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タイ:米国とのFTA―知的所有権協定がもたらす帰結への懸念

農業情報研究所(WAPIC)

03.8.19

 タイと米国は、10月にバンコクで開かれるアジア太平洋協力会議(APEC)に際し、自由貿易協定(FTA)に関する協議を開始する予定である。タイは、米国市場への特恵的アクセスを期待、この協定を非常に積極的に追求してきた。しかし、米国の求める徹底した貿易自由化が自国に与える深刻な影響を恐れる声も高まっている。

 とりわけ懸念されることの一つは、知的所有権に関して、WTOの知的所有権の貿易関連側面(TRIPs)協定以上の協定が強要されることである。米国と今年締結したFTAで、チリは4年以内にすべての植物品種を特許で保護することを強要された。特許の対象は植物組織や遺伝子にまで拡大され、国内農民が自身の品種を開発する余地は完全に失われる。やはり今年締結されたシンガポールとのFTAにはこのような条項は含まれていないが、生物資源が豊かで、緩やかな植物品種保護法のお陰で農民が特許種子に頼ることなく自身の品種を開発できるタイとの協定では、対チリ協定と同様な協定を迫られることは確実だ。そうなれば、農民が品種を開発するためには特許料を払わなければならなくなる。遺伝子組み換え(GM)種子を含めた種子市場の多国籍企業支配が強まり、農民には何の利益ももたらさないばかりか、大損害を与える結果となる恐れもある。

 他方、タイ農民は、今、TRIPsの「地理的表示」による伝統的な地方産品の保護の強化を求めている。有名な「ジャスミン・ライス」を始め、国内の各地の独特な伝来植物・動物名が外国企業により勝手に使われ、消費者を誤解させることで受ける損害を防ぐために、農民は多種のこれら植物・動物品種をこの制度による保護の対象とするように要求してきた。しかし、商務省は、これらは「一般名」であり、地理的表示による保護の対象にはならないと退けてきた。2001年11月には、議会下院がこれを支持する決定を行なった。しかし、上院が逆の決定を行なって、最終的決着が引き延ばされている。この14日には、上下両院共同委員会が、下院決定を取り消す採決を行なったが、本会議ではどう転ぶか、依然として不明である。このような論争が続くなか、米国とのFTA締結は決定的な結果をもたらすことになろう。EUやインドは、WTO交渉の場で、多様な農産物・飲食料品の地理的表示の厳格な国際的保護を求める提案を行なっているが、米国はこれは保護主義の一形態にすぎないと断固拒否している。タイが米国とFTAを締結すれば、「米国基準」が押し付けられることは確実だ。

 タイはGM作物の一般栽培を禁じ、義務的な表示制度も導入したが、ここでも米国基準を強いられるであろう。米国とのFTAは、タイの農業と農民、さらには生物多様性にとって、深刻な脅威となる恐れがある。FTAを通じての貿易自由化は、このような観点からも真剣に見直す必要がある。

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