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万葉集第4巻

488番
【額田 王女】(ぬかたのおおきみ)
君待つと我が恋ひ居れば
 我がやどの簾動かし秋の風吹く

あなたを待って恋しい思いでいると(あなたが部屋へ入ってくるときのように)すだれが動いたけれどそれはただの秋の風なのね

489番
【鏡 王女】(かがみのおおきみ)
風をだに恋ふるは羨し
 風をだに来むとし待たば 何か嘆かむ

風に想いをめぐらせるなんてうらやましい 風の訪れさへもう無い私とくらべて何をなげく事があるのでしょう

525番
【坂上郎女】(さかのうえのいらつめ)
佐保川の小石踏み渡り ぬばたまの
 黒馬の来夜は 年にもあらぬか

佐保川の 小石を踏み渡って 愛しい人が黒馬の乗って来る夜は 一年中絶え間なくあって欲しいわ

526番
【坂上郎女】(さかのうえのいらつめ)
千鳥鳴く 佐保の川瀬の さざれ波
 止む時もなし 我が恋ふらくは

千鳥鳴く 佐保川のさざ波のように いつもいつも あなたを恋しく想っているのです

563番
【坂上郎女】(さかのうえのいらつめ)
黒髪に 白髪交じり 老ゆるまで
 かかる恋には いまだあはなく

黒髪に白髪が交じる歳になるまで こんなに辛く 切ない恋をしたことがなかった

564番
【坂上郎女】(さかのうえのいらつめ)
山菅の 実成らぬことを 我に寄そり 言はれし君は 誰と寝らむ
      山菅が実を結ばないように 私と結ばれない事を嘆いていたあなたは 本当は誰と寝ているのかしら

582番
【大伴坂上大嬢】(おおともさかのうえだいぢゃう)
ますらをも かく恋ひけるを たわやめの
 恋ふる心に たぐひあらめやも

男らしいあなたでも こんなに恋してるでしょ 女性の私は気晴らしするすべもなく 恋心を抱いているのよ

588番
【笠女郎】(かさのいらつめ)
白鳥の 飛羽山松の 待ちつつそ
 我が恋ひ渡る この月ごろを

白鳥の 飛羽山松ではないけれど 永久に待つばかりでも 幾月でも待ち続けますわ

593番
【笠女郎】(かさのいらつめ)
君に恋ふ いたもすべなみ 奈良山の
 小松が下に 立ち嘆くかも

あなたが恋しくて 切なさに 奈良山の 小松の木陰に立って ため息ついているの

596番
【笠女郎】(かさのいらつめ)
八百日行く 浜の沙も 我が恋に
 あにまさらじか 沖つ島守

通るのに八百日もかかるほどの 長い砂浜の砂粒の数よりも 私の恋心の重さとは比べものにならないわ そうでしょ

607番
【笠女郎】(かさのいらつめ)
皆人を 寝よとの鐘は 打つなれど
 君をし思へば 寝ねかてぬかも

陰陽寮の 就寝を知らせる鐘の音が鳴っているけど あなたを想って 眠れないの

609番
【笠女郎】(かさのいらつめ)
我も思ふ 人もな忘れ なほなわに
 浦吹く風の 止む時なかれ

私も愛しているわ あなたも私を忘れないで 絶え間なく吹く潮風のように

611番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
今更に 妹に逢はめやと 思へかも
 ここだく我が胸 いぶせくあるらむ

もう、あなたに逢えないと思うからか こんなにも私の心は晴れ晴れとしないんだ

612番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
なかなかに 黙もあらましを なにすとか
 相見そめけむ 遂げざらましくに

どうせなら 黙っていればよかった どうして逢ってしまったんだろう 添い遂げることも出来ないのに

613番
【山口女王】(やまぐちのおほきみ)
物思ふと 人に見えじと なまじひに
 常に思へり ありそかねつる

誰かに恋してると 人に悟られないように いつも普通に振舞っているけれど 本当は死にそうなくらい苦しいのよ

614番
【山口女王】(やまぐちのおほきみ)
相思はぬ 人をやもとな 白たへの
 袖漬つまでに 音のみし泣かも

私を愛してはくれないのだと思うと 切なくて 衣の袖も濡れるほど激しく 声をあげて泣いています

615番
【山口女王】(やまぐちのおほきみ)
我が背子は 相思はずとも しきたへの
 君が枕は 夢に見えこそ

私の愛するあの人は 私を愛してはくれない 本当は私を好きならば あなたの夢の中に 見えるはずよ

618番
【大神郎女】(おほみわのいらつめ)
さ夜中に 友呼ぶ千鳥 物思ふと
 わび居る時に 鳴きつつもとな

夜中に 相手を呼んで千鳥が鳴いているの あなたを想いながら独り寝している 悲しい気持ちでいる夜なのに

656番
【坂上郎女】(さかのうえのいらつめ
我れのみぞ 君には恋ふる我が背子が
 恋ふといふことは言のなぐさぞ

恋しいと想っているのは私ばかり あなたが恋しいよと言うのは口先ばかりだわ

657番
【坂上郎女】(さかのうえのいらつめ
思わじと言いてしものを はねず色の
 うつろひやすき 我が心かも

もう あなたの事を考えるのはやめとうと思ったのに また、あなたを想ってる

658番
【坂上郎女】(さかのうえのいらつめ
思へども 験もなしと知るものを
 何かここだく 我が恋ひわたる

どんなにあなたを想っても仕方がないとわかっているのに どうしてこんなに 恋しく切ないんでしょう

659番
【坂上郎女】(さかのうえのいらつめ
あらかじめ 人言繁し かくしあらば
 しゐや我が背子 奥にいかにあらめ
 
今から人の噂がたっているのよ ねえあなた まったくこの先はどうなるんでしょうね

661番
【坂上郎女】(さかのうえのいらつめ)
恋ひ恋ひて 逢へる時だに 愛しき
 言尽くしてよ 長くと思はば

恋しくて やっと逢えた時くらい 優しい言葉をいっぱい言ってよ 私をいつまでも愛する気持ちがあるのなら

675番
【中臣郎女】(まかとみのいらつめ)
をみなへし 佐紀沢に生ふる 花かつみ
 かつても知らぬ 恋もするかも

佐紀沢の沼地の奥深くに咲く 花しょうぶではないけれど いままで こんなにも人を好きになった事など なかったわ

677番
【中臣郎女】(まかとみのいらつめ)
春日山 朝居る雲の おほほしく
 知らぬ人にも 恋ふるものかも

春日山にかかる 雲のように 浮ついた気持ちでいます 噂に聞いただけで まだ逢った事もない あなたに恋するなんて

678番
【中臣郎女】(まかとみのいらつめ)
直に逢ひて 見てばのみこそ たまきはる
 命に向かふ 我が恋止まめ

あなたに直接逢う事ができたなら 命がけで恋する 私の気持ちも落ち着くでしょうに

679番
【中臣郎女】(まかとみのいらつめ)
否と言はば 強ひめや我が背 菅の根の
 思ひ乱れて 恋ひつつもあらむ

あなたが いやだとおっしゃるのなら 無理に逢って下さいとは言わないわ 切なく苦しい想いで恋い慕っていましょう

680番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
けだくしも 人の中言 聞かせかも
 ここだく待てど 君が来まさぬ

もしかして 人の中傷を耳にしたのか こんなに待っても 君が来てはくれないのは

681番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
なかなかに 絶ゆとし言はば かくばかり
 息の緒にして 我恋ひめやも

いっそのこと 別れようと言えるなら 私は 命かけて こんなに苦しい恋をするものか

682番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
思ふらむ 人にあらなくに ねもころに
 心尽くして 恋ふる我かも

私を思ってくれる人でもないのに 繰り返し繰り返し あれこれと尽くし 片思いしているんだ

691番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
ももしきの 大宮人は 多かれど
 心に乗りて 思ほゆる妹

お城には 女官はたくさん居るけれど 心の中から離れないほど あなたを想っているよ

692番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
うはへなき 妹にもあるかも かくばかり
 人の心を 尽くさく思えば

つれない人だね こんなにも 私は心が苦いほど あなたを想っているのに

700番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
かくしてや なほや退らむ 近からぬ
 道の間を なづみ参ゐ来て

こんなにまでして来たのに やっぱり追い返されるのか 遠い道のりを苦労して逢いに来たのに

701番
【河内百枝娘子】(かわちのももえをとめ)
はつはつに 人を相見て いかにあらむ
 いづれの日にか また外に見む

ほんの少しだけしか あなたを見ることができなくて残念です いつか またどこかで会いたいですね

702番
【河内百枝娘子】(かわちのももえをとめ)
ぬばたまの その夜の月夜 今日までに
 我は忘れず 間なくし思へば

あなたをちょっとだけ見た あの夜の月が忘れられないの あれからずっと あなたを想っているのです

703番
【巫部麻蘇娘子】(かむなぎべのまそをとめ)
我が背子が 相見しその日 今日までに
 我が衣手は 乾る時もなし

あなたに会った あの日から今日までも 私の衣の袖は 涙で濡れて乾く事がないんです

704番
【巫部麻蘇娘子】(かむなぎべのまそをとめ)
栲縄の 長き命を 欲しへくは
 絶えずて人を 見まく欲りこそ

長生きをしたいと 神に祈るのは いつまでも永く あなたと逢いたいと思うからなのです

705番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
はね縵 今する妹を 夢に見て
 心の内に 恋ひ渡るかも

はなかずらの髪飾りをしている まだ幼いあなたが 私の夢に出てきたよ 私に恋しているんだろう

707番
【栗田女娘子】(あはためのをとめ)
思ひ遣る すべの知らねば かたもひの
 底にそ我は 恋ひなりにける

切ない気持ちを 紛らすすべもないので 片思いの哀しみのどん底に 沈んでしまいました

709番
【豊前国の娘子大宅女】(とよくにのみちのくちをとめおおかけめ)
夕闇は 道たづたづし 月待ちて
 いませ我が背子 その間にも見む

宵闇は 道がわかりにくいから 月が出るのを待ってから お帰りになって その間だけでも あなたの顔を見ていられるから

710番
【安都扉娘子】(あとのとびらをとめ)
み空行く 月の光に ただ一目
 相見し人の夢にし見ゆる

空に輝く 月の光に ただ一目見ただけの あなたなの夢を見るのです

713番
【丹波大女娘子】(たにはのおほめのをとめ)
垣穂なす 人言聞きて 我が背子が
 心たゆたゆ 逢はぬこのころ

周りの人が あれこれ噂するを気にしてるのでしょうか 心が迷って この頃は逢いにも来てくれない

714番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
心には 思ひ渡れど よしをなみ
 外のみにして 嘆きそ我がする

心では想い続けているのだけれど 逢う機会がないので 遠いここから 想い嘆いているんだよ

715番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
千鳥鳴く 佐保の川門の 清き瀬を
 馬打ち渡し いつか通はむ

千鳥鳴く 川下の清い川べりを 馬を走らせ あなたに逢いに行けるのは いつのことだろう

716番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
夜昼と いふわき知らず 我が恋ふる
 心はけだし 夢に見えきや

夜も昼も 私はあなたを想っているのです そんな私の想いが夢に出てはきませんでしたか

717番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
つれもなく あるらむ人を 片思に
 我は思へば 苦しくもあるか

私に関心がなく つれないあなたに片思いしている私は 苦しくてどうしようもないよ

718番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
思はぬに 妹が笑まひを 夢に見て
 心の内に 燃えつつそ居る

思いがけなく 笑顔のあなたが夢に出て来て 私の心は激しく熱くなっています

719番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
ますらをと 思へる我や かくばかり
 みつれにみつれ 片思をせむ

たくましい男だと自負していたのに こんなにも 恋やつれするほどの 片思いをしているよ

720番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
むら肝の 心砕けて かくばかり
 我が恋ふらくを 
知らずかあるらむ

胸が張り裂けそうなほど こんなにも 私が恋している事を あなたもわかっているだろう

730番
【大伴坂上大嬢】
逢はむ夜は いつもあらむを
 なにすとか 
その夕逢ひて 言の繁きも

逢おうと思えば いつだって逢えるのに どうして あの晩にかぎって逢った事が噂になったのでしょう

731番
【大伴坂上大嬢】
我が名はも 千名の五百名に 立ちぬとも
 君が名立たば 惜しみこそ泣け

私は 噂になっても平気だけど 私との噂が立つ事で あなたに迷惑がかかると思うと 口惜しくて泣いています

739番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
後瀬山 後も逢はむと 思へこそ
 死ぬべきものを 今日までも生ける

いつの日にか 逢いたいと思うからこそ 死にそうに苦しいのを耐えて 生きているのです

740番
【大伴坂上大嬢】(おおとものさかのうえのだいぢゃう)
言のみを 後も逢はむと ねもころに
 我を頼めて 逢はざらむかも

     言葉だけは いつか逢おうと 優しく言って期待させて 逢ってはくれないのではないですか

741番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
夢に逢ひは 苦しかりけり おどろきて
 掻き探れども 手にも触れねば

夢で逢えても 辛いだけだよ 目が覚めて、あなたを探しても 手に触れる事もないんだから

748番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
恋ひ死なむ
 そこも 同じそ 何せむに 
人目人事 言痛み我せむ

恋死にだって こうして 人目をはばかり噂を気にして 逢えないでいるのと 同じくらい苦しいよ

751番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
相見ては 幾日も経ぬを ここだくも
 狂ひに狂ひ 思ほゆるかも

逢ってから まだ何日も経っていないのに どうしてこんなにも 苦しくてたまらないほど あなたが恋しいのかな

762番
【紀女郎】
神さぶと 否にはあらず はたやはた
 かくして後に さぶしけむかも

悟りきって 人並みの恋愛などしないと言ってるのではありません 恋愛関係になったあとで あなたの心が離れてしまうのが不安なんです

764番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
百歳に 老い舌出でて よよむとも
 我はいとはじ 恋は増すとも

あなたが百歳になり 歯が抜け口元がおぼつかなくなり 歩くのも困難になっても 嫌になんてなりません いっそう愛しくなることはあっても

775番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
鶉鳴く 故りにし郷ゆ 思へども
 なにそも妹に 逢ふよしもなき

鶉鳴く 旧都の奈良に居た頃から 想い慕っていましたが どうしても逢う機会がなくて

776番
【紀女郎】
言出しは 誰が言なるか 小田山の
 苗代水の 中淀にして

最初に愛の言葉を口に出したのは どなたでしょう それなのに 山田の苗代水のように 訪れも途絶えてしまって

783番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
一昨年の 先つ年より 今年まで
 恋ふれど なぞも 妹に逢ひ難き

一昨年の その前の年から 今年まで ずっと恋い慕っているのに どうしてあなたに逢えないのだろう

785番
【大伴宿禰家持】(おおとものすくねやかもち)
我がやどの 草の上白く 置く露の
 身も惜しかえあず 妹に逢はざれば

私の家の庭の 草の上に白くつく露のように 儚く消えてしまう命であっても あなたに逢えないのなら 惜しくもないよ