タイ、高まるFTA批判、GM製品市場開放等FTAは国家主権を脅かす

農業情報研究所(WAPIC)

04.3.20

 オーストラリア、インド、日本、米国・・・と立て続けに自由貿易協定(FTA)交渉に走るタクシン政府への批判の声が急速に高まっている。

 18日付のバンコク・ポスト紙によると(1)、議会上院の外務、農業、人権社会開発の三委員会の議員たちは、タイはまたもや大損をする、中国との協定に突進したために、多くのタイ農民が既に破産に追い込まれていると叫んでいる。

 三委員会は、協定の準備状況と農民・産業への影響緩和措置の説明を求め、タクシン首相がすべてのFTAの扱いを任せたソムキッド財務省を招いたが、財務相は出席せず、米国、バーレーン、日本、インドとの協定の主任交渉官が代わりに出てきただけだった。

 人権社会開発委員会のニラン委員長は、タイ・中国FTAの「アーリー・ハーベスト」は玉葱とニンニクの生産者に損害を与えたと発言した。価格は中国の安い産品の洪水で下落する一方、ランブータン・マンゴスチン・ドリアン農民は増価税と非関税障壁のために中国市場参入に問題を抱えている。彼は、他の大国とのFTAへの突進は、最も影響を受けそうな人々、とくに小農・企業が無視されているという声を高めると恐れている。

 農業委員会の二ワット委員長は、中国とのFTAの半年は中国産品を利しただけだと述べた。前農業省高官のアラン氏は、タイ人の多くは政府の保護を必要とする小農民だ、台湾や日本の農民とは異なり、タイの農民はFTAによって起きる競争について何も知らされていないと言う。彼によれば、果実・野菜農民は、その作物や生計を変えるための時間と援助を必要としているが、政府は彼らの保護や防衛は何も考えていない。

 翌19日の同紙は、「FTAと国家主権」と題する一日限りのセミナーで、大学等研究者の政府批判が噴出、米国との交渉を停止せよという要請が出たと伝えている(2)。このセミナーを締めくくったチュラロンコーン大学の研究者は、学界と市民グループはFTA交渉の停止を望んでいる、政府は人々が発言できるように交渉の枠組みを公開すべきだと述べた。

 バンコクのソーフォン上院議員は、米国とのFTAはタイの自給的経済システムを破壊、小農民と企業を傷つける、「FTA推進にかかわる者、とくにタクシン首相は、生じる損害に責任を負わねばならない」と語った。

 タマサート大学の経済学者は、交渉は透明性、説明責任、国民参加を欠いているから、政府は交渉のオーバーホールをする必要があると言い、カラヤ民主党議員も首相は議会の承認を回避して交渉していると言う。

 別のタマサート大学経済学者・ソンブーンは、FTAは通常は詳細なアカデミックな研究に基づくものだが、タイでは研究はほとんどない、政府は誰が得をし、誰が損するのか、影響を受けるグループを補償する資金がどこから出るのかを含め、疑問に答えねばならないと言う。

 チュラロンコーン大学の法学者は、FTAの下での紛争は、交渉力に勝る国に有利なように解決されると言い、議会は米国政府との交渉推進を受け入れるのではなく、国際的貿易交渉を提案すると示唆した。

 バイオタイ・グループの代表者は、政府は、保健サービスの保護に必要なバイオセーフティー法に自ら反対していると言う。

 タイと米国は、6月からFTA交渉に入る。議題のトップに上がるのは、米国からの遺伝子組み換え(GM)製品へのタイ市場の開放だろうと予想されている(3)。農業・協同組合省のビラチャイ交渉官は、米国政府はFTAの執行を通して、GMコーン・大豆・小麦のタイへの輸出を希望していると言う。彼は、GM製品が人間と動物の消費に安全だという証明がある場合にのみ、米国政府の希望に沿う、協定が調印されれば、米国輸出業者が表示の国際基準に従うように義務付けると言う。

 だが、タイ産業連盟のニルスワン副会長は、米国政府は、工業・農業製品とも、バイテク製品に関する単一のルールを求めるだろうと警告している。彼は、政府はケース・バイ・ケースを基礎に交渉すべき、「GM製品の自由貿易はタイ農業部門に重大な損害を与える」と言う。WTOが具体的ルールを定める前に二国間協定を完成すれば、米国に協定乱用を許すことになると言い、政府に対し、GM製品に関するWTOのルールが採択されるまで、貿易協定調印を延期するように要請している。

 しかし、農業・協同組合相は、政府内部でGM作物の屋外栽培実験を許すように強く働きかけている。タイ農産物の輸出競争力の強化には、GM農業が不可欠と思い込んでいる。環境相一人が抵抗しているが、モンサントの屋外実験解禁の要求も強まる一方だ(4)。政府がGM製品輸入の自由化に強く抵抗する準備があるようには見えない。輸出のための巨大規模・モノカルチャー的農業を最優先する政府には、GM農業ほど魅力的なものはない。アルゼンチンに見られるように、それは作物生産と輸出の急速な拡大により、国の経済成長にも大きく寄与する可能性がある。

 だが、それは短期的利益をもたらすだけだ。雑草退治のために耕起を繰り返すモノカルチャー的作物耕作のために土壌流亡が激しく、生産力が低迷していたアルゼンチン(及びブラジル南部)の穀物・大豆生産は、除草剤耐性GM作物の導入により不耕起栽培が可能になったことで、とりわけ大豆の生産と輸出を急速に拡大できた(自家採取種子の利用により種子コストが低いことも有利に作用した。モンサントは今年1月、これでは商売にならないと、GM種子供給を停止した)。だが、ますます拡大するモノカルチャー農業が多様な食料作物を作ってきた小農民を追い出し、雇用と食料安全保障を脅かすとともに、耕境拡大による森林破壊を加速、それに伴う甚大な洪水災害の頻度もました。輸入に頼らざるを得なくなった多様な農産食品を手にできない人々には、大豆という不完全栄養食品を完全栄養食品と偽って売り込み、慈善事業を通してさえ供給する政府・宗教界一体となった大豆キャンペーンにより、とく子供や婦人の栄養バランスの破壊からくる健康問題まで引き起こしている。ますます単一化する作物・品種の大規模栽培は災害の際の危険分散を不可能にした。不耕起栽培の普及は土壌を固めて、自然の生産力を減退させ、作物病虫害にも脆くなった。その上、除草剤耐性雑草も出現した。ますます多量の肥料と農薬を使用することなくしては収量を維持できなくなり、飛行機を使った大量の化学物質散布は、環境を壊し、危険にさらされる近隣小農民をさらに追い立て、消費者の安全もますます脅かす(注)。

 国の経済発展はこれにかかっているとばかりにFTAに狂奔するタクシン政府(そして日本政府)には、このような長期的影響、持続可能性に配慮する姿勢は微塵も見られない。だが、国内に高まるFTAへの警戒の声は、場合によっては強引にFTAを推進する政府自体を弱体化させるかもしれない。鳥インフルエンザ問題では、政府は既に国民の巨大な不信を買っている。

(注)こうした状況については、機会があれば詳しく報告しようと思っている。ついでながら、わが国北海道でGM作物の屋外栽培に強い規制をかけようとしていることは、概ね評価できるように思われる。ただ、それはGM作物・食品自体の考えられる悪影響とともに、GM作物導入の経済・社会的影響や農業方法の変化による農業生態系及び農業生産の持続可能性への影響を広く・深く考慮した上での規制であれば、一層の説得力があるように思われる。現在のわが国のGM作物論争は、こうした広い視野での検討が不十分なように思われる。

(1)Senators warn not to rush into FTAs,Bangkok Post,3.18
(2)Govt called on to suspend FTA negotiations with US,Bangkok Post,3.19
(3)Trade pact with US may pave way for genetically modified imports,Bangkok Post,3.18
(4)Ban hurting business,says Monsanto,Bangkok Post,3.17

関連情報
タイ農業・協同組合省、輸出拡大めざしてGM作物解禁に躍起,03.12.16
タイ:農業バイテク開発8ヵ年計画策定へ,03.8.22
タイ:米国とのFTA―知的所有権協定がもたらす帰結への懸念,03.8.19

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