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EU:決断迫られるGMOモラトリアムの解除、先行きは不透明

農業情報研究所(WAPIC)

2002.9.13

 1998年以来続く新たな遺伝子組み換え体(GMO)の商品化の禁止(事実上のモラトリアム)を解除するのか否か、EUが決断すべき時が近づいている。2001年2月、モラトリアムに拘泥する国々(フランス、イタリア、ギリシャ、デンマーク、ルクセンブルグ、ベルギー、オーストリア)は、「信頼できる表示を可能にするGMOの完全なトレーサビリティに関する有効な諸規定の採択」をモラトリアム解除の条件とした。欧州委員会は、昨年7月、それを実現するための二つの規則案を提案した(EU:遺伝子組み換え体に関する新規則案,02.7.5)。それらは欧州議会及び(EU15ヵ国の代表者で構成される)閣僚理事会の承認を得なければならない。今年7月、欧州議会は一応の(第一読会での。今年中の第二読会で最終的に採択となる)承認を与えた(EU:欧州議会、GMO新規則を採択,02.7.5)。そして、10月17日に迫った15ヵ国の環境相による閣僚理事会が何らかの解答を与えねばならない。この日付は、世界No.1のバイオテクノロジー企業・モンサントに支持された米国政府が、それ以後モラトリアムが解除されなければ、世界貿易機構(WTO)に訴えるとしている日付である。米国は、EUのモラトリアムにより、GMコーンだけで3億ドル、全体で40億ドルの損害を蒙ったと主張している。

 こうしたなか、9月10日にデンマークのニューボルグで開かれた非公式農相理事会で、デヴィッド・バーン保健消費者保護担当欧州委員がモラトリアム解除を強く訴えた(Speech by David Byrne, European Commissioner for Health and Consumer Protection, Informal Agriculture Council, Nyborg, Denmark, 10 September 2002)。彼の主張の背後には、モラトリアムによりヨーロッパのバイオテクノロジーが世界に遅れと取るという強い焦燥感がある。彼は、新たなEU拡大、一層の貿易自由化、激しくなる国際競争に直面するEUの農業・食品産業が一層の競争力をつけ、一層持続可能になり、経済の成長と発展に寄与するためには、この部門の「革新」が不可欠であり、バイオテクノロジーはこの革新の中心的推進力だと言う。

 昨年12月の世論調査では、EU市民の95%が「選択の権利」を望み、71%がGM食品の消費を拒んでいる(北林寿信「遺伝子組み換え作物をめぐる国際情勢とEUの新規則」『レファレンス』(国立国会図書館調査局)2002年7月号、59頁)。しかし、バーン委員は、GM食品は通常食品同様に安全であると確認されており、GMOの問題は、今や「公衆保健の問題」ではなく、「消費者の選択」の問題だと言う。そして、新規則によるトレーサビリティ・表示規則の厳格化がこの問題に答えており、GMOに対する「感情的」反応をやめねばならないと主張する。「リベラシオン」紙のインタビューでは(«Aussi inoffensifs que les autres aliments»(「他の食料品と同じほどに無害」),Libelasion,9.12)、科学的根拠のないモラトリアムは「違法」とまで言っている。そうであれば、彼が米国の圧力に抗する根拠はない。モラトリアム解除が米国の圧力によるものでないと断言するが、「我々はこのモラトリアムを対外的に維持できない」とも言っている(Bruxelles veut ouvrir la porte aux OGM,Libelasion,9.12Bruxelles souhaite la levée du moratoire sur les OGM,Le MondeInteractif,9.12)。言葉の裏には、ホルモン牛肉紛争(EU:科学委員会、ホルモン牛肉の危険性を再確認,02.4.24)をはるかに上回る大型紛争は何としても避けたいという本音が透けて見える。

 とはいえ、欧州委員会内部に軋轢があるのも確かである。昨年7月、ワルストロム環境担当委員は、委員会は信頼回復の途上にあり、モラトリアム解除は「時期尚早」と述べている。さらに、委員会の主張の一貫性にも疑問がある。一方ではモラトリアム解除を唱えながら、バイオセイフティ(バイオテクノロジーのリスクの予防)に関するカタルヘナ議定書を批准したばかりである。トレーサビリティと表示の強化を唄いながら、人間食料と飼料に含まれるGMOの許容上限に関する委員会提案の1%を0.5%に引き下げた欧州議会の修正は拒んでいる。バーン委員は、先の「リベラシオン」のインタビューで、GMOゼロは過去のこと、世界におけるGMO栽培を完全に停止するか、国境を閉鎖しないがぎり、それを閉じ込めることなどできないと言う。さらに、通常作物のGMO汚染の問題(EU:GM作物と非GM作物の共存は困難,02.5.18)を問われると、この問題は研究中、なお時間がかかると答えるのみである。

 この状態で、さらに意見の異なる15ヵ国をどうまとめることができるのだろうか。2004年のGM作物商用栽培を目指すイギリスのブレア首相は、実験最終段階での不祥事続発(イギリス:圃場実験GM作物に抗生物質抵抗性遺伝子,02,8,17;イギリス:GM作物実験、またも指針に違反ー刈り株から発芽した菜種が開花)にもかかわらず、断固、モラトリアム解除を主張するであろう。しかし、閣内は必ずしも統一されていない(イギリス:ミーチャー(環境担当相)、GMをめぐる米国の圧力を攻撃)。それに、食用油のようなGMOの痕跡が存在しない製品にまで表示を拡大しようとする新規則案には、実行不能と強く反発している(イギリス:遺伝子組み換え食品表示に酷評)。モラトリアム派のフランスの態度もあいまいである。常に「透明性」を唄いながら、GMトウモロコシの屋外圃場実験を続けている。シラク大統領は、ヨハネスブルグ地球サミットで、「食糧主権」、「予防原則」を称揚、飢餓に直面しながらGM食糧援助を拒絶するザンビアを擁護して米国をこき下ろしたが、これも国内では環境保護団体・少数派農民団体の強い反対(フランス:12団体、全市町村にGMO屋外実験・栽培禁止を要請,02.7.8)を押し切って屋外実験を続けることと一貫性がない。サミットでの主張は、単なる「反米主義」の表れでしかなかったのではないか疑われる。

 その上、欧州議会の第一読会での新規則案採択は非常な僅差での票決の結果であった。第二読会の帰結は予断を許さない。欧州議会内部、欧州委員会内部、欧州議会と欧州委員会の間、EU構成国内と構成国間の意見・態度の対立、あるいは曖昧性を見ると、バーン委員の強硬姿勢にもかかわらず、モラトリアムの行方はまったく見えてこない。

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