ボリビア「改革」政権崩壊―世界・アジアで深まる自由化・改革への疑念

農業情報研究所

03.10.20

(追記:03.10.21)ペルー大統領、ビジネスは利潤を追うより雇用創出と環境保護に焦点を

 ボリビア改革政権の崩壊ー原因は貧者に何の恩恵もないグローバリゼーション

 ボリビア改革政権が遂に崩壊した。国の重要資源である天然ガスを輸出するためのチリを通過するパイプライン建設計画への激しい抗議行動が直接のきっかけだ。この抗議行動に対する弾圧により、この1ヵ月で80人以上が殺されたという。弾圧にもかかわらず抗議は強まるばかりだった。ゴンサロ・サンチェス・デ・ロサダ大統領は、この計画の是非を国民投票にかけることを提案して沈静化を図ったが、無駄だった。議会が彼の辞任を認めた17日の夜半、どこか(ペルー、それとも米国?)に向けて飛び立ったという。

 しかし、この政権崩壊の原因を、単にパイプラインをめぐる葛藤に帰することはできない。17日付のニューヨーク・タイムズ紙が報じたように(Bolivia's Poor proclam Abiding Distrust of Globalization)、連綿として続いてきた「ガス、その他の天然資源輸出へのノー、米国との自由貿易へのノー、途上国の虐げられた人々の連帯以外のすべての形態のグローバリゼーションへのノー」の運動が遂に勝利を勝ち取ったのだ。

 20年前に軍事独裁から脱却したボリビアは、米国、世銀、IMFの要請する自由市場モデルを受け入れた。成長と繁栄にはこれしかないと、国有企業を売却し、外国投資にこびを売り、規制を緩和した。だが、これらの政策がインフレを昂進させた。現在の輸出は25年前よりも落ち込んでいる。失業が急増、一人当たり平均所得は南米でも最低クラスの年950ドルに低迷しており、自由市場に向けての改革以前よりも少ないとする計算さえある。このような自由化政策に加え、米国主導の麻薬撲滅運動を受け入れた結果、軍の強権的介入により農民の生計の基本的手段をなしてきたコカ栽培が激減した。代替手段導入のための援助は余りに少ない。

 20世紀末から21世紀初めのこの「グローバリゼーション」の帰結は、ヨーロッパがこの地を征服して以来、500年にわたる虐げられた「グローバリゼーション」の帰結と重なる。植民地時代、ここから持ち出される銀は、スペインを世界帝国にのし上がらせただけだ。豊かな天然資源は、いまなお大多数が先住民ーインディアンーの血をひくこの国の貧しい人々の暮らしの改善には何の役にも立たなかった。政権を崩壊に追い込んだ中心勢力は、鉱山労働者やコカ栽培以外に生きる道をもたない農民たちだ。

 自由主義を標榜するファイナンシャル・タイムズの社説でさえ、パイプラインの紛争の根源は別のところにある、「最近のインフレと貧しい経済成長はボリビアの貧しい大多数の先住民の生活を少しも改善しなかった。多くの小農民の状況は、過去数年の間のコカ栽培の80%の減少の結果、悪化しているようにみえる。コカは5万の農民の中心的生活手段である。影響を受けた人々には、代替手段開発のために利用できる十分な資金がない」と、現実的で・信頼できる代替手段が利用できるようになるまで、米国の麻薬撲滅計画は停止すべきだと論じている(Why Bolivia needs support,Financial Times,10.17,p.14)。

 この政権打倒で中心的役割を演じたリーダーの一人は、ボリビア・コカ栽培者組合のリーダーであり、昨年の総選挙で議員にも選ばれたエヴォ・モラレスである。ニューヨーク・タイムズによれば、彼は、アルゼンチンでの最近の「反グローバリゼーション」集会で、米国と多国籍企業は、ボリビアと近隣諸国の富裕層を取り込むために、「インディアン撲滅計画」を企んでいると述べた。天然資源がもたらす利益を多国籍企業から貧しい人々の手に取り戻さねばならない。天然ガスその他の天然資源は、輸出よりも工業基地の建設のために使われねばならないと主張する。

 ボリビアの政変は、南米を襲い始めた国際貿易・投資の自由化の利得への疑念を先鋭的に表現するものだ。この疑念が深まり、広がりつつあることは、ベネズエラ・チャベス政府、ブラジル・ルーラ政府、アルゼンチン・キルチネル政府の誕生に示されている。

 高まる自由化・「改革」への疑念ー情況変化を無視するマスコミの大合唱

 そうであるとすれば、この政変は、貿易自由化と「改革」への世界的潮流に重大な転機が訪れつつあることを意味する。先頃伝えたように、国連貿易開発会議(UNCTD)の「2003年貿易開発報告」は、緊縮財政、貿易自由化、外資への開放、民営化、規制緩和などに基づく市場・貿易志向的政策を厳しく批判した(国連貿易開発会議、2003年貿易開発報告に伴なう報道発表,03.10.6)。世界は別の政策を求め始めているのであり、ボリビア政変は、それが現実化しつつあることを示すのである。

 それにもかかわらず、日本を含むアジア諸国は、UNCTADが推奨した東アジア型の工業化政策を自ら放棄、厳しく批判されたラテン・アメリカ型の自由化・「改革」に向けて狂奔している。WTOの今年の「世界貿易報告」も、自由貿易協定(FTA)の乱立がもたらす悪影響を指摘、多くのFTAについて、加盟国間の貿易が拡大したとか、域外よりも急速に拡大したという経験的証拠はないと明言した(WTO世界貿易報告、地域貿易協定に懸念,03.8.22)。それにもかかわらず、FTAに向けての動きが加速している。

 マスコミは、カンクンWTO会合をめぐる国際情勢の変化ーG22の誕生ーを完全に見誤った。いままた、自由化・「改革」をめぐる国際情勢の変化を見過ごし、メキシコとのFTA交渉の挫折、APEC会合を迎え、自由化・「改革」促進の大合唱を始めている。日本が農業の利益にこだわってFTAと改革の波に乗り遅れれば国益が大きく損なわれると、時にメキシコとのFTAが遅れれば米国やEUとの差は広がるばかりだなどと事実を曲げてまで(メキシコの輸入:相手国別シェア(%)(1999-01),03.9.26、)、ヒステリックに叫んでいる。支離滅裂な論理も見られる。

 10月19日付の朝日新聞は「ダウンサイジングにっぽん―少子高齢社会の衝撃 第2部 海外編G 人口流出国家」という記事を掲載した。それは、海外脱出者が増えているアルゼンチンについて次のように言う。

 「1946年に労働者を支持基盤にして誕生したペロン政権は、大衆迎合的なばらまき政策を続けた。その後、、軍政、83年に民政に移管と政権も揺れ動いたが、ばらまき体質は脱却できず財政破綻に伴うハイパーインフレを招く。
 89年に登場したメネム政権は、国営企業の民営化など自由開放経済路線をとり、米ドルと自国通貨ペソの兌換制をしいてインフレの火消しには成功した。しかし、民営化に伴う雇用削減や、競争相手の台頭で繊維や靴製造産業などが輸出競争力を失って、失業者が急増。経常赤字も続いて、対外債務の山を築き上げる。
 99年から4年間はGDP成長率がマイナスという経済危機が続き、02年のインフレ率は40%を超えた。025月の失業率は21.5%に上昇、同年10月に国の貧困層の割合は57.5%に達した。」

 ボリビア同様、この惨憺たる結果の原因は、まさに自由化と「改革」にある。にもかかわらず、記事は、これが自由化と「改革」を「怠った」結果であると言う。「改革を怠り、国民にはばらまきを続けたツケとして起きた経済危機。その結果、将来に不安を抱く国民たちが次々と脱出していく。その姿は他人事には見えない」と、わが国の自由化と「改革」の遅れを暗に批判する。

 同日の同紙社説は、「国内の農業生産者や、その票を当て込む政治家に過剰に気遣うより、協定を結ぶ一方、農業に競争力をつける前向きな方策を講じる、それが国益というものだ」と論じる。農業を守る利益よりも、FTAを逃すことの損失のほうがはるかに大きいというわけだ。実証されているわけでもないことを自明のように言うのは軽率だし、悪質でさえある。

 また、農業に競争力をつけるとはどういうことなのか。多くの農産物輸出国や中国のような国との対等の「国際競争力」をつけるということなら、それは論外だ。ヨーロッパ最大の農業国であり、戦後一貫して「生産性」向上を農政の基本課題とし、経営規模もわが国を数等上回るフランスさえ、世界市場での低価格競争にはとても伍していけない。米国でさえ、一部農産物は中国や南米からの競争に悲鳴をあげ、厚い保護措置を講じざるをえないのが現実だ。どうしたら「農業に競争力」をつけることができるのか、一言も触れることもないこの主張は無責任にすぎる。恐らく、非効率な農業は要らないという主張であろう。

 農業が効率改善=生産コスト削減に不断に努めるべきことは当然である。しかし、それには土地の制約から来る乗り越えられない限界がある。同時に、それは食品安全や環境を犠牲にするものであってはならない。農業の生産コスト削減と食品安全・環境保全は、しばしば相反する課題である。社説の主張を通せば、農業は日本からなくなるしかないということになる。だが、それでよいのか。論者はそのコストなど思いもつかないのだろう。農業の「多面的機能」を失うことのコストである。

 農業の多面的機能といえば、日本では「環境」ばかりが強調される。しかし、EUやフランスでは強調されるが、日本ではほとんど問題にされない「機能」に「雇用」がある。日本の農業活動人口は、少なくとも200万は下らないだろう。これが農業から放り出され、失業者に加われば、その社会的・経済的コストは到底回収できないはずだ。農業を潰しての雇用創出のマニフェストや公約など、まったく意味をなさない。しかも、自由化と「改革」の圧力は農業にかかるだけではない。それは中小企業も直撃する。それこそ、UNCTADが懸念する問題だ

 APEC会合

 アジア・太平洋地域における自由貿易協定に向けての動きの加速に焦燥感を募らす前に、なぜこのような問題に思いをめぐらせないないのだろうか。APEC会合を迎えるなか、この動きへの疑念も着実に強まっている。

 アジアにおいて性急に自由貿易を求めているのは、タイとシンガポールだけだ。その他の多くの国は、国内にそんな準備はできていないと躊躇いがある。タイは、環太平洋地域における途上国間の貿易を2020年までに自由化するというボゴールで定めらた1994年の目標を2015年に前倒しすることを提案した。これを支持したのはシンガポールだけだった。中国の激しい輸出攻勢に、米国でも保護強化に向かう動きが強まっている。中国製品の大量な流入で産業や労組が失業の脅威を訴え、民主党のなかにも「公正貿易」を求める声が高まっている。ブッシュ政府も、人民元やアジア通貨の切り上げへの圧力を強めている。

 米国とタイはFTA交渉開始に合意した。だが、タイの性急な自由化追求は、FTAの早急な拡大にこだわるタクシン首相の独走の側面が目立つ。タイ最大の労組・タイ労働会議は17日、APECが賃金や福利支払を減じることなく、労働者の条件と利益の向上に向けて動くように要請する提案を、労働大臣に対して行なった。タイ労働会議とタイ労組会議を含む国際自由労組同盟(ICFTU)は、APECに対して、労働者基本権に関するILO規則を採択するように要請した(Unions call for rules on workers' right,Bangkok Post,10.18)。

 18日には、タイの学界・人権活動家グループが、タクシン首相に対し、APECサミットで、自由貿易協定の代わりに、持続可能な開発を促進するように要請した(Sustainable development summit call,Bangkok Post,10.18)。グループは、貧困解消には持続可能な開発が不可欠と主張する。貿易・投資の自由化は米国が仕立てたものにすぎず、UNCTADの所得分配に関する報告は、貧しい者がFTAの恩恵に浴することは滅多にないと述べている。政府は、FTAが彼らの生活水準改善を助けるかどうか、彼らと意見を共有できるように、会合の間に貧困者との対話を設けるべきだとも言う。

 マスコミは、自らの主張が利害を異にする社会グループのどちらかを一方的に支持する「イデオロギー」にすぎないことを知るべきである。このイデオロギーは、自由化と「改革」によって何の痛みも受けることのない人々、失業・リストラによって自殺にまで追い込まれる人々とはまったく無縁な人々、幼児の頃から大学受験のために現実の生活から隔離されてきた役人・政治家・ジャーナリストたちのイデオロギーだ。彼らは机上の計算だけで世の中を動かそうとする。そして、権力により、あるいはコマーシャルのように繰り返されるもっともらしい主張によって、実際に世の中を動かしている。

 *ジェトロ貿易投資白書(2003年版)によれば、2001年から2002年にかけても、メキシコの輸入額は、米国からが6.3%減少し、EUからが1.9%増加しただけなのに、日本からは15.6%増加している。つまり、米国やEUに比べて日本のシェアは決して低下していない。メキシコの輸入額を大きく伸ばしたのは、中国(55.8%)、台湾(41.0%)、シンガポール(35.6%)、ブラジル(22.1%)であり、いずれもメキシコとのFTA締結国ではない。
 よく問題にされるのは自動車だが、日本からの輸入額は195.3%の急増だった。事前許可による輸入規制は2004年1月1日に撤廃され、関税に一本化され、FTA未締結の日本からの車には50%の関税が課されることになる。しかし、国内完成車メーカーに割り当てられる関税割当税率は8%から0%に引き下げられるために、既進出メーカーは日本からでも無税で輸入できるという。

(追記:03.10.21)ペルー大統領、ビジネスは利潤を追うより雇用創出と環境保護に焦点を

 バンコク・ポスト紙によると(Business must play social role,says Toledo,10.20)、APECサミットのためにバンコクを訪れているペルーのトレド大統領が、APEC経営最高責任者サミットで、持続可能な開発はビジネスが社会開発を促進する責任を認めるかどうかにかかっていると述べた。投資が利潤を追うよりも雇用創出と環境保護に焦点を当てるならば、経済発展が付いてくると言う。各国政府は投資を引き付けることに積極的でなければならないが、これは小規模で、効率的なものでなければならない。官僚はビジネスの干渉したり、複雑にしたりしてはならないとも語った。
 なお、トレド大統領は極貧生活から立ち上がり、スタンフォード大学で学位を取得、2年前に少数派のスペイン人子孫が支配する国で、生粋のペルー人として初めて大統領に選ばれた。雇用創出と貧困軽減の焦点を当て、中小企業、零細企業の育成に力を注いでいる。今回のAPEC会合でも、グローバリゼーションに備えて中小企業振興が重要と提案している。この提案を受け、16日には、APEC経済技術協力委員会の議長は、タイや日本も含め、中小企業・零細企業は多くのAPEC諸国の発展過程の基盤であると述べた。これらビジネスがインフォーマルな部門にとどまるかぎり、いかなる銀行も貸付をせず、競走能力が削がれるから、APECはこれらをフォーマルな経済・金融・法的システムに吸収する方法を考え出すと述べた(Small-firm financing gets push from Peru,Bangkok Post,10.17)。

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