6.ツユクサの仮雄しべ

1.ツユクサの雄しべ

ツユクサには6本の雄しべがあります。  葯の形には3種類あって、花弁に近いところに蝶のような形の雄しべが3本あり、 X字形雄しべと呼ばれています。 中ほどには、Yを逆さまにしたようなY字形の雄しべが1本、最も前に2本突き出ているのが、O字形雄しべと呼ばれています。 (写真1)

写真 1 ツユクサの3種類の雄しべ


O字形の雄しべは、地味な色合いで花粉をたくさん出します。 花粉はソラマメ形をしていて、長径100μmほどで花粉の外壁はトゲ状です。 花粉数は1個の葯から2500〜4500個程度で、雄しべ本来の機能はこのO字形雄しべが担っていると考えられています。 (写真2・3)
     
写真 2  たくさんの花粉を出す O字形の2本の葯 写真 3 O字形雄しべの花粉



2.Y字形雄しべの花粉

Y字形雄しべと、 3本のX字形雄しべは“仮雄しべ” と呼ばれていて、「花粉を出していない雄しべである」と書かれている図鑑などもあります。 しかし、実際に観察してみると、どちらの雄しべからも花粉を出しています。 花の真ん中あたりにあるY字形雄しべは、O字形雄しべと同じ形の花粉を出しています。 (写真4.5)

写真 4   Y字形雄しべの葯と花粉 写真 5   Y字形雄しべの花粉


もしかしたら、このY字形雄しべの花粉(以下 Yー花粉)は、雄としての機能が無いために”仮雄しべ”とされているのかもしれません。 そこで、このYー花粉が種子を作ることができるのかどうか調べてみることにしました。

まず前日の午後に、明日咲くつぼみがついているツユクサを集めます。 (写真6)  ピンセットで萼と花弁をゆっくり開き、雌しべとY字形雄しべを残し、X字形雄しべ3個とO字形雄しべ2個を取り除きます。

翌朝、ツユクサの花が開きます。 花には雌しべとY字形雄しべだけがあり、雌しべの柱頭には、まだ花粉が着いていません。 (写真7)  この花の雌しべに、同様に処理した花のYー花粉を着けます。 
 

写真6  明日咲くツユクサのつぼみ (08.10.13) 写真7  翌朝開いた花 雌しべとY字形雄しべだけがある


他の花粉が着かないように、前日処理から室内で行い、Yー花粉以外は柱頭に着かない環境にしてあります。 
お昼頃に柱頭を調べて、Yー花粉が花粉管を伸ばしているかどうか顕微鏡で観察してみました。 みごとに、Yー花粉は花粉管を伸ばしていました。  (写真8・9)


写真8  花粉管を伸ばしているYー花粉 写真9  Yー花粉と花粉管 (08.10.14)


次はYー花粉がちゃんと受精して、種子を作るかどうかです。 受粉に成功したツユクサの果実ができてゆくようすを、日を追って観察してみました。

2日後 (08.10.16)、花柄は反曲し子房が大きくなってきます。(長径約4mm) (写真10)
6日後 (08.10.20)、子房がかなり大きくなり、果実の形をしてきました。(長径約7mm) (写真11)

まだ果実が完全に熟して種子が見れるまでには、日にちがかかりますが、結実したことは間違いありません。

写真10  2日後、花柄は反曲し子房が大きくなっている 写真11  6日後、子房が大きくなり、果実の形をしてきた


(1)今回調べた花の個数は16個と少ないながらも、16個のうち15個がYー花粉で結実しました。 (表1)

花の個数 結実した個数 結実しなかった個数 結実率

16個

15 93.8%
表1 Yー花粉での結実率




(2)受粉から28日後(08.11.11)、Yー花粉によって結実した果実が割れて種子が現れました。 (写真12) この果実からできた種子は4個で、すべて正常の種子でした。 (写真13) 

写真12  28日後、果実が割れて種子が現れた 写真13  4個できた正常な種子 (08.11.11)


Yー花粉によってできた15果実の種子の結果は、以下のようになりました。 

***資料.Y字形雄しべの花粉でできた15個の果実の種子 (受粉後27日〜30日)***


No.1 種子4個 (正常4 しいな0)

No.2 種子3個 (正常3 しいな1

No.3 種子3個 (正常3 しいな0)

No.4 種子4個 (正常4 しいな0)

No.5 種子3個 (正常3 しいな1

No.6 種子3個 (正常3 しいな0)

No.7 途中で株が枯れました

No.8 種子4個 (正常4 しいな0)

No.9 種子3個 (正常3 しいな1

No.10 種子4個 (正常4 しいな0)

No.11 種子0個 (正常0 しいな3

No.12 種子3個 (正常3 しいな0)

No.13 種子1個 (正常1 しいな1

No.14 種子2個 (正常2 発育不良

No.15 種子4個 (正常4 しいな0


結実した15果実のうち、種子ができるまで確認できた果実は14果実、途中で枯れた株は1株(No.7)、正常な種子は41個でした。 

結実した果実数 種子が4個できた場合 正常な種子数 しいな数 正常な種子率 しいな率
15果実のうち

14果実

14×4個=56個 41個 7個 41/56×100=

73.2%
7/56×100=

12.5%
表2 Yー花粉での種子率・しいな率




比較のために、野外の果実をランダムに30調べた結果が以下です。 

野外調査の果実数 種子が4個できた場合 正常な種子数 しいな数 正常な種子率 しいな率

30果実

30×4個=120個 93個 18個 93/120×100=

77.5%
18/120×100=

15.0%
表3 野生調査での種子率・しいな率


この実験の結果、Yー花粉での種子率(73.2%)、しいな率(12.5%)は、ともに野生調査での種子率(77.5%)、しいな率(15.0%)と ほぼ大差ない値になりました。

この時できた種子を、08.11月に蒔たところ、翌年の春(09.3月)に発芽が見られました。 No.1〜No.6の種子20個とNo.8の種子4個合わせて24個のうち21個が発芽しました。 (発芽率87.5%) Y−花粉でできた種子は正常な種子であることがわかりました。 (写真14)

写真 14 Yー花粉でできた種子の実生 (09.4.20)


この結果、Yー花粉は雄としての機能を間違いなくもっている正常な花粉であり、 Y字形雄しべは仮雄しべではなく、“正常な雄しべ”ということが明らかになりました。



3.X字形雄しべの花粉 (仮雄しべ

ツユクサの青い花弁に最も近くにある3本のX字形雄しべも、よく観察してみますと、少量ですが、ちゃんと花粉を出しています。 (写真15・16)
  

写真 15 X字形雄しべの葯 写真 16  葯のくびれた部分から花粉が出る

X字形雄しべの葯のくびれた部分から、Yー花粉やOー花粉とは形が異なるつぶれた形の小型の花粉を出しています。(写真17)

このX字形雄しべの花粉(以下 Xー花粉)は、めしべの柱頭につけても花粉管がまったく伸びません。 2時間後に検鏡しようと染色液を加えたところ、すっと柱頭から離れていってしまいました。 (写真18)

写真17 X字形雄しべの花粉 写真18 柱頭から離れる X字形雄しべの花粉


5個の花で調べてみましたが、Xー花粉ではまったく花粉管を出さず、結実もしませんでした。 

このX字形雄しべの花粉に、水を吸わせると膨らんで丸みをおびた楕円形の花粉になります。 (写真19.1〜3) 
しばらくすると、Yー花粉やOー花粉は原形質吐出が起こりますが、このXー花粉は原形質吐出が起こりません。 どうやらこの花粉は、花粉の中に細胞質をもたない、外壁だけの空っぽの花粉だと考えられます。

写真19.1 つぶれた形のXー花粉 写真19.2 水を吸うと膨らんで楕円形になる 写真19.3 Xー花粉とYー花粉の比較


以上のことから、Xー花粉は細胞質をもたない外壁だけの空っぽの花粉で、雄の機能は持っていない花粉だと考えられます。 従ってこの3本のX字形雄しべは、“仮雄しべ”に間違いないでしょう。

このX字形雄しべの花粉の役割は、昆虫の食用として提供されているのではないかと推測されています(田中 1978)。 
                                                                         (08.11.19)


 【 参考文献 】
  
   ・北村 四郎・村田 源   1980. 「原色日本植物図鑑・草木編V」 保育社
   ・森田 竜義 ・濁川 朋也 1999 「花の自然史 花の性型の可塑性」 北海道大学図書刊行会
   ・清水 建美          2001. 「図説植物用語事典」 八坂書房
   ・佐竹 義輔・大井次三郎・北村 四郎  2002. 「日本の野生植物・草木T」 平凡社 
   ・田中 肇 1978 「ツユクサの受粉」 採集と飼育, 40: 646-647

1.2つのツユクサ     2.2つのツユクサ交配実験     3.両性花・雄花     4.ツユクサの閉鎖花  

 5.ツユクサの受粉 
    6.ツユクサの仮雄しべ   7.ツユクサの訪問昆虫

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