英国、GMトウモロコシ商用栽培許可へ、批判轟々

農業情報研究所

04.3.10

 遺伝子組み換え(GM)作物の国内商用栽培を許すべきかどうか、英国の5年越しの論争に決着がついた。環境担当相・マーガレット・ベケットが9日、議会で政府のGM作物政策に関する声明を発表、イングランドでの除草剤耐性GMトウモロコシ一品種の商用栽培を原則的に認めた(Secretary of State Margaret Beckett's statement on GM policy)。

 アトラジンを使う除草体系による非GMトウモロコシ栽培よりも、除草剤としてグルホシネート・アンモニウムを使うこのGMトウモロコシ栽培の方が生物多様性(昆虫、野生植物、小鳥など)への悪影響が少ないという3年間のGM作物屋外栽培実験(FSE⇒英国:GM作物農場実験評価報告発表,03.10.18)の結果を考慮しての決定である。他方、FSEにより非GM作物栽培よりも生物多様性への悪影響が大きいと評価されたGMビート(テンサイ)とGMナタネ(セイヨウアブラナ)の商用栽培は、FSEで実験された管理体制を使用するEU全域での商用栽培に反対する。この決定が覆ることはないだろうという。

 原則として商用栽培を認めるというGMトウモロコシは商品名Chardon LLと言い、 T25としても知られている。EUレベルでの商用栽培の許可は98年にフランスにより与えられた。許可の期限は06年10月に切れることになっている。しかし、英国での商用栽培は屋外栽培実験が完了するまでは行わないという合意が英国政府とバイテク企業の間でできていた。今回の決定は、その商用栽培を条件付きで認めるものだ。

 第一の条件は、このトウモロコシが英国の実験で行われたと同様に、あるいは環境に悪影響をもたらさないような条件下で栽培され、管理されるように、EUの許可の条件が修正されることである。

 第二の条件は、アトラジンの使用が06年にEUレベルで禁止されるために、このトウモロコシの栽培許可保有者は非GMトウモロコシ栽培における除草剤使用の変化を監視するための一層の科学的分析を行い、06年の期限切れの際に許可の更新を求めるならば、新たな証拠を提出しなければならないというものだ。つまり、GMトウモロコシ栽培の生物多様性への影響の比較の対象となったアトラジンを使用する非GMトウモロコシ栽培がなくなるのだから、新たな除草体系による非GM作物栽培の生物多様性への影響と比較し、GMトウモロコシ栽培の生物多様性への悪影響がそれより少ないことを改めて実証せよということだ。

 このような条件に加え、実際の栽培開始の前には、種子法、農薬法の下での手続が必要になる。EUの許可条件の修正がなされるまでは、このトウモロコシの種子は英国の国家種子リストに加えられない。「リバティー」と称して販売されている農薬・グリホシネート・アンモニウムも農薬安全委員会の承認を得なければならない。

 さらに、GM作物と非GM作物の共存を確保し、GM作物に汚染された非GM作物の栽培者が蒙る損害を補償するシステムも確立せねばならない。

 共存に関しては、ベケット環境担当相は、GM作物を栽培する農民は、EUの表示規則の汚染限界・0.9%に基づく行動規範を守らねばならず、この規範を法定化することが必要だと言う。有機農業のためには、この汚染限界をさらに引き下げるべきだという議論があるが、具体的数値は未定である。今後、作物ごとのより低い基準を適用すべきかどうか、関係者と協議するという。また、EU規則に従い、自主的なGM作物禁止区域設定に関するガイドラインも出す。

 非GM農民への損害補償については関係者と協議するが、彼女自身は、補償計画は政府や非GM作物生産者ではなく、GM部門自体の資金で賄われねばならないと断言している。

 彼女によれば、このような準備を整え、実際の栽培が開始されるのは、早くても05年春になる。許可の期限は06年10月だから、実際の栽培期間は2年以下になる可能性もあるわけだ。

 この声明で、彼女は政府のGM作物政策にかかわる基本姿勢を明かにしている。それは次の3点に集約される。

 ・GM作物の評価は、予防原則と証拠に基づくアプローチを取り、人間の健康と環境の保護を最優先して、ケース・バイ・ケースで行う。

 ・GM食品の義務的表示を通して、消費者の選択を保証する。

 ・GM作物と非GM作物の共存を容易にする措置、及び自らの瑕疵なしに損害を蒙った非GM農民への補償を提供するための手段について協議する。

 このような姿勢で考慮した結果が、今回のGM作物栽培に関する決定ということだ。

 彼女は、GM作物が関連野生種に影響を与えるという人々の懸念について、イギリスにはトウモロコシの近縁野生種は存在しないし、残った植物や種は越冬できないから、これは杞憂だと言う。GM作物の利用を一括して承認すべき科学的根拠もなければ、一括して禁止すべき科学的根拠もない、例えば、GM技術だけで途上国の問題を解決できると論ずる人はいないが、とくに気候変動の背景の中で、GM技術が何らかの解決策に寄与する可能性を否定するのも誠実な態度ではないと言う。

 しかし、彼女の声明は大方の関係者を納得させていない。政府の決定どおりに事が運ばない可能性もある。

 影の内閣の農相は、コーンウォール、デボン、サマーセットなどイギリスの40の地域のGMフリー(GMOの栽培・販売無し)宣言、昨夏の国民論争での90%の国民によるがGM技術反対を無視していると、政府の決定を批判している。ウェールズ議会は2000年に全会一致でウェールズをGM禁止地域にすると決めており、その環境相は、当面、このトウモロコシを承認するつもりはないと言う。スコットランド行政部はGM作物栽培の阻止はできないとしているが、農民の自主的禁止への合意を望んでいる。このトウモロコシ種子がリストに載るためには、スコットランドとウェールズの同意が必要だ。

 共存問題で意見を出した政府諮問機関・バイオテクノロジー委員会(AEBC)の議長・グラント教授は、適切な共存措置が完成し、補償制度が設置されるまでGM作物栽培が延期される保証がないと恐れている。この問題に緊急に取り組み、高度に予防原則的なアプローチが将来も維持されることが不可欠だと言う。だが、共存措置の確保は難航必至だ(⇒GM作物共存・責任に関する英国政府バイテク委員会報告,03.11.27)。補償の責任を負うべきとされたバイテク企業が、この考えは絶対に受け入れられないと反対している。補償制度も簡単に実現するとは考えられない。

 環境団体・地球の友は、政府は議会を侮辱し、国民の意見を無視した、その上に、この作物はGMと表示されない牛乳を生産する牛を飼うのに使われるのだから、消費者の選択を保証するという政府の主張にも反するものだと、残された承認手続や市場を通して、あらゆる手段でこの決定と闘うという。

 有機農業団体・土壌協会は、これは英国農業の暗黒日だ、政府は英国農業と食料の将来の尊厳・安全性・経済的持続可能性をぶち壊していると言う。政府はBSEの教訓に何も学んでいない、この技術はBSEと同様な規模の脅威になり、悪くすると回復不能になると恐れる。

 通常はGM推進派のロイヤル・ソサイエティーも用心深く、長期的な環境影響の監視が緊急に実行されねばならないと言う。GM作物栽培に賛成してきたナショナル・ファーマーズ・ユニオン(NFU)も、農業は消費者に安全で多様な選択を提供せねばならないが、GM作物を選択しないビジネスを保護する措置の開発が重要だと言う。

 ただ、この発表の直前、英国医学協会(BMA)は、GM食品が人間の健康を損なう可能性は極めて少ないとする声明を出した(Genetically modified foods & health: a second interim statement)。政府決定を支持することになろう。しかし、これもGM食品に対する国民の不安は大変なものと認め、人間の健康と環境へのあり得るリスクをめぐる懸念を一掃するためには一層の研究が必要だと言う。

 この決定は議会の抵抗にも出あうことになろう。多くの議員がこの許可に反対している。先月、今回の決定の内容が漏れ出たが、下院環境監査委員会は、アトラジンが禁止されるのだから(⇒EU、除草剤アトラジン禁止へ、英国のGMトウモロコシ承認にも余波,03.10.1)実験結果に基づくGM作物承認は無責任で、さらなる実験が必要だという報告を出した(Report, GM Food ? Evaluating the Farm Scale Trials)。これは、多くの批判者が指摘する問題だ。英国環境食料農村省(DEFRA)は、アトラジンの禁止によっても、FSEの評価が無効になるわけではないと反論している。

 この問題については、ネイチャー誌に英国研究者の最新の研究が発表された(Perry, J. N. et al.,Ban on triazine herbicides likely to reduce but not negate relative benefits of GMHT maize cropping,Nature, published online, doi:10.1038/nature02374,2004)。FSEの結果を詳細に分析したもので、雑草出現前にアトラジンを使うよりは将来の通常の除草剤を使う方が雑草は豊かになるだろうが、非トリアジン系除草剤(アトラジンを含む)だけを使用した四つの実験サイトよりは少ない、トリアジン系除草剤の禁止により非GMトウモロコシ栽培に比較してのGMトウモロコシ栽培の生物多様性への利点は減少はするが、なくなることはないと結論している。だが、実験とまったく同様な雑草防除方法が実行されるのかどうかは誰にもわからない

 なお、EUの既承認GM作物を商用栽培しているEU域内の国はスペインだけで、昨年はGMコーンが3万2千haで栽培された。イギリスでは40以上の地域・地区がGMフリーを望んでいる。フランス、イタリア、オーストリアなどでもGMフリーを望む地域は多いが、厚い法的な壁に直面している。イタリアではラツィオがGMフリーを宣言する立法を行っている。プーリアもGMフリーを宣言したが、政府は憲法裁判所に訴えている。国家主権を犯すというのである。ただ、非GM・有機農業との共存のための立法の準備を進める農業大臣は、農業政策の決定権限は地域政府にあると抵抗している。フランスでは多くの市町村がGMフリーを宣言しているが、やはり国の法的手段への訴えに屈している。先月初めて、ボルドーの行政控訴院がジェール県の一自治体のGMフリー宣言を無効とする知事(フランスでは国の代表)の訴えを退けた。

 このような国民の強い反GM感情のなかで、各国政府はGM作物の商用栽培解禁に踏み切れない。GMO新規承認のモラトリアム解除につながると見られた先月20日のモンサント社除草剤耐性GMトウモロコシの承認を論議した各国専門家委員会も、9ヵ国(フランス、スペイン、ベルギー、アイルランド、オランダ、フィンランド、スウェーデン、英国)が賛成したものの、イタリア、ギリシャ、ルクセンブルグ、オーストリアの反対、ドイツの棄権で、承認に必要な票数を得られなかった。決定は来月の閣僚会議に持ち越され、ここでも決定できなければ、提案者である欧州委員会の決定に委ねられる。

 ただ、いかに栽培に抵抗しても、GM製品が大量に出回るなかでは、実態としてのGMフリーを貫徹することは難しい。先月初め、英国グラモーガン大学の研究者が、スーパーの有機製品を含む大豆加工品の60%以上にGM成分が含まれていることを発見した。新たにEUに加盟する10ヵ国ではGM作物が大量に栽培されており、EU並みの規制はあっても検査能力を欠き、執行能力はゼロに近い。今年実現するEU拡大により、GMフリーはますます難しくなるだろう。反GM運動も限界に来ているようだ。

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