ワロニー議会の反乱 大西洋両岸の政治指導者に測りしれない傷 浜矩子氏の所説を批評し・補強する 

農業情報研究所グローバリゼーション二国間 関係・地域協力ニュース2016年10月30日

 日本の国会におけるあまりに拙速なTPP審議への反省を迫る意図を込めて、カナダ-EU包括的経済貿易協定(CETA)調印をめぐるベルギー・ワロニー(ワロン)地域議会の反乱の話を本HPで再三取り上げた(注)。それにもかかわらず、政治家はもとより、マスコミはもちろん、数多のミニコミからも全く反応がない。その感性(フィーリング)の貧しさは絶望的と思っていたやさき、さすが経済学者の中でも抜群のフィーリングを持つ(と誰しも認める)浜矩子氏が、今日の東京新聞紙上で、漸くこの問題を取り上げた(ワロン議会のたった一人の反乱 時代を読む 東京新聞 16.10.30 第4面)。

 (注)ワロニー地域 CETA調印反対を取り下げ CETAは蘇生も傷深し16.10.28);カナダ—EU経済貿易協定 ワロニーの抵抗で調印できず 地域主権を脅かす包括協定に幕16.10.27ベルギー・ワロニー地域が抵抗 カナダ-EU自由貿易協定が瀕死 逆流に立ち向かうは日本だけ16.10.23

 「TPP国会のモヤモヤ感にいら立っていたら、面白いニュースが目に留まった」。面白いニュースとは、「ワロン議会が敢然とCETAに反対」、「地域的経済連携に関する画期的なひな型になる」とカナダもEUも意気込んだ「カナダ・EU間の包括的経済連携の構想は、暗礁に乗り上げかけた」という話である。

 国内の誰も気に留めなかったこの話に目を留めたのはさすがである。それを東京新聞という大手メディアで取り上げたことは、わがHPの読者をはるかに超える人々にこの話を知らしめることになる。

 ただ、「最終的には、ワロン議会が折れた模様で、何とか調印にこぎつけられそうである。だが、ここにいたるプロセスには、なかなか手に汗握るものがあった」、「空中分解」しそうになったCETAが「空中分解をしなかったことが、残念だったと、筆者は思う」と、ワロン議会のたった一人の反乱を調印にいたるプロセスの一つのエピソードにしてしまってるのは、「残念だったと、筆者は思う」。 

 昨日も述べたように、CETAは反乱を無傷で潜り抜けることはできず、深傷を負った。激闘の過程で、反乱勢力はワロニー地域マニェット首相がヨーロッパ社会・環境モデルを強化すると主張する”ベルギー王国宣言”をもぎ取った。これらの裏取引で協定の文言は少しも変わってないとミシェル連邦首相(とワロニー議会最左翼派)は主張するが、ワロニー地域指導者は多くの点で協定を修正したと自賛している。

 マニェット地域首相は、「農業セーフガード」と「公共サービス」に関する「本質的明確化」を勝ち取ったと評価する。また、ワロニー政府は、CETAが創始するが・欧州の全議会が承認してはじめて実施される投資家-国家紛争処理システム(ISDS)の適合性に関して、ベルギーが欧州司法裁判所に意見を求めることに関しても許可を得た。

  CETAは調印にこぎつけても、本当に「地域的経済連携に関する画期的なひな型」の誕生と言えるのかどうかわからず、その批准・完全実施がいつになるかもわからない。何よりも、この反乱は、ヨーロッパ中のEU-米国貿易投資協定(TTIP)―TPPに匹敵する次世代の地域経済貿易協定―反対派を勢いづけた。大西洋両岸の政治指導者が負った傷は測りしれない。

 CETA : l’accord de libre-échange entre le Canada et les Européens sera signé dimanche,Le Monde,16.10.29

 Canada and EU reach finishing line over trade deal,FT.com,16.10.29

 Belgium signs long-delayed CETA trade deal between EU and Canada,Deutsche Welle,16.10.29

 それでも太平洋両岸の政治指導者を無傷で泳がし続けるのか。浜氏にいちゃもんをつけたが、「日本でも、TPPへの果敢な反乱が出現しないものかと思う。小さい者たちの反乱こそ、民主主義のもといであるはずだ」というその結語には全面賛同する。

 この手の協定が企業の利益を優先、農業や国民生活を脅かすだけでなく(TPPへの不安尽きず食の安全は? 企業の利益優先? 東京新聞 16.10.30)、浜氏が言うように「決して国々の間の開かれた経済関係に資すること」はなく、「ブロック経済化の温床になる」(つまり、世界平和を脅かす→多国間主義、無差別・最恵国待遇に引導を渡すTPPに大筋合意 戦前回帰を許してはならない,15.10.6)からだ。「時間的にはかなり議論が煮詰まってきている」(自民政調代理、TPP「早期承認を」)TPP国会審議、この本質的論点に触れる議論は一度としてなされていない。