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危険な米国の地域貿易交渉戦略

農業情報研究所(WAPIC)

03.4.18

 反グローバリゼーションの関心は、少なくともわが国では、専らWTOの集中しているようである。しかし、貿易自由化交渉の主流は二国間・地域交渉の移りつつある。とりわけ懸念されるのが米国の動向である。

 現在150に達するであろう二国間・地域貿易協定のうち、米国がらみの協定は米国−イスラエル自由貿易協定(FTA、85年発効)、北米自由貿易協定(NAFTA、94年発効)、米国−ヨルダン自由貿易協定(01年発効)の三つにすぎない。米国は、長い間、自国の利益を体現する通商政策を多国間交渉・協定によって実現しようとしてきた。しかし、昨年、ブッシュ政府が貿易促進権限を議会から獲得するや否や、既にチリ、シンガポールとのFTAに合意し、さらに他の多数の国々と次々にFTA交渉に乗り出している。アメリカ大陸全体の国々を包含する米州FTA(FTAA)を始め、中米諸国とのFTA(CAFTA)、南部アフリカ関税同盟(SACU)・モロッコ・オーストラリアとの交渉が始まっている。4月10日に発表された米国通商代表部(USDA)の緊急リリースはバーレーンとの経済関係強化にも合意、FTAもあり得ると報じている(United States and Bahrain Discuss Strengthening Trade, Economic Relationship)。

 遅々として進まぬWTO交渉に見切りをつけたというには早すぎる。しかし、多数のWTO加盟国を一度に相手するよりも、米国の圧倒的な経済的・政治的影響力を利用した個別撃破による手っ取り早い米国通商政策の押し付けに驀進し始めたことは間違いない。死活的に重要な米国市場へのアクセスを失うことを恐れる国が続出、世界的規模での通商体制を米国主導で実現できるという読みもあろう。多国間協調を退けて単独でイラク攻撃に踏み切ったのは、国際テロを撲滅し、世界に米国流の民主主義政治体制を根付かせるために、単独での武力行使も辞さないという米国政府の意志を通したものである。地域貿易協定交渉に向けての攻勢も、それと完全にパラレルな関係にある。

 9/11以後の米国政府の最優先課題は国際テロの撲滅である。最近の矢継ぎ早の地域貿易協定交渉の開始は、それをこの最優先課題実現の手段として利用しようとする態度の現われである。ブッシュ政府は民主的統治と自由市場が国際テロに対する最善の長期的安全保障であるとみなしている。FTAにより、通商拡大とテロから解放された世界の両方が得られると確信しているのである。それは、交渉相手に選ばれた国や地域を見れば明らかである。不安定はあるものの、いずれも民主的統治と自由市場を志向する国であり、地域である(米大陸では、この基準に合わないキューバのみが交渉から除外された。南部アフリカ関税同盟では、スワジランドだけが民主的政治体制をもたない。いずれ民主憲法制定への圧力がかかるであろう)。米国のイラク単独攻撃に協力を拒んだチリは、合意した協定の批准がいつになるかわからないと脅かされる一方、シンガポールとの協定はすぐにも批准される見通しだ。

 巨大の米国市場の開放というアメによって国際テロを醸成する経済的・政治的基盤を強要するのが米国の通商交渉戦略であるとすれば、米国の二国間・地域交渉への傾斜は、もはや確たる流れといってよい。交渉相手の国々、そして多くの途上国は、いまや自らも貿易自由化政策をグローバル化する経済に首尾よく参入するための自国経済構造改革の一環に組み入れ、それぞれの地域で地域統合の深化を追求している。しかし、WTOの自由化交渉で先進国の障壁を取り除くのは困難と感じている。米国のアメにしゃぶりつく条件ができているのである。

 こうした交渉は何を目指すのか。米国の狙いは明らかである。WTOのなかでは早急にか、十分に実現できない米国の利益となる通商政策を貫徹することである。関税や多くの非関税障壁の相互主義的削減・撤廃はもちろんである。サービス貿易自由化はWTOの交渉分野ともなったが、地域協定では一層の自由化を求める。米国提出の協定案には電子商取引のような新分野が含まれるし、WTO交渉では途上国が議題とすることに強く抵抗しているンガポール・イシューと呼ばれる競争政策・投資自由化・貿易円滑化・政府調達が含まれる。さらに、労働・環境基準も例外なく含まれている。

 衛生・植物検疫協定(SPS)と知的財産権保護も重点分野である。SPSではWTO協定の遵守を求め、科学的明証のないリスクを理由とする貿易規制を排除することで、多くの国が拒否する遺伝子組み換え(GM)食品・作物の導入に向けて個別撃破しようとしている。FTAAが成立すれば、GMに抵抗している大国・ブラジルもFTAAの紛争処理でその導入を強要されることになろう。知的財産権保護では、各種条約による保護基準の採択と厳格な実施が要求されよう。共和党・民主党の両方への最大の政治資金供給者である米国の強力な医薬品企業圧力グループのために、貧困国に安価なコピー薬を提供する協定をただ一国拒否対、ドーハ・ラウンドを危機に陥れる大きな要因を作り出している米国は、地域協定で特許と知的所有権の改善を攻撃的に追求することになる。

 その一方で、WTOで不利な裁定を受けて、一部議員がWTO脱退までほのめかす問題の多い米国アンチ・ダンピング制度は維持するという。アンチ・ダンピング制度ともに、途上国が強く非難する自国農民への莫大な補助金については、なんら改善の具体案を示していない。

 南部アフリカ関税同盟諸国は、現在、米国の一方的措置(アフリカ成長・機会法=AGOA)により、まがりなりにも米国市場への自由アクセスを確保している。協定が締結されれば、これがフォーマライズされるが、相互主義の原則により、米国からの地域へのアクセスも自由化せねばならない。少なくとも短期的には、協定によって得るものは、失うものより少ないであろう。それでも、自らの経済の世界経済への首尾よい統合を目指し、困難な交渉に挑むのである。圧倒的なネオ・リバラリズムの潮流は、別の選択肢を不可能にしている。モロッコは、米国のイラク攻撃に対する国民の猛烈な抗議のなかで、一旦交渉を中断した。しかし、いずれ再開するであろう。

 我々がWTOに関心を集中している間に、そしてあまり報道されることのないところで、イラク攻撃が続発している。攻撃を受ける側が余りに無力なこともイラク同様である。これを阻止するのはWTOしかないとすれば、WTOにもなにがしかの効用があることになる。WTOの地域貿易協定審査制度は、現在、全く実質的機能をもたない。その改善は喫緊の課題である。

 関連情報
 地域貿易協定(WTO未通報、交渉中・考慮中等の協定)、03.3.11
 
地域貿易協定一覧(WTOに通報された発効済み協定),03.3.11
 
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