EU:遺伝子組み換え体に関する新規則案 02.7.5 EUでは、市民・農民の遺伝子組み換え体(GMO)に対する不安の高まりから、4年間にわたって新たなGMOの承認が凍結されてきた。しかし、このままではバイオテクノロジーがもたらす巨大な経済的機会を取り逃がすことになるであろう。指導者層の苛立ちが募っている。同時に、この凍結により巨額の経済的損失を受けているという米国のWTO提訴の動きもある。 欧州委員会は、この事態の打開に向けて準備を進めてきた。事態打開のためには、既存のGMO規制を一層強化して市民・農民を納得させるしかない。そのために、昨年7月、欧州委員会は、GMOをトレースし、GM飼料の表示を導入し、現行のGM食品表示ルールを強化し、食品・飼料中のGMOとその環境中への放出のための承認手続を簡素化するための二つの規則案を提案した。これらの規則案は欧州議会と閣僚理事会の承認を待っているが、欧州委員会は、これにより2004年に承認が再開されることを期待している。 新たな規則によっても、消費者の懸念を完全に拭うことはできないであろう。GMOによる作物・環境の汚染、生態系破壊を恐れる声はますます高まっており、新規則だけではこれらの懸念を払拭することもできないであろう。しかし、新規則は、今のところ、世界で最も厳格なGMO規制をもたらすであろうことは間違いない。 わが国におけるGMO規制のあり方を考えるに際しても、それは不可欠な参照事例となるであろう。従って、ここに新規則案の内容について概説する。そのためには、まず、EUの従来のGMO規制を概観しておかねばならない。 1.既存のGMO規制 (1)GMOの許可手続 GMOの実験のための環境中への放出と商品化(販売)の許可は、主として1990年の指令90/220/EECに拠っており、この指令を改める2001年の指令2001/18/EC(2002年10月17日発効予定)も既に採択されている。この指令はGMOやそれから構成され、あるいはそれを含むすべての製品の環境中への放出と販売の承認の手続を定めるもので、人間の健康と環境へのリスクの評価を義務づけている。 リスク評価の目的は、GMOの直接的または間接的、即発的または遅発的な悪影響を確認し、評価することであり、その際、GMOの意図的放出や販売によって生じ得る人間と環境への累積的・長期的影響も考慮するとされている。このリスク評価は、GM製品の開発方法の調査、有毒なあるいはアレルギーを引き起こす蛋白質など製品中の遺伝子の生産物に関連したリスクや抗生物質耐性遺伝子などの遺伝子移転の可能性も検討する。 リスク評価は、悪影響を引き起こし得るGMOの特性の確認→各悪影響がもたらし得る結果の評価→確認されたあり得る悪影響の発生見込みの評価→GMOの確認された各特性から生じるリスクの推定→GMOの意図的放出または販売から生じるリスクの管理戦略→GMOの全体的リスクの決定という方法に従う。 実験のための放出の場合には、実験が行なわれる加盟国の当局が企業からの通知を審査し、同意を与える。 商品化を望む企業は、最初に販売されるEU加盟国の関係当局に申請書類を提出する。この申請書類にはリスクの完全な評価が含まれねばならない。この加盟国当局が販売に同意しなければ手続はそこで終わる(販売不許可)。販売に同意できれば、当該加盟国が他の加盟国と欧州委員会に通報する。反対が出なければ、最初の審査当局が許可を出す。反対が出れば欧州委員会は、医学・栄養学・毒物学・生物学・化学その他の独立研究者で構成される科学委員会に意見を求める。この意見が販売に同意すれば、欧州委員会は加盟国代表で構成される規制委員会に「決定」(EU法の1形式)案を提出する。この委員会が同意すれば欧州委員会が決定を採択する。規制委員会が同意しなければ、決定案は閣僚理事会に提出され、特定多数決で採否が決められる。理事会が3ヵ月以内に決定しなければ、欧州委員会が決定を採択できる。 今年10月に発効する修正指令では、リスク評価や決定過程に関する上記のようなルールが見直されている。特に大きな改変は、公衆への情報提供義務と販売のすべての段階での義務的表示とトレーサビリティに関する一般的ルールが導入されたことである。また、許可に先立つリスク評価は他のGMOや環境との相互作用に関連した長期的影響を考慮するとされた。承認の有効期間は10年に制限され、これを過ぎれば再審査が必要になる。許可の決定については欧州議会への諮問が義務化され、欧州委員会の許可決定の提案を閣僚理事会が採択または拒否する可能性も導入された。 (2)GMO派生品その他の商品化許可手続 GMO含み、あるいはGMOで構成され、あるいはGMOから生産された食料製品を含む新規食品(ノベル・フーズ)の許可は、1997年の「ノベル・フーズ及びノベル・フード成分に関する規則(EC)258/97に従う。 その手続は、上記のGMO許可手続と基本的には変わらない。違いはリスク評価に「実質同等」の概念が導入され、GMOに適用されるような「完全な」リスク評価を免除する簡易手続が設けられていることである。GMOから派生するがGMOは含まない、成分・栄養価・メタボリズム・用途・有害物質のレベルなどに関して既存食品と「実質同等」な食品については、製品が実質的に同等であるとみなす科学的根拠を添えて欧州委員会に通知するだけでよい。 GMO派生品の飼料への使用を律する特別の規則は、現在までなかった。しかし、実際には、先の指令90/220/EECの手続に従い、飼料への使用を目的とするGMトウモロコシ4品種、GM菜種3品種、GM大豆1品種が承認されている。 (3)表示制度 EUにおいては、1997年以来、GMOの存在を示すための表示が義務化されている。 「ノベル・フーズ」規則は、GMOを含む食品及び食品成分の義務的表示を定めている。しかし、GMOから派生したけれどもGMOを含まない食品についての表示要件は複雑であり、実質同等の概念に依拠している。1998年の理事会規則1139/98は、トウモロコシ及び大豆の各1種から派生する食品・食品成分の遺伝子組み換えから生じるDNAまたは蛋白質の存在に基づく表示を規定したが、この基準がGMOから派生するすべての食品・食品成分の表示に適用されるルールを提供するモデルになっている。 2000年1月に欧州委員会が採択した規則(EC)50/2000は、最終製品にGMOのDNAまたは蛋白質が存在すれば、食品添加物やフレーバーも表示されねばならないと規定している。 通常の食品が偶然にGM物質で汚染された場合には、事業者が汚染を避けるための適切な手段を取ったことを証明すれば、GMから生じたDNAまたは蛋白質が1%未満のときには表示は要求されないという規定も導入された(規則(EC)49/2000)。 GM種子は、GM品種であることを明確に表示しなければならない(理事会指令98/95/EEC)。GMO飼料について特別に定める法令はなく、指令90/220/EECの一般的ルールが適用されてきた。再出発のためには、消費者・農民の支持が不可欠であり、飼料表示制度の確立や表示の信頼性を確保するための新たな政策(特にトレーサビリティの確立)が不可欠となる。 2.新規則案 昨年7月25日、欧州委員会は新たな二つの規則案*を提案した。既存の規制に比べての大きな変化は、GMOに特定した追跡システム(トレーサビリティ)の導入、表示義務を課される対象の拡大、食品・飼料中のGMOとその環境中への放出のための承認手続の簡素化とリスク評価に当っての「実質同等」の概念の廃止などである。上記の既存の規制との相違に焦点を当てて、これらの提案の概略を記す。 (1)レーサビリティの確立 GMOのトレーサビリティに関する一般的ルールは、既に先の修正指令(2001/18/EC)に述べられていたのであるが、この規則案は、その定義・目的を明らかにし、実施のために必要になる諸規定を定めている。 トレーサビリティの目的は、a)表示の監督と検証、b)あり得る環境影響に関しての的を絞った監視、c)予見されない健康・環境への影響が生じた場合のGMOを含む製品の回収とされている。 新たなルールの下では、事業者は、市場(販売)の各段階で、GMOを含むか、GMOから生産される製品に関する情報を伝達し、記録保存しなければならない。トレーサビリティは、例えばGM種子を開発した企業から始まる。この企業は、当該種子のすべての購入者に、それが遺伝子を組み換えられたものであることを知らせねばならない。企業は、種子を購入した事業者の記録保存も義務づけられる。農民も、その収穫物のすべての購入者に、それが遺伝子を組み換えられたものであることを知らせねばならず、収穫物を利用する事業者簿を記録保存しなければならない。このルールは、EUが販売を許可したすべてのGMO、GMO派生品(食品、飼料を含めて)をカバーする。 (2)新たな表示規則 現行の表示システムは最終製品に組み換えDNAまたは蛋白質が検出されることを前提としている。そのために、例えば高度に精製された油のような加工品は義務的表示の対象とならなかった。提案では、消費者と農民に食品や飼料の正確な性質と特徴を知らせるために、これらのDNAや蛋白質が検出できるか否かにかかわらず、すべてのGM食品・飼料に表示義務を拡張する。但し、最終製品の中で技術的機能(保存、品質保持等)をもたない加工補助品や酵素のような食品成分ではない製品は義務的表示の対象とならない。GM飼料で育てられ、あるいはGM薬品で治療された家畜の肉・乳・卵なども表示を要求されない。 (3)新たなGM食品・飼料の承認手続 現在は、先に述べたように、GMOとGM食品の評価と承認の責任はEUと加盟国が分担しており、GMOかGM食品かによっても別の手続が必要であった。この手続の煩瑣が開発企業の不満の種をなしてきた。このシステムをGMO、GM食品、GM飼料の科学的評価と承認のための「ワン・ドアーワン・キー」手続に置き換える。GMOそのものか、それから派生する食品・飼料かに関係なく、すべての商品化申請について統一的で透明な手続を設ける。これにより、食品と飼料の両用途に使われ得るGMOは、両用途について承認されるか、承認されないかのどちらかとなり、米国で起きたスターリンクのような問題は回避される。 リスク評価は人間と動物の健康へのリスクと環境へのリスクをカバーし、新設の欧州食品安全庁(EFA)が行なう。その意見について、市民がコメントする可能性が与えられる。EFAの意見に基づき、欧州委員会が承認か否かの提案を行い、規制委員会における加盟国の特定多数決で最終的決定がなされる。 |
農業情報研究所 地域・国別索引
遺伝子組み換え(GM)作物の健康・環境リスクに関する研究・レビュー FAO報告による途上国のGM作物研究・開発動向,05.5.19 メキシコのGMトウモロコシの影響、NAFTA環境協力委員会報告書,04.12.17 FAOが農業バイテク報告、途上国農業に大きな希望、だが万能薬ではない,04.5.1 GM作物共存・責任に関する英国政府バイテク委員会報告,03.11.27 英国王立協会会長、GM作物実験評価に関する意見―近代農業の将来の議論の触媒に,03.11.27 国際科学評議会(ICSU)のGM食品・生物評価報告,03.7.7 知的財産権委員会報告への英国政府の対応,03.6.7 −農民の種子への権利を保護、ActionAidのコメント− EU:遺伝子組み換え体に関する新規則案,02.7.5 援助食糧にスターリンク(NGO緊急リリース要約),02.6.28 EUのGMO新規承認モラトリアム解除とGMOをめぐる欧州の状況(下記のものを一文書にまとめました) GM作物・食品は安全 不安を煽る「食」情報への反攻の狼煙ー週刊ダイヤモンド特集,06.8.1[改訂:8.3] 英国:GM作物農場実験評価報告発表,03.10.18 ブラジルの遺伝子組み換え(GM)大豆承認,03.9.29 英国:GM作物の安全性は不確実、政府委員会報告,03.7.22 英国:GM作物の経済的便益は小ー首相府戦略ユニット,03.7.16 EU:GMO新規則に前進、GM世界戦争は不可避,03.7.3 追補(03.7.5):フランス農民同盟・農協連合の声明 米国、GMO規制でEUをWTO提訴、欧州委は断固反論,03.5.14 EU:GM・慣行・有機作物共存に挑戦,03.3.6 GMO紛争、米国がEU提訴を延期したが、その先は?,03.2.10 EU:決断迫られるGMOモラトリアムの解除、先行きは不透明,02.9.13 南部アフリカ:飢餓と遺伝子組み換え食糧援助の狭間で,02.8.29 EU:GM作物と非GM作物の共存は困難,02.5.18
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