ベルギー・ワロニー地域が抵抗 カナダ-EU自由貿易協定が瀕死 逆流に立ち向かうは日本だけ

農業情報研究所グローバリゼーション二国間 関係・地域協力ニュース2016年10月23日・最終改訂10月24日10時30分

 カナダ-EU自由貿易協定(CETA、包括的経済貿易協定)交渉が破綻の危機に瀕している。協定は10月27日、カナダ-EUサミット(ブリュッセル)に際して、EU28ヵ国とカナダが調印する運びとなっていた。ところが、この調印を前にした今月12日、ベルギー南部のフランス語圏・ワロニー地域議会が連邦政府のCETA調印を承認しないと決定した。この協定は、とりわけ農業者の保護に関して十分な保証を与えておらず、多国籍企業が国内企業を潰すのを許している(ISDS条項)というのがその理由だ。 

 協定はEU28ヵ国と地域の議会すべてが批准しないかぎり発効しない。この事態を受け、カナダのフリーランド貿易相が10月21日、急遽ワロニーの首都・ナミュールに飛んで話し合いを試みたが、交渉は失敗に終わった。

 翌22日、フリーランド貿易相はブリュッセルでシュルツ欧州議会議長と会談、カナダは調印の準備ができている。ボールはEU側にあると伝える。シュルツ議長は私は楽観的と言うが、ワロニー政府を説得しなければならない。しかし、ワロニー地域のマニェット首相は交渉中断は残念、議会民主派を説得するがそれには時間がかかると言う。27日調印は絶望的、マスコミは”CETA”は死んだも同然と騒ぎ立てる。

   Belgium, European Union rush to win CETA support from Wallonia region,Globe and Mail,16.10.24

   Ceta talks head towards Monday crunch,FT.com,16.10.24;Canada pstience tested as Wallonia holds up EU accord,Financial Times,16.10.24,p.2

 Commerce : quel avenir pour le CETA après l’échec des négociations avec les Wallons ?,Le Monde,16.10.22

  Freeland more hopeful about saving Canada-EU trade deal,Globe and Mail,16.10.22

 Wallonia’s political intrigues underpin EU-Canada pact travails,FT.com,16.10.22

 Canada-EU trade accord teeters on verge of collapse,FT.com,16.10.22;Financial Times,16.10.20,p.2

 ニューヨーク・タイムズ紙はワロニーの反対で協定は死んだようにみえるとした上で、「貿易自由化は経済成長を加速したが、戦利品の大部分は大企業に独占された。グローバリゼーションがもたらす経済的不平等への怒りは、今や近代史を変えるほどの猛烈な逆流を生み出した。第二次大戦の終わりと共に始まったグローバリゼーションの局面は本質的に過ぎ去った」とまで言う。私も、「グローバリゼーション」を「世界を弱肉強食のダーウィン的世界に導く」二国間・地域協定によるグローバリゼーションに限定すれば、そしてその限りで、これに異論はない。

 With Europe-Canada Deal Near Collapse, Globalization's Latest Chapter Is History,The New York Times,16.10.22

 これはたった360万の人口を持つ世界の片隅の地域への世界の応援歌のようにもみえる。フランスの青年農業者も、こんな小地域の応援に駆けつけた。

 青年農業者とは、農業経営者連盟(FNSEA)と並び35歳以下の農業者で作るフランス最大の農政運動組織である青年農業者組合(JA=Jeunes Agriculteurs)のこと、それがワロニーの抵抗に拍手を送った。フランスは数週間前、EU-米国貿易投資協定(TTIP)に”「ノン”を突き付けたが、農業食料部門への影響がそれと同様なカナダとの協定に何故調印するのか、「国際貿易は相互主義と均衡の原則に基づくだけでなく、衛生・社会・環境基準も尊重せねばならない。地域全体の補完性に基づき、食料安全保障と家族農業に役立つ新たな交易形態を考えねばならない」と言う。

 Les JA félicitent les Wallons pour avoir refusé le Ceta,Terre-net,16.10.21

 CETAの成否は未だ断言はできない。EU官僚・リーダーの策略がどんでん返し(ワロニーの翻意)を生むかもしれない。ただ、8月のドイツでの反CETA・TTIPデモには10万人が参加した。こうした動きは、今やヨーロッパ全体に広がりつつある。新自由主義の元祖・イギリスのEU離脱も、グローバリゼーションがもたらす経済不平等への怒りがもたらしたものだ。ワロニーの動向がどうなろうと、世界を襲う地域協定への強烈な逆風が収まることはないだろう。

 米国をも差し置き、ただ一人逆流に立ち向かう日本、平和条約・日米安保条約並みの重要法案であるにもかかわらず逐条審議*もすることなく、今月中にTPP衆議院審議を終えるという。世界は狂気の沙汰と笑うだろう。

 *法律や条約などの各条を一つ一つ取り上げて審議することを言う。わが国国会でも昭和30年代まで、国の運命を大きく左右する重要法案については逐条審議が行われていた。その代表例は、昭和26年10月の衆議院・平和条約及び日米安全保障条約特別委員会におけるこれら条約の審議である。

 ただ今時、こんな審議を行う能力を備えた議員がどれほどいるだろうか。まして英語・フランス語・スペイン語で書かれた膨大なTPP条文をすべて読み、理解できる議員など一人としていないだろう。せいぜい怪しげな暫定和訳に拠るしかないが、それでも全条審議は半年かけても終わらないだろう。早期批准を目指すなら、TPPについての実質的審議は放棄するしかない。参考人質疑(それも農業分野のみ、専門的知見を要する他の多くの分野については省略)と地方公聴会開催で審議は尽くしたと月内衆院通過に突き進むことになる。

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