米国・中米諸国自由貿易協定―米議会承認は難航必至

農業情報研究所(WAPIC)

03.12.11

 米国政府が中米5ヵ国(コスタリカ、ホンジュラス、エル・サルバドル、グアテマラ、ニカラグア)との自由貿易協定(CAFTA)交渉を今年中に終えようと躍起になっている。これら諸国のモノとサービスの生産は、合わせてもせいぜいバングラデシュ一国の規模にしかならない。しかし、これは来年にはドミニカ共和国、パナマ、コロンビア、ペルー、エクアドル、ボリビアとの協定に広げ、思惑通りの実現が遠のいた米州自由貿易協定(FTAA)に向けての新たな弾みをつける重要なステップをなす。WTOでの多角的貿易自由化に見切りをつけ、二国間・地域交渉にかける米国の戦略の成否がこれにかかっている。

 だが、今やこのCAFTAさえ実現が危ぶまれる雲行きとなってきた。調印に漕ぎつけたとしても、議会承認の見通しが立たないからだ。政府は来年7月までには議会を通過すると確信しているようだが、反対派はそんな雰囲気ではないという。経済を繊維や砂糖に強く依存している州や地域の与党・共和党議員は地元からの強い圧力にさらされる。労働・人権・環境団体等は、極度の低賃金を伴う甘い労働・環境基準を許す協定が前例となることを恐れ、反対の声を高めている。

 CAFTAは北米自由貿易協定(NAFTA)や今年承認されたチリとの協定と類似の内容の協定だ。協定の詳細は公式には明らかにされていないが、労働権に関しては、政府は団結権・団体交渉権を核とする労働権を協定に含めるという労組の要求を拒否している。先週、人権団体・「ヒューマン・ライト・ウォッチ」は、エル・サルドバルの政府が労働者の権利を無視し、時には雇用者が特に組合員労働者を虐待するのを助けているという浩瀚な報告書(Deliberate Indifference:El Salvador's Failure to Protect Workers' Rights)を発表した。だが、通商代表・ロバート・ゼーリックはチリとの協定以上には進まないと断言している。この協定では、自国の労働・環境法を適切に執行しない場合に名ばかりの罰金を科すことしか定めていない。

 'oneworld.net’(Labor, Rights Groups Vow to Stop CAFTA in Congress,12.10)が伝えるところによれば、全米労働総連合(AFL-CIO)の貿易問題専門家・T.リーは、CAFTAは明かにNAFTAに基づくもので、NAFTAはメキシコの賃金あるいは生活水準を引き上げることなく、米国に大きな雇用損失をもたらしたことに注意を促す。一部はNAFTAを支持した環境団体もCAFTA反対の姿勢を強めており、地球の友は「協定は中央アメリカ市民を深刻に傷つける」と言う。最近勢力を強めている反エイズ運動も、米国政府の特許ルールの強化の要求は急速に増大しているエイズ感染者の救命薬入手を困難にすると攻撃している。オックスファム・アメリカは、基本的労働権と国際環境基準の侵犯の強力な制裁や、家族農場・基本的公共施設など不可欠な部門の外国による買収の制限などの条項を含まなければ、CAFTAに反対すると警告している。

 他方、米国の繊維・砂糖産業の憂慮も深い。政府は反対者の不安は杞憂だと言う。以前からの貿易協定で、中央アメリカ諸国は既に製品の75%を無税で米国に持ち込めるが、米国からの輸出品の70%から80%に課税されている。協定はこの不均衡を修正するもので、協定により中央アメリカ製品の99%が無税となるが、米国製品の80%以上も無税で輸出できるようになる。米国経済は、協定により得るものの方が失うものより多いと説得に懸命である。だが、繊維と砂糖については未だに合意ができていない。この問題がどう決着するかが議会の承認を決定的に左右する。

 ワシントン・ポスト紙(U.S. Pushing for Trade Pact,12.10)によると、繊維メーカーが協定にかける希望は、中央アメリカのアパレル・メーカーに中国と対等に織り糸や織布を供給できるようになることである。しかし、中央アメリカはアジアの低コストの織布の調達が可能な柔軟な協定を要求している。繊維取引団体は、中国が米国市場に入り込む裏口を開放するのを防ぐと運動してきた。中国製品の氾濫は、政府が先にセーフガード措置を決めたように、既に米国繊維メーカーを危機的状況に追い込んでいる。CAFTAがこれに追い討ちをかけることになれば、繊維州議員は黙っていない。

 砂糖の場合はもっと深刻だ。中央アメリカ5ヵ国は年に200万トンの砂糖を生産する。これは現在の米国の砂糖輸入量を上回る。これが無税となれば、高率関税と補助金で命脈を保っている米国砂糖産業の死活問題となる。だが、農業交渉担当チーフのアレン・ジョンソンは、砂糖を協定外にはしないとはっきり言明している。そんなことをすれば、牛肉・豚肉・コーン・米などの米国の主要輸出品に対して中央アメリカが市場を閉ざすことになると言う。だが、砂糖産業の議会に対する圧力は強力だ。議会に42州の支持者をもつ。選挙の年に議員が冒険を冒すはずがない。

 韓国議会はチリとの自由貿易協定(FTA)批准で立往生している。米国にも同様な事態が起きないとは保証できない。多くの品目を協定対象から外すことが許された途上国同士の協定(授権条項に基づく協定)は族生するかもしれないが、原則すべての品目の関税を10年以内に撤廃しなければならない先進国(OECD加盟国)がからむFTA(ガット24条に基づく協定)の締結は、どこの国でも生易しいことではない。中国とタイが素早く協定を結んだといっても、このFTA(?)は果実と野菜を主とする三つの品目カテゴリーをカバーするにすぎない。先進国の自由化と構造改革の意欲の欠如と遅れを批判するのは簡単だが、米国でさえ、途上国と同じようには動けない。

 今年中に決着を目指していたオーストラリアとのFTA交渉も、今年最後の会合が7日に決裂した。オーストラリア政府は米国の酪農品・砂糖・牛肉市場の開放を最重点要求としてきたが、米国政府は国内農業団体の圧力で身動きできなかった。オーストラリア政府は、これでは全国農業者連盟(NFF)に申し開きができないと、来年の再交渉にかける。だが、来年は両国とも選挙の年だ。決着は一段と難しくなるだけだ。今週は、やはり今年中の決着を目指していたモロッコとの交渉も来年に先送りすることになった。モロッコが小麦・牛肉・鶏肉の市場開放を迫る米国の要求を拒んでいるためだ。米国がかけるFTA戦略は総崩れの様相を呈している。

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