気候変動で食料生産が先細り、さらにバイオ燃料が食料危機を呼ぶ皮肉

農業情報研究所(WAPIC)

07.4.9

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 気候変動政府間パネルの最新報告によると、地球温暖化の農業・食料生産への悪影響は否定しがたいようだ。その上に、皮肉なことに、気候変動を抑制するとされるバイオ燃料利用拡大に向けた世界的な動きさえもが、食料安保と環境に破滅的影響を及ぼし始めた。人間は破滅に向かって驀進している。この驀進は誰も止められないようだ。

 IPPCによる気候変動の農業・食料生産への影響予測

 IPCC(気候変動政府間パネル)の第2作業部会が6日、気候変動の影響や適応について評価する第4次評価報告を取りまとめた。米国や中国の科学者の反駁により、最終段階で影響の深刻度や評価結果の信頼度を減らすように報告原案の多くの文言が修正されたというが、水、生態系、農業、産業、地域社会、保健等々、どれ一つとして温暖化の影響は免れず、全体的には大きな、場合によっては破滅的な損害を引き起こす恐れがあるという基本的メッセージは明確だ。

 Climate Change 2007:Climate Change Impacts, Adaptation and Vulnerability‐Summary for Policymakers
 http://www.ipcc.ch/SPM6avr07.pdf

 それによると、農業・食料生産も損害を受ける可能性は高く、それを回避するのは非常に難しそうだ。報告は、食料生産能力は、世界的には、平均気温上昇が1-3℃にとどまるならば増加すると予想されるが、気温上昇がそれを上回ると減少が予想されるという。しかし、2050には先進国の温室効果ガス排出量をゼロにしなければ達成できないとされる平均気温上昇を1−3℃にとどめる目標の実現は先ず不可能だろう。地域別の予測を見るとますます悲観的にならざるを得ない。

 最も重大な影響を受けそうなのがアフリカだ。農業適地、生育期間の長さ、収量は、特に半乾燥・乾燥地域で減少する。これが食料安全保障に影響を与え、栄養不良問題を重大化させる。一部の国では、天水農業の収量が2020年までに半減する。加えて水温上昇で太湖の漁業資源が減少、これも地域の食料供給に悪影響を及ぼす。

 今世紀半ばまでに、東アジア・東南アジアでは作物収量は20%増加するが、中央・南アジアでは30%減少する。急速な人口増加と都市化を考慮すると、いくつかの途上国では飢餓のリスクが非常に高い。このような温暖化の直接的影響に加え、ヒマラヤの氷河融解に伴う洪水とその後の河川流量減少、南・東・東南アジアの沿岸地域の海・河川からの洪水のリスクの増加などの間接的影響も加わるだろう。

 オーストラリアの南部と東部の大部分の地域とニュージーランド東部の一部地域では、干ばつと森林火災の増加2030年までに農業・森林生産が減少する。ただ、ニュージーランドの西部・南部では、生育期間の長期化、凍害の減少、降水増加で、当初は農業と森林に利益がある。

 南欧では作物収量が減る。北欧では増える。南欧、中東欧は干ばつが頻繁、深刻になる。

 ラテンアメリカの乾燥気味の地域では、農地の塩化と砂漠化が進む。一部重要作物と家畜の生産性は減少し、食料安全保障に悪影響をもたらす。温帯の大豆収量は増加する。

 北米では、今世紀初めの数十年の穏やかな気候変化で天水農業の全体的収量は5-20%増加するが、地域により大きなバラツキがある。適温の上限近くで栽培されている作物、あるいは既に高度に利用されている水資源に頼る作物が重大な 挑戦を受ける。西部山地の積雪が減少、冬季の洪水と夏季の渇水が増える。

 品種改良、栽培時期変更など、生産性維持に貢献する適応策もあり得るが、他方では干ばつや洪水の頻度や強度の増大など、その効果を帳消しにする要因もある。全体として見れば、わが国への主要食料供給地域も含め、食料生産・供給の先細りは避けられそうにない。

 米国やオーストラリアなど食料輸出国は、食料自給政策では食料安全保障は不可能、貿易自由化こそ食料安全保障を保証すると主張してきた。今やこんな主張が成り立つ基盤も消えてなくなりそうだ。

 バイオエタノール生産拡大の影響

 このような気候変動の影響に加え、皮肉なことに、この気候変動を和らげるという口実で推進されるバイオ燃料生産の拡大が将来の食料生産・供給に暗雲を投げかている。とりわけ、専ら目先の経済的利益のみを追い、その食料・社会・環境への影響を省みない米国やブラジルのバイオエタノール拡大への狂奔は、人類を破滅 に駆り立てているのではないかという恐怖感さえ覚えさせる。しかも、それは誰も止めることのできない世界的な奔流になっている。

 米国の2006年のエタノール生産はブラジルを抜いて世界一の50億ガロンに達した。そのほとんどすべてがトウモロコシを原料とする。しかし、この程度の生産でもトウモロコシ価格は高騰、米国内のみならず、日本を含む世界の飼料・食料品価格の上昇を引き起こしている。ところが、ブッシュ大統領は今年(2007年)の年頭教書で、エネルギーの外国依存度を減らすために、今後10年でガソリン消費量の20%を更新可能燃料(そのためには350億ガロンの更新可能燃料=事実上はトウモロコシを原料とするエタノールが必要になる)に置き換えると言明した。これでエタノール熱がさらに燃え上がった。それは世界の食料情勢を根本的に変えてしまう恐れがある。

 ミネソタ大学の二人の研究者は今月初め、フォリン・アフェアズ誌で、米国その他のエタノール燃料ブームが大量のトウモロコシその他の食料作物のバイオ燃料への転換を促すことで食料価格に破滅的影響を与え、世界の飢餓を悪化させると警告する研究を発表した。彼らは、「世銀その他のエコノミストのいくつかの研究は、どんな基礎食料でもその平均価格が1%上昇すると、世界の貧しい人々のカロリー消費が0.5%減少することを示している」、「その実質価格が1%上昇するごとに食料を満足に確保できない人口が1600万人増える」、「これは慢性飢餓人口が2025年までに、以前に予想された6億人の倍にも相当する12億人に達するであろうことを意味する」と言う。

 この研究によると、バイオ燃料狂いで、トウモロコシ価格は2010年までに20%、2020年までに41%も上昇する。それは、コメや小麦などの価格も上昇させることになる。農民がエタノール生産性が高いために収益性の高いトウモロコシやその他の植物への作付転換を進めるだろうからだ。彼らはエタノール市場が収益性の高い作物への転換を促す補助金によりさらに歪めらるとも指摘、「米国政府は、車、家、工場のエネルギー効率を増し、太陽・風力発電のような代替エネルギー源を促進し、農業生産性を改善し・セルローズ由来の燃料の効率性を高める研究に投資することを約束せねばならない」と結論する。

 C. Ford Runge and Benjamin Senauer ,How Biofuels Could Starve the Poor,Foreign Affairs, May/June 2007

 問題は、このような食料価格への直接的影響だけでなはない。エタノール原料用需要の増大と価格上昇を見込み、今年のトウモロコシ作付予想面積は戦後最高の3620万fに跳ね上がった。他方、トウモロコシと1年おきに輪作されてきた大豆の作付面積が大きく減少、1996年以来の最低となる。これは、コーンベルトの地力を健全に維持するために採用されてきたトウモロコシー大豆の輪作体系が崩れることを意味する。今後は、地力維持を専ら化学肥料に頼るモノカルチャー農業への移行が進むということだ。それは長期的には農業生産性の低下につながるだろう。そして、当初の目標とは裏腹に、利用が増大する肥料の原料となる尿素を作るために外国天然ガスへの依存も高まることになるだろう。そればかりか、補助金で維持されてきた土壌保全区域(土壌浸食 防止、自然保護などのために農業用利用を停止、自然生態系を回復させてきた土地)までが動員されることになるとも観測されている。環境、農業生産の持続可能性が脅かされている。

 それにもかかわらず、そうまでしても、ガソリン消費量の20%をエタノールに置き換えるという米国の目標は達成できないだろう。OECDの研究によれば、米国が輸送用燃料の10%をバイオ燃料に置き換えるには、穀物・油料種子・砂糖作物の総収穫面積(2004年で8670万f)の30%(2579万f)をバイオ燃料用に当てる必要がある(現在の農業・エタノール生産技術を前提として)。 とすると、20%をバイオ燃料に置き換えるためには、これら作物の全収穫面積の6割をバイオ燃料原料収穫に当てねばならない。

 OECD;Agricultural market impacts of future growth in the production of biofuels,2006.2.1
 http://www.oecd.org/dataoecd/58/62/36074135.pdf

 こんなことは明らかに不可能だ。米国の食料バランスが完全に破綻してしまう。目標達成にはエタノール輸入が不可欠だ。そこで、ブッシュ大統領は、世界最大のエタノール生産能力を持つブラジルに目をつけた。今年3月の二度にわたるブラジル・ルーラ大統領との会談で、エタノール燃料の世界的開発・普及の為の協力協定に漕ぎ着けた。ルーラ大統領は、今年1月にはサトウキビを原料とするエタノール産業に対する連邦投資基金を今後4年間で60億ドルを増やすとぶちあげた。科学技術省とサンパウロのカンピーナス大学は、世界中のガソリン利用量の10%を20年でエタノールに置き換えるエタノール輸出計画を研究している。これが実現すれば、2006年に30億リットルほどだったブラジルのエタノール輸出は2025年には2000億リットルにも跳ね上がり、サトウキビ作付面積は現在の600万fから3000万fへの5倍に増える。

 ルーラ大統領は、ブッシュ大統領の提案に飛びついた。それが国の経済開発と農村の雇用創出・貧困軽減に大きく貢献するという考えからだ。米国が主導する米州開発銀行(IDB)も、最近はとみにラテンアメリカのバイオ燃料王国に仕立て上げようとしている。もはや、この動きは誰も止められない勢いを得てしまっている。

 しかし、ブラジルのエタノール生産の拡大は、既に多方面からの批判に曝されてきた。その生産と輸出の拡大は、まさにに植民地時代以来のサトウキビモノカルチャー巨大プランテーションの残存と一層の拡大を意味し、特に刈り取り労働者はまさに奴隷的な労働条件を強いられている。

 プランテーションの拡大は土地の集中を加速、世界一不平等と言われる土地配分をますます不平等にしている。エタノール生産拡大で利益を得るのはごく一部の大土地所有者と企業家のみで、自給農民は土地を奪われ、土地無しとなり、食料不安に曝されている。

 モノカルチャーは土地の長期的生産力を奪い、サトウキビ畑の拡大は、そのために土地を追われた大豆農家や牧畜業者をアマゾンの森林破壊に駆り立てている。エタノール生産、そのためのサトウキビ畑の5倍もの拡大は、まさに飢餓と貧困を助長し、気候変動助長を含む地球規模の環境破壊につながる恐れがある。

 Brazil's Ethanol Plan Breeds Rural Poverty, Environmental Degradation,globalresearch.ca,07.3.8
 Brazil's ethanol slaves: 200,000 migrant sugar cutters who prop up renewable energy boom,Guardian,07.3.9
 Ethanol Production Could Be Eco-Disaster, Brazil's Critics Say,nationalgeographic.com,07.2.8
 ENERGY : Brazil Aims to Dominate World Ethanol Market ,IPS,3.31

 ブラジルの助けを受け、カリブ地域をバイオ燃料ブームに乗せようと意気込んでいたキューバのフィデル・カストロは、これらの批判に耳を貸さないブッシュとルーラの蜜月ぶりに怒りを爆発させたのか、食料作物からのエタノール生産拡大は世界の飢餓と貧困を助長すると噛み付いた。ベネズエラ・チャべス大統領もこれに同調した。しかし、この両小国だけで現在の奔流を止めることができるはずもない。米国 ばかりでなく、高度なバイオ燃料利用目標を掲げながらそれを自国のみで生産することが到底不可能な欧州諸国(食料・環境への悪影響なしで達成できるのか 輸送用燃料の10%をバイオ燃料にのEU目標,,,07.2.17フランス バイオ燃料目標達成のために70万haの食料用耕地が犠牲の計算,06.11.22)、中国 (中国 バイオ燃料生産増加が食料品価格を直撃 食料安全保障の暗雲,06.12.12)、日本などもブラジルからのエタノール大量輸入を目論む。これらの国や企業も、この 破壊的行為への加担者としての罪を免れることはできない。

 Cuba and Venezuela turn against ethanol,Guardian,4.7
 http://environment.guardian.co.uk/energy/story/0,,2052043,00.html

 なお、ブラジル、米国を始め、アジア主要国や欧州のバイオエタノール開発・普及をめぐる動向の概要は、北林寿信 「バイオエタノールは砂糖産業の救世主となるか その生産の拡大と世界市場の動向[特集・苦い砂糖が生まれた理由 砂糖の市場と農園の過去・現在・将来] 」 『季刊at』[オルター・トレード・ジャパン] 7号()を参照されたい。 最近は、アフリカのトウモロコシ、砂糖、油料種子の大生産国・南アフリカもバイオ燃料を国の更新可能エネルギーの75%とする”バイオ燃料産業戦略”を提案したが、アフリカの重要な基礎食料であるトウモロコシや砂糖が中心的原料とされていることから、ただでさえ干ばつで生産が難しくなっているなかで重大な食料不足につながると市民団体の批判を浴びている。

 ENERGY-SOUTH AFRICA : Fuel in the Car at the Expense of Food on the Table? ,IPS,3.31

 エタノールと並ぶもう一つの主要バイオ燃料であるバイオジーゼルについては、その増産ブームが呼び起こすパームオイルプランテーションの拡大がインドネシアやマレーシアの熱帯雨林・生物多様性・自給的食料生産を破滅的状況に追い込んでいる。 そして、ここでも、米国、欧州、日本、中国などのバイオ燃料需要拡大がこれに加担している。

 Palm oil: the biofuel of the future driving an ecological disaster now,Guardian,07.4.4
 
インドネシア 泥炭地破壊で世界第3位のCO2排出国 木材・パームオイル需要と地域経済開発が元凶,06.11.6
 石油価格高騰でパームオイル・ブーム 森林・野生動物・原住民・環境に破滅的影響の恐れ,05.10.13