるのに成功した。来年の生産量は60億ガロン(228億リットル)になると予想されている。

 MTBEが地下水を汚染、健康問題を生じる恐れから、MTBEがガソリンから段階的に排除されることもエタノールへの追い風になる。政府は、自動車メーカーにエンジンや燃料注入システムの改良を要求するエタノール85%ブレンド(E85)ガソリンの利用増加も推進しつつある。ADMは、エタノールは前途洋々と言う。

 しかし、これには多くの疑念が提起されている。エタノールが化石燃料の使用削減に本当に寄与するのだろうか。多くのエネルギー専門家は、それは更新可能で、国内で生産され、ガソリンによる汚染を減らすとはいえ、コーンからエタノールを作るために大量の石油や天然ガスが使われるから、化石燃料利用が却って増えることもあり得ると言う。

 農業専門家は、不足する石油をエタノールだけで補おうとすれば、エタノール生産は年に1900億リットル以上に増やさねばならず、そのためには国の農地の少なくとも半分が燃料用コーンの栽培に当てられねばならないと計算する。非現実的な話だ。 

 加工食品・畜産ビジネスが主体のカーギル社のステイリー最高経営責任者によると、国のエネルギー問題の解決のためにエタノールにかけられる期待は大きすぎるし、無闇な生産増加はアメリカの畜産業を傷つけ、コーンやその副産物の輸出国としての国の責任も果たせなく恐れもある。昨年のコーン生産は、2004年に次ぐ史上2番目の110億ブッシェルを記録した。しかし、多くのアナリストは、科学者や農民がエタノール生産増大に追いつけるかどうか疑っている。

 先のバース氏は、「2007年半ばには、畜産業とこのバイオ燃料あるいはエタノール産業の間で戦いが起きるだろう。コーン価格は1ブッシェル3ドルに達するから、畜産業は価格引き上げか、頭数削減を迫られる。そのとき、米国消費者は食料価格上昇、食品インフレに直面し始めるだろう」と言う。[それによって食肉消費が減り、動物工場的畜産が打撃を受けるのならば、これは歓迎すべきことではあるーWAPIC]

 もしこれが起きれば、戦場は、土壌保全と過剰生産防止のために1985年プログラムで休耕された3500haの土地に移る。農民は作付しない土地1エーカー当たり平均・年48ドルの補助金を支払われているが、エタノールの利潤の誘惑は、これら限界地と考えられた土地の生産への復帰を推進するに十分なほどに大きくなり得る。

 ステイリー氏は、それが食料・飼料生産という農業の伝統的な基本目的から農民の目を逸らせることを恐れる。彼は「食料第一、次に家畜飼料、燃料は最後だ」と言う。バース氏は、エタノール生産は、藁、スイッチグラス、さらには農業廃棄物など、一層効率的な更新可能エネルギー源から燃料を生産する精製技術に頼ることができるが、コーンからエタノールを作る魅力は、生産者と投資家にとって余りに大きすぎると言う。

 米国の政府や政治家は、食料・飼料供給や環境にもたらす影響などにはまったく無頓着で、無闇なエタノール生産拡大に走っているようだ。

 環境影響について言えば、イリノイのシャンペーンとアーバナの都市当局者は、エタノール工場が大量の水を汲み出し、地域の大水源・モハメッド帯水層の水を枯らしてしまうのではないかと警戒している。

 Ethanol's Demands on Midwest Water Supplies a Concern,soyatech.com,6.21
 http://www.soyatech.com/bluebook/news/viewarticle.ldml?a=20060621-7

 町の近くで建設が提案されている工場は1日に200万ガロンの水を使うが、この水は町に水を供給する帯水層から汲み上げられる可能性が高い。この工場は、過去数ヵ月にイリノイ中で立ち上げられた多くの工場に続くものだ。既に7工場が操業しており、イリノイはアイオワに次ぐ米国第二のエタノール生産州になっている。イリノイコーン生産者協会は、今や少なくとも30の工場が様々な計画段階にあると言う。

 更新可能燃料協会によると、毎年、100ガロンのエタノールを生産するためには、製品加工・施設冷却用の300ガロンの水が必要になる。 イリノイとアイオワの水科学者は、このような大量の水需要の影響を恐れている。しかし、イリノイ州水サーベイの地下水科学センターのWehrmann所長は、これは大した水量ではない、イリノイは水が豊かな州で、干上がるとは思わないと言う。アイオワの20を超える操業中の工場による水需要は水資源や水供給に悪影響を与えてこなかたった、 使用する水は、技術の改善で5年前に建てられた工場よりも80%も少なく、大部分の水はリサイクルされると問題にしない。

  彼によると、多くの工業が毎日100万ガロン以上の水を使っているが、それでもシャンペーンとアーバナが1日に使用する2300万ガロンやシカゴがミシガン湖から引く5億ガロンよりもはるかに少ない。マホメット帯水層は自治体、工業、農場、家庭に毎日2億5000万ガロンの水を供給しているが、13兆ガロンの水を湛えており、1日当たり4000ガロンにのぼる降水やその他の自然のリサイクルで戻ってくる水がまったくないとしても、干上がるまでにが100年かかる。

 しかし、その彼も、地方によっては影響は免れないことは認める。ある程度の水位の低下なしに地下水を汲み上げることはできない、井戸の所有者は水位低下に見舞われるかもしれない、もはや汲み上げられなくなる場合もあるだろうと言う。それにもかかわらず、イリノイコーン生産者協会は、水の問題よりも増加する工場へのコーンの供給が間に合わなくなることの方を恐れているという。

 だが、コーン自体の栽培も大量の地下水に頼っている。灌漑水の大半は蒸発で失われ、戻ってこない。エタノール生産拡大のためにコーン栽培地が激増すれば、既に地下水位の大幅低下で灌漑や耕作自体を断念する地域が大きく広がっている南部諸州のような状況(USDA:Long Range Planning For Drought Management - The Groundwater Component)がここにも出現するかもしれない。そうなれば、コーンの生産自体も不可能になるか、非常にコストの高いものになる。保全地域の耕作復帰は、土壌浸食を加速する恐れもある。

 欧州委員会は、昨年12月、エネルギー供給安全保障への危機感から、また(温室効果ガス排出削減の国際約束を守るために必要な)更新可能なエネルギーの開発目標の達成のために、バイオマス・エネルギー開発を促進する行動計画を策定した(欧州委員会 バイオマス行動計画を発表 社会・経済・環境悪影響の克服が課題,05.12.10)。しかし、それはバイオマス・エネルギー利用増加がもたらす社会・経済面、環境面の悪影響への配慮の必要性も強調した(この行動計画は、今月は初めに環境相理事会も承認するところとなった。Council Conclusions on Biomass.6.9)。

 欧州環境庁は、バイオエネルギー生産の増加は農業と林業の集約化をもたらし、生物多様性、土壌、水資源に影響を与える恐れがあるとして、バイオエネルギー生産の環境圧力を最小限にするための多くの環境基準を開発してきた。今月8日には、こうした基準や多様性保護・廃棄物削減のための環境ガイドラインと両立するバイオエネルギーをどれだけ生産できるかを計算する報告書を発表した(How much bioenergy can Europe produce without harming the environment?)。

 バイオエネルギー開発に当たってこのような周到な影響評価を行っているところは、EUのほかにないようだ。バイオエネルギー増産が社会、経済、環境に与える悪影響を最小限にするために、各国がEUの方法に学ぶべきだ。

 関連情報
 FAO バイオエネルギー・ブームの悪影響を懸念 国際バイオエネルギー綱領を策定,06.4.26
 アルゼンチン バイオ燃料促進法案採択 大豆モノカルチャーの加速に懸念,06.4.22
 石油価格高騰でパームオイル・ブーム 森林・野生動物・原住民・環境に破滅的影響の恐れ,05.10.13