ブラジル 2030年までにエタノール生産3倍増の国家エネルギー計画 

付:ブラジルエタノール小史

農業情報研究所(WAPIC)

07.5.27

   ブラジルの国家エネルギー政策審議会(NCEP)が今週承認した国家エネルギー計画によると、ブラジルのバイオエタノール生産は、今年の推定200億リットルから、2030年には666億リットルへとほぼ3倍に増加するということだ。ガソリンに混ぜて自動車燃料として使われるブラジルのバイオエタノールは、すべてサトウキビを原料に生産される。このエタノール生産の3倍増で、サトウキビ栽培面積は現在の600万fから1390万fへと倍以上に増える。

 サトウキビ部門は、エタノール生産に加え、電力コジェネレーションで一層多くのエネルギー生産をすることになる。サトウキビ部門は、現在、ブラジルの総エネルギー利用の14%を賄っているが、2030年にはこの比率が19%に増える。他方、石油派生エネルギーのこの比率は2005年には40%ほどだが、2030年には34%になる。ただし、更新可能エネルギーのシェアは現状が維持される。2005年には44.5%だが、2030年目標も44.7%にとどまる。

 バイオディーゼルの2030年の生産は117億リットルと推定され、これはブラジルの総エネルギー消費量の2%、ディーゼル・バイオディーゼル総消費量の12%ほどにしかならない。

 エタノールの目覚しい増産見通しにもかかわらず、その輸出の伸びはずっと小さい。2030年の輸出は生産量の18%、119億リットルにとどまる。残り80%ほどは、2005年の1億8550万人から5億3100万人に膨れ上がるブラジル国民が消費することになるという。

 ただし、製糖・貿易業界は、国のサトウキビ部門への新規投資のすべてが成果を上げるようになれば、輸出はもっと大きく増えると言う。農業省のデータによると、2006年だけでも34億リットルを輸出したことになっている。

 同時に、国有石油企業・ペトロブラスは既に、2011年までに燃料エタノール35億リットル輸出の野心的目標を掲げている。今年は8億5000万リットルにまで増えた日本など新興輸出市場がターゲットになる。2005年から2030年の間の国のサトウキビ部門への投資は320億ドル、国のエネルギー部門への総投資8040億ドルの4%と見込まれるという。

 Brazil To Triple Ethanol Output To 66.6B Liters By '30,Cattle Network,07.6.26
 http://www.cattlenetwork.com/Content.asp?ContentID=140645

 世界的なバイオ燃料ブーム、多くの国が野心的なバイオ燃料生産・利用目標を掲げているが、その大部分は、土地資源の制約や食料確保・環境破壊への懸念などから、目標達成は難しいだろう。

 OECDの試算(2005年)1)によると、現在の技術・生産性を前提とするかぎり、多くの国が目標とする輸送燃料の10%をバイオ燃料で賄うために新たに必要になる耕地面積は、現在の穀物・油料作物・砂糖作物の収穫面積に対する比率で、米国で30%、カナダで36%、EU15ヵ国で72%にもなる。環境保全・生態系維持のために保存すべき多くの土地や多様な食料作物を生産する小農民の土地を燃料作物耕作に動員したり、環境汚染や長期的な土地生産力の低下につながる肥料・農薬の一層の多投やモノカルチャー化を推し進めたりせねばならないことになる。ところが、ブラジルではこれはたった3%で済む。ブラジルは、世界中で使用されるガソリンの10%に置き換わるエタノールも十分に供給できるとさえ言われる2)。多くの国がブラジルからの輸入の拡大によってしか目標を達成することはできないだろう。

 1)Agricultural Market Impacts of Future Grow in the Production of Biofuels,OECD,01-Feb-2006.
 2)Kelly Hearn,Ethanol Production Could Be Eco-Disaster, Brazil's Critics Say, National Geographic,Feb 09 2007

 既に国営企業・多くの大企業が野心的輸出拡大目標を掲げて走り出している。計画のごく控えめな輸出増加見通しが増大する国内需要を満たさねばならないという制約から来るものであるとすると、計画を超えたエタノール増産=サトウキビ・プランテーションの拡大が進められることになりそうだ。輸入国国民は、ブラジルといえども、エタノール生産拡大⇒サトウキビ・プランテーション拡大は、すでに食料生産小農民の追い出しや、追い立てられる牧畜・大豆生産のアマゾン森林への進出=森林破壊の加速につながっていることを忘れてはならない。

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 対談:バイオ燃料生産が脅かす世界の農民の食料生産
北林寿信×鈴木宣弘) 農業協同組合新聞 2007年6月20日号(web

 付:ブラジルエタノール小史

 1975年:1973年オイルショックによる石油価格高騰への対応策として政府が策定したプロアルコール・プログラムが始動。

 プロアルコール・プログラム:エタノール生産者価格・消費者価格の固定、新規・増設工場への低利融資、国営石油企業・ペトロブラス社への販売・流通独占権授与等により、自動車燃料タノールの生産と普及を奨励。

 1980年代:エタノール燃料100%で走る含水エタノール車に対する税制優遇措置、ガソリンよりもエタノールの消費者価格を割安にする税制優遇措置も導入。ブラジルで販売される新車の9割ほどが含水エタノール車となったといわれ、1979年に29億リットルほどであったエタノール生産量は、6年後の1985年には4倍の116億リットルにまで増えた。

 80年代末-90年代末:石油価格下落・砂糖価格急騰で砂糖生産者が砂糖輸出に走り、エタノール生産が低迷。安定供給の期待を裏切られた消費者はエタノールに見切りをつけ、90年代末には、含水エタノール車の販売はほとんどゼロにまで落ち込む。

 2000年代:石油価格の上昇とガソリン・無水エタノールのブレンド燃料(ガソホール)で走ることのできるフレックス燃料車の導入。補助金は既に撤廃されていたが、エタノール価格の上昇がその生産の収益性を押し上げ、新たなサトウキビ・プランテーションと精製所への投資が急増フレックス燃料車は、導入3年後にはブラジルで販売される車の4分の3を越えるまでになった。

 生産者は、砂糖価格の上下に応じてエタノールの生産を自在に調整できる。消費者はガソリン価格の上下に応じてエタノールの利用を自由に加減できる。ガソリン価格が上がるとエタノールの需要と生産が増え、それに応じて砂糖生産が減るから砂糖価格が上昇する。このようなサトウキビ経済の構造が定着した。

 今後:エタノール生産と砂糖価格の好調が続くか否かは、ガソリン価格次第だが、政情不安定や気象災害(カトリーナ!)の増加で、当分の間は石油価格は上がることはあっても大きく下がることは考えられない。同時に、エタノールの輸出需要も増え続け、この趨勢が反転する要素見当たらないから、生産は拡大し続けるだろう。

 

データ出所:World Ethanol Marlets The Outlook to 2015,F.O.Licht,2006;US:DOE