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CAP改革の影響評価発表

ー農業交渉の立場強化に必死の欧州委員会ー

農業情報研究所(WAPIC)

03.3.27

 3月25日、欧州委員会は、今年1月に提案した共通農業政策(CAP)改革案(1)の新たな二つの影響分析を発表した(Reform of the common agricultural policy: A long-term perspective for sustainable agriculture - Impact analysis)。分析によれば、委員会が提案する生産と補助金の関連の切り離し(いわゆる「デカップリング」)は、生産の粗放化を促し、EU農民の所得増加を確保する。EU15ヵ国の農業所得の増加は、現行政策(アジェンダ2000)を継続した場合とほとんど変わらず(-1%)、2001年から2009年までに8.5%増加する。EU15ヵ国の牛肉生産は、中期的には2.7%減るが、生産者価格は、2009年までに7%上昇する。新規加盟国については、販売所得は、2009年には、2002年(EU加盟前)に比べて実質で17%増加する。直接支払の段階的導入と農村開発を考慮に入れると、この実質所得増加h45%以上に達する。デカップリングにより、現EU15ヵ国においても、新規加盟国においても、生産者は、受け取る農業補助金の最大化ではなく、市場で得られる利益の最大化を目指すようになる。

 この分析の発表に当たり、フランツ・フィシュラーEU農業・農村開発・漁業委員は、研究は、改革がより高い所得を農民に保証する一方で、農業生産を過剰からより集約度が低く・持続可能なものに導くことを明確に示している、生産と農業援助の結びつきの切断は、農民の土地放棄や生産停止にはつながらず、農民の市場志向を強め、農民の選択を補助金目当てではなく、消費者に目を向けたものに改善すると語っている(Press ReleaseCAP reform: "Proposals boost less intensive farming and secure income rises for farmers", new studies say)。

 CAP改革案が提出されて以来、既に3回の農相理事会による公式論議が行なわれている。しかし、改革推進派諸国とフランスを筆頭とする反対派諸国の対立の溝は埋まるどころか、ますます深くなっている感がある。とりわけ、改革の最大の目玉である「デカップリング」に対しては、フランスが絶対的反対を表明している。しかし、改革の行方は、目下のWTO農業交渉におけるEUの交渉力にも影響する。とりわけ、EUの農業補助金は世界中から集中攻撃を受けており、「デカップリング」なしでは、こうした攻撃をかわすことは難しい。フランスは、アフリカ諸国への輸出補助の一時停止を提案したが()、今や攻撃は輸出補助金だけではなく、ずべての形態の国内助成にも向けられている。フィシュラー委員は、EUの補助金に向けられた批判は、OECDの最近のアプローチが明らかにした様々な補助金の貿易歪曲度の違いを無視した議論であり、EUは輸出補助を削減し、他の国内助成も貿易歪曲度が少ない「ブルー・ボックス」、「グリーン・ボックス」化を進めてきたし、改革はこの過程を一層促進することになると懸命に防戦している。また、米国がこれと逆方向に動いており、とりわけ先進国について生産額の5%未満の助成は削減対象助成に計算しないとするWTO農業協定の現行条項(デミニミス)により削減対象に含めていない補助金が貿易歪曲的補助金の3分の1ほどにまで積み上がっており、これを加えれば、その総額は既にWTO約束の上限を超えているという。彼は、2002年農業法により、これはますます増えいくと、鉾先を米国に転じようと必死に訴えている(Press Release:Dr. Franz FISCHLER Member of the European Commission, responsible for Agriculture, Rural Development and Fisheries WTO and agriculture Press Conference Geneva, 6 March 2003,3.6)。

 しかし、フィシュラー委員のこのような奮戦も、改革実現の見通しが危うければ、著しく説得力を欠く。この分析結果に基づき、同委員は、25日、農村開発・共通農業政策に関する欧州農業諮問委員会に挑んだ(Press Release:Dr. Franz FISCHLER Member of the European Commission, responsible for Agriculture, Rural Development and Fisheries Challenges for European agriculture Advisory Committee on rural development and the common agricultural policy Brusse

CAP改革の影響の分析結果の概要

 農業所得

 現EU15ヵ国における労働単位当たりの農業所得は、2001年に比べ、実質で8.5%増加すると予測される。CAP改革案の農業部門所得への影響は微小で、2009年について、アジェンダ2000で予測されたレベルを-0.1%下回るだけである。

 改革の影響は、商品により異なる。穀物部門では、2009年までの総収入(販売所得+直接支払)は、アジェンダ2000で予測されたレベルとほとんど変わらないが、食肉価格が生産低下と直接支払の減少(「漸減」)の複合影響で上昇するから、牛肉・羊肉・豚肉・鶏肉部門では2%から3%増加すると推定される。牛乳及び(食用)油料種子部門では、総収入は、それぞれ5%、11%減少すると予測される。

 新規加盟国については、改革はEU拡大により生じる所得増加が保証される。販売所得は、2009年には、2002年(EU加盟前)に比べて実質で17%増加する。直接支払の段階的導入と農村開発を考慮に入れると、この実質所得増加h45%以上に達する。CAP改革、特にデカップリングは、新規加盟国では、農民が直接支払を失うことなく自分の望みに応じて生産することを選択できるようになるから、生産効率の改善につながる。

 EU拡大とCAP改革は、拡大後のEU25ヵ国の農業所得を、2004年までに、2002年に比べて1.5%増加させる。2009年には、アジェンダ2000で予測されたレベルを1.3%下回るだけである。さらに、改革の土地市場へのプラスの影響が農民の所得状況を一層改善する可能性がある。

 穀物部門

 以前は主として穀物に当てられていた土地で、エネルギー作物栽培に使用される面積が80-90万ha増加し、自主的セト・アサイド(生産放棄)が70万ha増加する一方で、食用油料種子面積は減少すると予測される。EU15ヵ国の穀物生産は、エネルギー作物に配分される土地、自主的セット・アサイドの増加、この部門の支持レベルの変化により面積が減るから、2%ほど減少する。

 現在大きな過剰が存在するライ麦、及びデュラム小麦は最も大きな影響を受け、作付面積は10%減少する。EU25ヵ国のライ麦と牛肉の市場バランスは大きく改善される。

 食肉部門

 デカップリングの実施が生産システムの粗放化を促す。EU15ヵ国の牛肉生産は中期的に2.7%減少、2009年までに生産者価格を7%上昇させる引き金になる。牛肉生産のこの減少は、不可避的に、牛肉輸出の多少の減少(約5%)につながる。牛肉・羊価格の上昇は、生産と消費がそれほどは増えない豚肉・鶏肉部門の相対的競争力を高める。

 牛乳部門

 提案された牛乳生産割当の追加は、必然的にEU15ヵ国の牛乳生産の同等の増加を伴うと予想される(2009年までにアジェンダ2000で予測されたレベルを2%上回る)。その結果としての乳脂生産の増加とバター支持価格の引き下げにおり、相応するバター市場価格の低下が起こると予想される(2009年までにアジェンダ2000の予想より23%低くなる)。価格低下により、バター生産は中期的に減少するであろう。生産減少と域内使用の増加により、EUの輸出は大きく減少する(18%)。

 バター市場の魅力の低下は、順調に増える需要を満たすために低価格牛乳から利益を得るチーズと生鮮酪農製品の生産を助長する。改革により、EU25ヵ国の牛乳価格は、アジェンダ2000に比べて2009年には10%低く、EU15ヵ国では23%低くなる。

 しかし、改革は、EU25ヵ国のバター市場からの重大な圧力を取り除き、アジェンダ2000の場合よりも、補助金付き輸出を大きく減少させることになる。

 諮問委員会におけるフィシュラー委員ーデカップリングの正当性とWTO農業交渉

 このような分析結果を踏まえて、改革案に対して表明されてきた多くの懸念は根拠がないと、とりわけデカップリングに対する批判に激しく反論している。

 彼は、一番共通の批判は、デカップリングが農民を生産停止に駆り立て、遊んでいるものに金を払うことになるということであるが、これは間違っているだけなく、農業のイメージを損なうと言う。なぜなら、農民は、土地を良好な状態に保つだけではなく、環境保護・食品安全・動物保健・動物福祉・職業安全性の基準を守らねばならないのであり、「これが遊んでいることだと考える者は自分でやってみろ!」と。しかも、これらが遵守されねば援助はカットされるし、そのために農場アドバイザリィー・システムも設置する。

 人々の恐怖にもかかわらず、研究は生産者が農業を棄てることはなく、一層収益的な産物に転換することになる可能性があると明確に示している。農民は、補助金を分捕るためというより、市場の必要のために生産するようになるだろう。農民は安定し、固定した支持レベルを、また価格上昇によりより高い所得を当てにできる。 

 デカップリングに対する別の共通の批判は、現在の不平等な援助を固定化するということであり、それは間違っていないが、現在の補助金を異なる方法で、例えば面積に応じて配分するように望む人々は、地価や農民の運転資本に否定的影響を与えることで補助制度を歪め、生産を混乱させる。

 ある人々は、生産が望ましくないレベルまで実際に減り得る危険が残る部門では、生産に結びついた援助を残すべきだと言う部分的デカップリングの構想を推進しようとしている。しかし、決定的に重要なことは、現在の我々の目標ー持続可能な農業、市場志向メカニズム、官僚主義の回避ーの達成のために、必要なかぎりデカップリングに進むことだ。そして、委員は、このようなヨーロッパ農業モデルは、進行するグローバリゼーションへの対応でもあると言う。

 ここから、フィシュラー委員は、ハービンソンWTO農業交渉議長のモダリティー案(3)を取り上げ、目下のWTO農業交渉の厳しさに触れる。かれが指摘するハービンソン案のEUにとって問題は次のようなものである。

 ■一部のWTO加盟国にのみ譲許を要求する一方で、他の加盟国には巨大で、明白な「ループホール」(逃げ道)を許すのは受け容れ難い。

 ■最近、ウルグアイ・ラウンドで合意された方向に動いてきた国を罰し、同時に逆方向の政策を追求する国に報償を与えようとしている。例えば、すべてのWTO加盟国は輸出補助金を減らす約束をし、EUはこの義務を守ってきたが、今やその完全な廃止を要求されている。ところが、輸出信用のような別の貿易歪曲的な輸出補助をしている国は、こうしたループホールの廃止を求められていない。

 ■EUは「イエロー・ボックス」から「ブルー・ボックス」への大幅な移行を行い、より貿易歪曲効果が少ない方向に動いてきたが(OECDの最近の評価では、後者の貿易歪曲効果は前者のほぼ4分の1である)、議長案は、ブルー・ボックス助成をイエロー・ボックス助成とほとんど同等に扱っている。

 ■現在のラウンドは「開発ラウンド」であるとされているが、議長案では途上国の特別待遇は「選択」であって、約束ではない。それは、一方では途上国に犠牲を強い、他方では、無制限な自由貿易を超えようとし、社会的・経済的・環境的持続可能性を重視する政策を求めるEUのような国を犠牲にしている。非貿易関心事項は、今まで、十分な注意を払われていない。

 フィシュラー委員は、議長案の問題を指摘したのち、議長案は、輸出信用、食糧援助、途上国の特別セーフガード、非貿易関心事項など、多くの分野でまだなすべきことが多くあると認めており、EUにはこれらの問題で論議を続ける用意があると言う。そして、CAP改革案はWTOからの圧力だけによるものではなく、我々の必要に基づくものであるが(WTO農業交渉提案(4)はアジェンダ2000を下敷きにしている)、「欧州委員会の改革案が、たまたまWTO内での我々の交渉の立場を大きく強化することになるのが非常に好都合な副次効果であることは否定しない。例えば、デカップリングは国内助成で我々に大きな利点を与える」と結ぶ。EU国内助成は、削減対象が「イエロー・ボックス」に限られるかぎり、ハービンソン削減案の条件を満たすことは、多分、現状でも可能である。しかし、「ブルー・ボックス」まで削減対象となれば(ハービンソン案は50%削減を求めている)、改革なしでこれに応じることは不可能である。

 3月26日、農業交渉モダリティー決定のための交渉が開かれているジュネーブで、米国の農業交渉主席代表のアレン・ジョンソンは、EUと日本が交渉進展を止めていると批判したが、EUにつてはEUの約束する「能力」、日本については約束する「意志」を問題としている。彼は、EU15カ国の意見が分裂しているために、現在のEUには約束する「能力」がないと認めた上で、6月には合意に至るように希望した。彼によれば、CAP改革が成ってもラウンドの成功のためには不十分だろうが、それなしでは問題をどう解決するか、構想することも難しい(5)。最大の交渉相手に交渉能力の欠如を見透かされる状況のなかで、欧州委員会はCAP改革に関する早急な合意を迫られている。

 (1)欧州委員会、CAP改革案を提案.03.1.23(1.24追記)
    
EU共通農業政策改革案に関する欧州委員会メモランダム(その2),03.2.7
    
EU共通農業政策改革案に関する欧州委員会メモランダム(その1),03.2.6

 (2)フランス-アフリカ・サミットにおける農業開発に関するシラク大統領発言,03.03.3

 (3)WTO農業交渉モダリティー「改訂版」配布,03.3.20
    
WTO農業交渉モダリティ一次案ー米国、EU案との比較表,03.2.13
    
WTO農業交渉における途上国の要求と先進国・ハービンソン案の比較,03.3.25

 (4)EUのWTO農業交渉提案(12.16発表),02.12.17
    
欧州委員会 EUの農産物貿易に関する事実と数字,02.12.18

 (5)US Blames EU And Japan For Slow Progress In WTO Farm Trade Talks,AFP,3.26