欧州食品安全機関の意見 一部加盟国が禁止を続けるGMOにリスクなし

農業情報研究所(WAPIC)

06.4.14

 EUの食品リスク評価機関である欧州食品安全機関(EFSA)が11日、EUレベルで承認されながら一部加盟国がなお禁止措置(セーフガード)を取っている遺伝子組み換え(GM)作物・食品のリスクを改めて否定する意見を公表した。

 http://www.efsa.eu.int/science/gmo/gmo_opinions/1439/gmo-op-ej338-safeguard-clauses_en1.pdf

 EFSAの新たな意見発表に至る経緯・背景は次のとおりだ。

 1990年代から2000年、多くの加盟国が90年指令(90/220/EEC)が定めるセーフガード条項を適用した。このセーフガード条項は、EUレベルで販売が承認されたGMOが人間の健康と環境へのリスクを呈すると考える正当な理由を示す加盟国が一時的に販売を禁止できるとするものだ。この場合、各国が提出する証拠を基にEUレベルでのリスクの再評価が行われ、その結果に応じてEUレベルで制限または禁止されるか、各国のセーフガード措置が廃止されることになる。

 この条項に基づき、ルクセンブルグとドイツがBt176トウモロコシ(EUレベルでは栽培を含むすべての利用を承認)、オーストリアがBt176・MON810・T25トウモロコシ(いずれもEUレベルですべての利用を承認)、フランスがMs1× Rf1(EUレベルでは種子生産用利用のみ承認)・Topas19/2(EUレベルでは輸入・貯蔵・加工のみ承認)油料種子ナタネ、ギリシャがTopas19/2油料種子ナタネを禁止した。

 ところが、EFSFができる前にリスク評価を担当してきた欧州委員会科学委員会は、2001年までに、これらすべてについてのセーフガードを正当化する理由がないという意見を出した。それでも、これら加盟国はこの措置を解除しない。

 2003年12月、欧州委員会はこれら加盟国にセーフガード解除を要求、必要ならば90年指令を改めた2001指令(2001/18/EC)のセーフガード条項に基づき再申請するように求めた。フランス、ルクセンブルグ、オーストリア、ギリシャは、新指令の下でセーフガードを維持すると解答、オーストリアとギリシャはこの措置を支持するさらなる情報も提出した。しかし、EFSAは2004年、これらの追加情報も当初のリスク評価変更の理由をなさないと結論した。

 そこで、欧州委員会は、これら措置の解除を要求する決定案を各国当局者で構成される第一次決定機関・規制委員会に提出した。しかし、2004年11月に開かれたこの規制委員会会合は、投票が相半ば、欧州委員会案を承認するとも、否決するとも決定できなかった。そこで、この案は2005年4月の閣僚理事会(最終決定機関)に提出されたが、理事会はこれを否決した上に、欧州委員会にこれら措置が正当化されるかどうか、さらなる証拠を集め、一層の精査を行うように要請する声明を出した(欧州委、一部加盟国のGM作物栽培禁止の解除に失敗 米国の一層の攻撃に直面,05.6.25)。

 これにより、欧州委員会は、理事会に修正案を提出するか、当初案を再提出するか、あるいは新たな法案を提出するかの選択を迫られた。欧州委員会は、理事会声明となお係争中のこの問題をめぐる米国等とのWTO紛争を考慮、行動決定に先立ち、EFSAに科学的意見を提供するように要求した。欧州委員会は、EFSAに対し、この評価の実行に際して個別のGMOに関して考慮すべき特定の問題を指摘するとともに、古くなった科学委員会の評価の見直しも求めた。 

 しかし、EFSAのGMO委員会は、EFSAは旧指令の下でのこれらのGMOの申請の評価にはかかわらなかったし、以前の評価に関するいかなる記録文書もEFSAに提出されなかったからとして、後者の諮問には答えられないとした。従って、今回の意見は、上記の各GMOについて欧州委員会が指摘した特定問題を一般的に利用できる科学的データとGMO委員会の以前の評価に基づいて検討したものとなった。

 各GMOに関する意見は次のとおりだ。

 Bt176とT25

 Bt176トウモロコシは害虫抵抗性と除草剤・グリホシネート-アンモニウムに耐性を持つように遺伝子を組み換えられたもので、EUでは1997年1月に承認された。T25トウモロコシは除草剤・グリホシネート-アンモニウムに耐性を持つように遺伝子を組み換えられたもので、EUでは1998年4月に承認された。

 これらについては、欧州委員会は、マーカー遺伝子として人間の臨床薬として重要な抗生物質・アンピシリン抵抗性遺伝子を含むことを考慮、その人間の健康と環境への影響に関する意見を求めた。

 EFSA・GMO委員会は、調査したすべてのマーカー遺伝子について、GM植物から他の生物への水平移転の頻度は非常に少ないとした。人間用薬品との関連では、EFSAは既にこれらGMOにアンシピリン抵抗性を与えるために使われるBlaTEM1遺伝子の使用は市販されるGM植物では避けるべきとしているが(欧州食品安全庁、GM植物における抗生物質抵抗性マーカー遺伝子利用について意見,04.4.21)、この遺伝子は環境中に存在する広範なバクテリアの中に普通に見られるから、これらGMO中にマーカー遺伝子が存在することによて悪影響が生じる確率は極度に低いとした。さらに、Bt176からバクテリアへの遺伝子移転は実際の耕作条件のもとでは発見されていない、またT25 はBlaTEM1遺伝子の一部を含むだけで、機能していないとした。

 これらのことから、これらGMOの人間の健康と環境への悪影響が生じる可能性は非常に低いと結論した。

 Topas19/2とMs1× Rf1

 Topas19/2ナタネはグリホシネート-アンモニウム耐性で、1998年4月に承認された。

 Ms1× Rf1ナタネはグリホシネート-アンモニウム耐性で、雄性不稔遺伝子と雄性稔性回復遺伝子を含む。ハイブリッド種子生産用に1996年、輸入・加工用には1997年に承認された。

 欧州委員会の指摘した問題は次のとおり。

 日本の多くの港の周辺での存在が確認されているが、日本では近縁野生種が存在しないから環境影響はないとされている。しかし、ヨーロッパではどちらのナタネも輸入栽培されており、近縁野生種も存在するから、もし荷揚げや輸送の途中で漏出したGM種子からの植物が定着すれば、交雑を通じての遺伝子移転の可能性がある。近隣の非GMナタネへの移転の可能性があるし、最近は環境中の近縁野生種への移転の報告もある。

 上記2品種に関する最初の評価では偶然に漏出するリスクは無視できるとされたいたが、上記の最近の報告に鑑み、これら品種とGT73ナタネの偶然の漏出とそれに続くGMナタネの定着の影響についてEFSAの意見を求める。

 EFSA・GMO委員会のこれに対する答えは次のとおり。

 日本の報告にもかかわらず、GMO委員会は自生GM春ナタネやGM野生植物の存在はそれ自体としては危険ではなく、非GMナタネと比べて生態的損傷を引き起こす可能性はありそうもないという以前の意見を確認する。除草剤耐性ナタネに関する研究は、補完的除草剤が施用されて場合は除き、いかなる雑草の強勢や適応性の強化も示していない。除草剤耐性ナタネの定着と拡散による予期されない環境影響の確率は伝統的ナタネのそれと異ならないと結論する。

 春ナタネの野生集団が定着し、また改変遺伝子の耕作ナタネや野生種への流れが起きたとしても、補完的除草剤が施用されなければ、選抜優位に結果するだけである。グリホシネートはナタネやそのローテーション作物の雑草防除には滅多に使われないし、半自然または自然の生息地でも使われない。補完的除草剤の施用がなければ、カナダの長期的経験で確認されるように、あり得る雑種の適応性への影響は中立的だ。

 しかし、自生または野生植物が農場や港湾施設のような一定の管理された区域で定着し、GM集団の進化が実現する可能性はある。これらの植物は他の除草剤で防除できる。委員会は、輸送・貯蔵・扱い・加工の間のGMナタネの偶然の漏出を最小限にするために、適切な管理システムが設けられるべきと勧告する。

 結論としては、現在の科学的知見に基づき、これら品種の偶然の漏出とその結果としてのGMナタネの定着の結果として、人間の健康と環境への悪影響が生じることはありそうもないと考える。

 MON810

 害虫抵抗性で、1998年に承認された。EFSAは以前の評価にかかわってはいないが、MON810を含むハイブリッドの承認申請と新指令との関連で評価を行った。

 欧州委員会は、EFSAが最近、MON810の形質転換事象を含む多くの”複数の遺伝子を組み込んだ”(stacked-gene)GMO製品に関する意見を出していることは承知しているとしながらも、これとこの事象の継続的安全性に関する確認を求めた。

 GMO委員会は、MON810を含むハイブリッドに関するいくつかの申請を評価した。各ハイブリッドのCry1Ab蛋白質のレベル、組成分析、毒性とアレルギー性の評価に関するデータと併せ、MON810の形質転換事象の分子解析も評価した。さらにCry1Abの環境影響に関する文献からの利用可能なデータも評価した。トウモロコシに発現する類似のCry1Abからの環境悪影響の報告はまったくなかった。Cry1Abの非標的種や生物防除用種の数度を含む生物多様性への影響の研究の報告やレビューは、Btトウモロコシ耕作による重大な環境悪影響がありそうもないことを示している。

 従って、GMO委員会は、現在の科学的知見に基づき、MON810トウモロコシは、提案された用途では人間・動物の健康または環境に悪影響を与えることはありそうもないという結論を確認した。

 こうして、委員会は、これらすべてのGMOの販売継続は、それぞれの許可条件の下では、人間・動物の健康または環境に悪影響を引き起こすことがありそうだと信じる理由はないと結論している。

 これらの国のセーフガード措置は、先のWTO紛争処理パネルの仮裁決でも、衛生植物検疫協定に照らしてそれ自体は合法なEUの手続の執行を阻んでいるとして、WTOルール違反とされた(WTO仮裁定 EUのGMO承認手続は合法 安全・有用性を示唆という米国発表は真っ赤な嘘,06.2.14)。ESFAのこの意見で、欧州委員会のセーフガード解除に向けての圧力は一層強まりそうだ。

 しかし、昨日伝えたように、今後は、EFSAのリスク評価自体や欧州委員会のリスク管理も加盟国との一層の協調を要請される。さらに、申請者とEFSAは、あり得る長期的影響と生物多様性問題に一層明晰に取り組むリスク評価を要請される(欧州委 GMO政策の科学的一貫性と透明性の改善案を支持 実効は?,06.4.13)。欧州委員会はこれまで以上に加盟国の抵抗に出会う可能性もある。

 そして、仮にこれらセーフガードが解除されたとしても、消費者がまったくGM作物・食品を受け付けないヨーロッパの現状では、農家も市場も、これらGMOの急速な受け入れに向かうとは考えられない。

 なお、EFSAは12日、先のウィーンでの共存問題に関する会合において、EFSAの評価報告で取り上げられたリスク評価のやり方に関する問題に言及したでディマス環境担当委員を招き(GM・非GM作物共存問題EU会議 前進なし リスク評価では欧州委員も見解に相違,06,4.10)、食品安全問題に関するEFSAの科学的・手続的アプローチの見直し、特にGMOのリスク評価に関する彼のコメントに関して論議すると発表した。一層透明で、科学的に一貫したリスク評価を求めるEFSAへの圧力も強まっている。

 EFSA invites European Commission to dialogue on GMO issues,06.4.12
 http://www.efsa.eu.int/press_room/press_release/1448_en.html