プリオン専門調査会 米加産牛肉のBSE汚染度は非常に低い 誰も信用しない”科学”に退場を願う

農業情報研究所(WAPIC)

05.10.5

 各紙の報道によると、米国・カナダ産の牛肉と内臓の安全性を審査してきた食品安全委員会プリオン専門調査会が4日、両国の輸出プログラムが順守されればBSE汚染の可能性は非常に低いということにほぼ合意した。吉川座長はあと2回で答申案がまとまるとの見通しを示したといい、各紙、年内にも輸入が再開される可能性があると報じる。

 既に指摘してきたとおり、特定危険部位(SRM)が除去されており、またSRMによる交叉汚染がないこと、それが由来する牛が20ヵ月以下であることを前提に輸入牛肉・内臓のリスクが日本と同等かどうかを問う厚労省と農水省の諮問にまともに答えようとするかぎり、このような結果になることは予想されたことだ。その上、大方の”科学者”が”科学的”に未確認とみなす様々な要因をすべて排除、確実とみなす要因にのみ基づいてリスクを評価するという”科学者の良心”に忠実であるかぎり、この結果は不可避である。

 20ヵ月以下の牛からの米国・カナダ産牛肉・内臓の安全性を評価するためには、

 1)(20ヵ月以下の)BSE感染牛の数とその今後の変化(飼料規制の有効性)、

 2)監視やBSE検査により、これら感染牛がどれだけ食用利用から排除されるか、

 3)これらの牛の部位ごとの感染性、

 4)感染性をもつ部位がと殺・食肉処理過程でどれだけ排除されるか、

 5)輸出用に処理される牛から20ヵ月以上の牛が確実に排除できるのか、

 6)人間の感染リスクはどれほどか、

 などの問題に答えねばならない。

 しかし、2)、4)、5)の問題はリスク管理者に任された。1)と6)については、感染源や感染経路、感染のメカニズムはほとんど解っていないにもかかわらず、極めて限られた要因しか取り上げていない。3)についても、本格的解明はこれからで、これまでに感染性が認められたSRM以外の多くの部位にも感染性があるかもしれないという疑いがますます濃厚になっているにもかかわらず、それは完全に無視された。

 結局、20ヵ月以下の牛の病原体蓄積度は低く、かつ感染性のほとんどすべてはSRMに集中しているからリスクは”微小”と判断されることになる。”微小”というのは、”ゼロ”に近いと解されるから、感染牛がどれほど食用に消費されようと、人間の感染リスクはゼロに近い。時間をかけた飼料規制の有効性の(不完全な)評価も、実際上は何の意味もない。

 しかし、消費者はこのような”科学者”の”良心”に従う必要はない。こんなことで犬死するのはいやだと思う人は、BSEやその人間版であるvCJDについては”科学的”にはほとんど何も解っていないのだから、もし”科学”が間違っていた場合には確実に命が奪われることになるこのような病気に対しては、”科学者”には許されない”動物的”感覚で対処すればよい。米国産牛肉を敬遠し続け、あるいはリスクが米国産牛肉と同等だとしたら国産牛肉を食べるのもやめたと言えばいい。

 このような感覚は、国民の命を預かるリスク管理当局も共有すべきものだが、経済・政治的利益に目が眩んだ当局は、”科学”を自分の都合のいいように利用する習性が身についてしまっている。答申がいかなる付帯条件をつけようと、”主文”だけに従って行動するだろう。

 英国でBSEが初めて確認されたとき、英国民の多くはもちろん、英国農水省(当時)でさえ、この病気が人間に伝達するかもしれないという懸念を抱いた。ところが、BSEに関する最初の包括的な調査報告(サウスウッド報告、1989年2月)は、人間への伝達のリスクは微小と評価した。その根拠は、BSEの起源が羊のスケレイピーであり、スクレイピーは最初に発見された1732年以来人間に伝達しなかったという事実であった。ただし、誰も強調しないことだが、サウスウッド報告は、このリスク評価がもし間違っていれば影響は極度に深刻であるとも警告していた。ところが、英国政府はこの警告を無視、96年3月までBSEの人間への伝達可能性を頑として否定し続けた。

 要するに、こんな評価は誰もまともに受け止めない。せいぜい行政がいいとこ取りをする。あるいは、どうしても吉野家の牛丼を食べたい人が、喫煙者の肺がん発生率が高いという状況証拠はあっても因果関係は証明されていないとタバコを吸い続ける人と同様、食べ続けるためにこねる屁理屈の材料に する程度だろう。専門委員の皆様、長い間ご苦労様でした。もはや、こんな”科学”は誰も信用しないのだから、専門委員も辞め時です。

 それにしても、長い時間をかけたBSE論議がこれで幕引きでは悲しすぎる。この間、BSEの根源にかかわる牛の”飼い方”を問題にする人は、消費者を含めてほとんどいなかった。工業的牛肉生産そのものは何のお咎めも受けることなく、大手をふって歩き続ける。危険は生産方法から来るものではないと保証されたのだから。とはいえ、消費者の不安は払拭されたどころではではない。悲しむべき幕引きはまだ先のことかもしれない。  

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