パスカル・ラミー欧州委員、軽はずみなドーハ・ラウンド再開に疑念

農業情報研究所(WAPIC)

03.10.27

 28日、EUの通商担当委員・パスカル・ラミーがロンドンの”Journal for Common Market Studies”に対し、米国その他の国がドーハ・ラウンドの早期再開を呼びかけていることを取り上げ、これらの国が交渉成功に向けて動く用意があるのかどうかと疑問を投げかけた(Pascal Lamy EU Trade Commissioner The EU, Cancun and the Future of the Doha Development Agenda Journal for Common Market Studies London, 28 October 2003)。カンクン会合後、他国政府はEUが交渉に戻らないことを恐れて再開に積極的な姿勢を示しているが、カンクン会合の貴重な教訓は多角的交渉が一プレーヤーではなく、すべての国により推進される必要があるということであり、WTO加盟国はカンクンの失敗の理由をもっと真面目に考えるべきだと言う。

 アジア太平洋協力会議(APEC)首脳会議は、カンクンのデルベス議長案を基礎に交渉をまとめる用意があると宣言したが、9月にあれだけ多くの国が攻撃した文書が10月になったら復権するというのは、どんな「マジック」が働いたのか、会合は多くの理由、「恒常的なグローバリゼーションの圧力に対して一般化した疲れ」、米国の多角的システムへの支持の弱さ、貧しい国の中国の競争への恐怖を含む多くの理由で破綻したのであり、1ヵ月でこれらの理由が消えたわけではない。途上国を引っ張るインドはデルベス案を依然として拒否しているし、ブラジルもそれが主張するように「建設的に」交渉する用意ができているわけではない。G20グループの形成は歓迎するが、それぞれが鋭く異なる問題を抱えており、統一勢力として行動することはできないだろうと言う。

 実際、APEC首脳はドーハ・ラウンド再開を約束したが、APEC会合は、他方では二国間協定へのラッシュを生んだ。自由貿易協定(FTA)は多角的協定を補完すると位置づけたが、WTO、APEC、ASEAN、ASEAN+3、アジアヨーロッパ会議(ASEM)、ASEAN自由貿易地域(AFTA)、そして族生する二国間協定を多角的システムに整合させるなどとてもできることではない。ラミーが疑念を抱くのは、多くの国が世界の潮流に乗り遅れることを恐れ、また政治的目的に駆られて、あり得るリスクやコストも考えずに地域協定に狂奔する姿を見れば、当然であり、健全なことである。

 12月半ばまでにEU諸国にその考えの概略を示すことを計画している欧州委員会は、WTOでいかに交渉を進めるか、多くの問題で腹を決めていない、今言えることは、他の国の「意思」が「善い」ものであれば、EUが態度を明確にするまで長く待つ必要はないということだと言う。その時、EUがどんな立場を示すのかはわからない。だが、カンクン会合崩壊の元凶がEUにあると言う他国の批難を断固拒否するのは正しい。その元凶を米国やG20と断定するのも正しくない。実際には、この崩壊の背景、あるいは根源には、かつてない市場開放と安価な輸入品の激増に適応できない職(雇用)の喪失への懸念が世界中に広がっていることにある。カンクンでは韓国農民運動指導者が「WTOは農民を殺す」と叫んで自殺した。市場開放と安価な食料の氾濫で生計の道を断たれ、自殺にまで追い込まれる農民が続出していることが背景にある。だが、これは韓国だけのことではない。先進国・途上国を問わず、世界中の国々で同じ事態が進行している。そして、「WTOが殺す」のは農民だけではない。中小企業であり、競争力強化に役立たず、その足を引っ張るとリストラされる労働者でもある。

 今や、安価な労働に支えられた中国の製品が世界中に失業の波を引き起こしている。米国さえもが関税引き上げを考え始めた。他方では、企業は国内雇用を顧みず、安価な労働力を求めて生産拠点を続々と中国やインド(IT産業)に移している。その中国でも、1億の農村民が都市に仕事を求め、既に余った大量の労働者の群に加わっている。もはや「ネオ・リベラル」な経済理論が、世界の政治的・経済的現実から遊離してしまっているということだ。WTOは、輸出市場依存ではなく、国内経済多角化に基づく自己依存の優先に向けて方向転換しなければならない。貿易は雇用の創出、食糧安全保障、貧困軽減に貢献することができる。だが、その実現ためには、国際競争力強化・貿易障壁削減を最優先するのではなく、各国の政策目的と連動した輸入コントロールの導入が不可欠だ。軽はずみなデルベス議長案を基礎とする交渉再開は事態を何も変えないだろう。 

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