セルロース系エタノールの環境規格が必要―国際科学者グループ

農業情報研究所(WAPIC)

08.10.7

 生態学、環境科学、作物・土壌学、林学、農業経済学などにかかわる23人の国際科学者グループが10月3日発行の”Scence”誌の最新号で、”セルロース”バイオ燃料の環境的持続可能性を確保する政策の必要性を訴えている。

 http://www.sciencemag.org/cgi/content/summary/322/5898/49

 今年5月に成立した米国新農業法は、セルロース系エタノール生産への多額の補助金支出を決めた(精製業者に1ガロン当たり1.0ドル、原料生産者にバイオマス1トン当たり45ドル)。07年エネルギー 法は2022年のセルロース系エタノールの義務的利用目標を年160億ガロンと定めたが、この補助政策でセルロース系エタノールの大量生産実現に向けた動きが加速するだろう。

 2020年までに輸送用燃料中の再生可能燃料の比率を10%にまで高めることを義務づけたEUでも、セルロース系エタノールに重点を移そうとする動きがある(欧州議会 EUの輸送用バイオ燃料利用目標切り下げ 持続可能性基準も強化へ,08.9.12)。日本のバイオ燃料開発戦略は最初から、稲藁などのセルロース系エタノールに焦点を当てている。

 ところが、国際科学者グループは、こうした拙速な動きが穀物等農作物を原料とする第一世代バイオ燃料と同様な環境的帰結をもたらす恐れがあると警告、手厚い補助政策で産業がセルロース系エタノール生産に突進することがないように、その持続可能性を確保するための知識と科学に基づく政策が緊急に必要だと言う。

 政策が基づくバイオ燃料の持続可能性をめぐる問題はすべて分かっているわけではない。しかし、分かっていることに基づく政策の実施が急務だというのである。その分かっていることというのは次のとおりだ。

 第一に、現在のような穀物ベースのバイオ燃料は環境危害を引き起こす。バイオ燃料の原料生産のための土地の開発や土地利用の変更がもたらす炭素負債の問題(バイオ燃料→土地利用変化で温暖化ガスが激増 森林等破壊防止規制も無効 新研究,08.2.9)に加え、大量のバイオマスを生み出すための既存の集約的農業よりも一層集約的な農業が、既存農業の環境問題を一層増幅させる。土壌浸食の増大、窒素と燐の損失の増大、生物多様性の減退、地下水・表流水の水質や大気質の悪化、害虫抑制や野生動物のアメニティなどの生物多様性に基づくサービスに対する付随的影響などである。

 第二に、セルロース系エタノールの開発が進んだとしても、穀物ベースのバイオ燃料の重要性は残る。原料価格はセルロースの方が安いだろうが、前処理のコストやセルロースバイオマス精製のための酵素のコストが高く、穀物ベースのエタノールはセルロース系エタノールと十分に競争できる。穀物エタノールにかかわる現在のインフラ投資を考えれば、穀物エタノールは、少なくとも今後10年、米国トウモロコシの大きな部分―07年25%、08年30%―を消費し続けるだろう。従って、追加的な集約穀物生産の環境コストを最小限にする方法の考慮が意味を持つ。

 これに関しては、不耕起、先進的施肥技術(窒素吸収改善、二酸化窒素放出削減)、土壌被覆作物や川岸の植栽(土壌炭素隔離、窒素や燐に水域への流出の削減)、他作物の輪作や農用地内の生息地保全(授粉媒介昆虫や他の有益昆虫、野生動物の保護の改善)、作物改良(農薬使用削減、ストレス耐性の増強、養分利用効率の改善)など、環境影響を減らす技術がある。しかし、こうした技術は広く採用されるに至っておらず、手厚い奨励策が必要だ。

 第三に、セルロース原料の開発はこのような環境影響を大きく減らす可能性がある。ただし、こうした環境便益が実現するかどうかは、どんなバイオ燃料が、どこで、どのように生産されるかにかかっている。そして、すべてが同時にうまくいくわけでもない。最も生産的な作物用地ではなく、限界地でバイオ燃料原料を生産すれば、食料生産との競合や商品価格への付随的影響は回避でき、土地開拓に伴う炭素負債も最小化できる。しかし、限界地は生物多様性に富む土地でもあり、生産を経済的に存続可能にするためには相当の肥料や水の投入も必要になる。

 作物選択、投入の集約度、収穫戦略などの管理方法もセルロース系エタノールの持続可能性に大きな影響を与える。粗放的なモノカルチャーはポリカルチャー(多作物同時栽培)よりも経済的には有利だが、景観の多様性を減らし、多様な景観が提供生態系のサービスを減らす。

 提案されているバイオ燃料作物のあるものはエキゾチックであったり、侵入種として知られるもので、地方・地域の生物多様性に悪影響を及ぼす恐れがある。

 また、セルロース作物には化学物質の大量投入や灌漑を要するものもある。これは、水汚染、窒素酸化物排出、乾燥地域における水の争奪の可能性を伴う。

 それに加え、”廃棄物”―年々の作物の残滓―の過剰な除去は土壌炭素を奪い、侵食を増し、土壌の肥沃度を減らす。

 世界的には、バイオ燃料で大量のエネルギー を生産するためには、恐らくは現在の農地以上の広大な土地を必要とする。これは、米国のみならず、地球の景観を大きく変える。地球の至るところで炭素負債を引き起こす米国の政策のような悪しき結果を回避するために、他の場所での土地利用の変化の程度と方向に対する米国の政策決定の影響を認識する世界的 視野を持ち続ける必要がある。

 セルロース系エタノールの環境悪影響を避けるために、彼らは、原料のための侵入種の栽培や作物残滓の過剰除去などの禁止から、回避された直接・間接の温室効果ガス排出に基づく奨励金支払いにまで至る”法制化された環境パフォーマンス規格”の必要性を強調している。

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