米国 OIEにBSEリスクステータス決定を申請へ 牛肉産業存亡を輸出拡大にかける

農業情報研究所(WAPIC)

06.8.30

 米国が9月、米国の狂牛病リスクステータスの決定を国際獣疫事務局(OIE)に申請するそうである。特定のステータスを求めることはせず、決定はOIEに委ねるが、米国農務省(USDA)の ペン次官は、USDAの「結論は、この病気はわが国家畜群のなかでは非常に、非常に稀であるということだ」と言う。

  従来のOIE基準では、「無視できるリスク」のステータスとされるためには最後の狂牛病発見から7年は待たねばならなかったが、今年の基準改訂で、最後の国産のケースの出生日から11年でこのステータスを認めること も可能になった。3月に発見された最新のケースは10歳以上だったから、USDAは、米国が無視できる リスクを獲得するのが容易になるだろうと期待している。

 ただ、結果は分からない。ペン次官は「無視できるリスク国」であっても、「管理されたリスク」国であっても、全年齢の脱骨牛肉、骨入り牛肉、内臓、加工品等、米国が輸出する製品の何でも輸出できるから、実質的には変わりはないと言う。最低でも「管理されてリスク」国と認められると踏んでいるのだろう。そうなれば、輸入再開しても30ヵ月以下の牛の骨なし肉に限定している多くの国に、今以上におおっぴらに、また強硬に全面再開を迫ることができる。

  INTERVIEW: US To Ask OIE For Official BSE Status,Cattle Network,8.28

  しかし、「管理されたリスク」とは、感染牛や感染の疑いの濃い牛を発見し・廃棄するための適切なサーベイランスと新たな感染を防止するための適切な飼料規制により最小限化されたリスクを意味する。

 OIE基準によれば、「管理されたリスク」と認められるためには、@「狂牛病と合致する症候を示す牛すべての報告を奨励するための牛の輸送・販売・と殺にかかわる獣医・農業者・労働者の実施中の啓発プログラム」、A狂牛病と合致する症候を示すすべての牛の義務的通報と調査、B「前記のサーベイランス・監視システムの枠内で収集された脳その他の組織の承認された試験所における検査」が適切に実施されており、「反芻動物由来の肉骨粉も獣脂かすも反芻動物に給餌されなかった」ことを証明せねばならない。

 死亡牛やダウナーカウ(起立・歩行が困難な牛)が通報もなく農場に埋められ、あるいはレンダリング施設に送り込まれ、USDA内部の監査局でさえ不適切な検査方法・手続のために検査結果自体への信頼性も損なわれかねないと指摘する(米国産牛肉の安全性 米国のBSEサーベイランスのあり方が目下の焦点,06.2.8)ような”狂牛病隠し”が横行する現状において、適切なサーベイランスが実施されているなどとはとても考えられない。

 その上、USDAはサーベイランス計画を縮小、食品検査局(FSIS)は、生前検査において中枢神経組織病以外の理由で30ヵ月以上の牛の食用と殺を否認された施設からの脳サンプルの収集をやめるように 指示した。狂牛病が発見される機会を最小限にしようとする体制作りが進んでいる。

 米国 狂牛病サーベイランス計画縮小へ 米国の狂牛病は「歴史」の闇に,06.7.21
 FSIS:TEMPORARY SUSPENSION OF PROVISION IN THE BOVINE SPONGIFORM ENCEPHALOPATHY (BSE) ONGOING SURVEILLANCE PROGRAM(06.8.23)
 http://www.fsis.usda.gov/regulations_&_policies/Notice_52-06/index.asp

 また、@適切な病原体不活性化工程を持たないレンダリング施設で製造される死亡牛・ダウナーカウや特定危険部位(SRM)までを原料とする獣脂(タロー・グリース)がすべての家畜の飼料やペットフードに使われ、反芻動物飼料への利用が禁じられた哺乳動物蛋白質(肉骨粉)の豚・鶏飼料やペットフードへの利用はなお許され、A適切な交叉汚染防止策も講じられておらず、B反芻動物蛋白質の反芻動物への給餌の禁止にもかかわらず、哺乳動物由来の血粉・血液製品、ゼラチン、残飯などから飼料用に加工された人間食料用食肉製品、乳製品、豚・馬の蛋白質の給餌は禁じられておらず、C鶏が食べこぼした飼料も含む養鶏場廃棄物(ポールトリーリッター、生の鶏糞や床に敷いた木屑・籾殻などからなる)までが養鶏と牛飼育が共存する一部地域の牛の飼料成分として使われている。

 この現状では、「反芻動物由来の肉骨粉も獣脂かすも反芻動物に給餌されなかったこと」もとても証明できない。

 だから、EUの科学運営委員会は「レンダリングまたは給餌に大きな変化がないかぎり・・・、牛が狂牛病病源体に感染している確度は高まり続ける」と指摘し(米国の地理的BSEリスクの評価に関する作業グループ報告(欧州食品安全庁),04.9.4)、200312月の米国初の狂牛病確認を受けて米国の狂牛病関連措置を調査した国際専門家調査団も、「牛は感染した脳組織10rで経口感染する。このレベルの交差汚染の防止は、豚・鶏飼料やペットフードに配合される哺乳動物肉骨粉が反芻動物飼料を生産する飼料工場に存在するところではほとんど不可能に近い」、「現在の飼料禁止は、狂牛感染性の伝播を多少は減らしはしたものの、止めることはできなかった」と指摘した(米国BSE措置に関する国際専門家調査報告発表―肉骨粉全面禁止等を勧告,04.2.5)。

 つまり、国際的専門家も、リスクは適切に管理されておらず、リスクは最小化されるどころか、増え続ける恐れがあると認めている。

 ということは、OIEが厳格な審査を貫けば、米国は「不明なリスク」国とするほかないということだ。しかし、米国の強大な影響力の下で次々と基準を緩和してきた近頃のOIEの動向を見ると、米国を「管理されたリスク」国と認め、近い将来には「無視できる」リスク国と認める可能性がある。

 米国がここまで輸出拡大に躍起になることには理由がある。それには、健康志向の高まりによる国内牛肉消費の減少・低迷によって牛肉市場拡大を人口と輸出の増加にしか依存できなくなった米国牛肉産業の存亡がかかっているからだ。牛肉産業は、戦後のフィードロット穀物肥育の導入と発展による肉牛生産の大規模化・効率化と食肉処理の大規模化・効率化で安価な大量の牛肉を供給することに成功、牛肉消費の増大と牛肉市場の拡大に成功してきた。

 しかし、牛肉消費は70年代をピークに減少に向かった。それとともに牛肉生産も減少・低迷することになった。90年代に入ると、さらなる大規模化と効率化で牛肉消費のそれ以上の減少を辛うじて食い止め、同時に輸出市場の開拓で、牛肉生産は何とか息を吹き返した。その矢先の狂牛病発生で輸出がほとんどすべて止まってしまった。輸出量が生産量のなかに占める比率は小さいとはいえ、輸出は牛肉産業の存亡にかかわるほどの重大な意味を持っているのである。狂牛病隠しに血眼になるのもそのためだ(下表参照)。

米国における牛肉生産・輸出・消費量の推移

年(平均) 生産 輸出 消費/人
1971-1975 225.4 0.74 79.9
1976-1980 237.2 1.37 80.6
1981-1985 230.0 2.79 73.5
1986-1990 234.7 7.89 68.3
1991-1995 237.3

     14.44

62.5
1996-2000 260.3

     22.13

63.8
2000-2003 265.8

     24.12

63.2
2004 246.5 4.60 62.9

単位:生産・輸出は1000万ポンド、消費はポンド
UADA-NASSのデータベースから加工。

 逆に言えば、それは米国牛肉産業が危機的局面に立たされているということある。そのなかでは、輸出減少はもとより、ほんの僅かな飼養効率低下や生産コスト上昇につながる微温的飼料規制強化さえも許されない(米国レンダリング協会 狂牛病飼料規制強化は経済・環境影響が大きすぎて実行不能,06.8.10;米国飼料業界 BSE飼料規制強化案にコメント 30ヵ月以下リスク牛の脳・脊髄の利用を認めよ,05.12.10;米国FDA 新たなBSE飼料規制を発表 なお抜け穴だらけ カナダの規制とも格差,05.10.5)。これが米国牛肉産業が置かれた現実なのである。

 OIEは、米国牛肉産業のこの危機からの脱出を助けるのだろうか。それとも、このような環境破壊的で、食品安全を脅かし、肥満と肥満病の蔓延に寄与し、大量の水消費と飼料用作物の大規模モノカルチャーの拡大で農業の持続可能性と食料安全保障まで脅かす工業的牛肉供給システムの増長に歯止めをかけるのだろうか。

 しかし、その消長の最終的な鍵を握っているのは消費者だ。安価で大量の油まみれで・柔らかく・”味がよい”牛肉を求め続けるかぎり、狂牛病の根源であるこのような工業的システムを退潮に導くことはできない。米国牛肉産業が危機的状況にある今こそ、”消費者パワー”が最大限に発揮されねばならないときだ。