環境と食品安全を脅かす食料供給システムー講演資料

農業情報研究所(WAPIC)

05.10.17

  最近、「東京のあすを創る協会の地域交流集会」で講演する機会があった。講演のテーマは、「環境と食品安全を脅かす食料供給システム」とした。趣旨は次のとおりである。

 現在の大量消費を支える食料供給システムは、環境や公衆衛生などの面からして持続不能な域に達しているが、消費者が身についてしまった安価な食品の大量消費の習慣を棄てることはあり得ない。そこで、その拡大をストップさせる唯一の方法には、工業的に生産される農産物・食品を世界中から最も安価に調達して生き残ろうとする大規模小売店の伸張を抑えることしかないのではないか。その方法の一例として、地場の小農民や中小零細企業・職人などの生産物しか置かない米国のファーマーズマーケットのような「市場」を都市空間に立地させる試みを提案した。

 後段についてはともかく、講演に際して用いた資料はこの集会参加者だけのものにするのはもったいないので、ここで公開することにした。

 講演会資料

 1.食の激変

 食料消費の増加と食品構成の変化。特に動物産品の消費の増加(以下のデータは、特に断らないかぎり、国連農業食糧機関=FAOによる)。 

2.変化を可能にし、促した要因ー食料供給システムの変化

  このような食の変化はグローバルな食料供給システムの変化によってのみ可能になった。

1)食料供給の増加と構造変化

 食料供給の伸び率(1961-2002年:%)

 

総供給

国内生産

輸入

 

日本

世界

日本

世界

日本

世界

小麦

159

261

46

258

224

304

コメ

71

279

69

278

460

421

トウモロコシ

815

300

0

295

898

627

大豆

338

763

69

674

435

1396

野菜

148

363

53

363

5106

846

果実

249

276

117

245

2889

560

牛肉

811

211

374

482

9100

482

豚肉

1188

352

604

386

1215

798

鶏肉

1577

831

931

836

2722

乳製品

421

172

396

171

121

509

バター

621

151

638

148

350

233

288

391

280

391

210

魚・海産食品

194

351

88

329

402

3228

 2)大量消費を可能にし、促進したもの

@農地の増加

世界の土地利用(1000f)

 

農用地

耕地・永年作物地

耕地

1961

4,513,313

1,366,221

1,276,557

2002

5,012,266

1,540,708

1,404,130

拡大面積

498,953

174,487

127,573

伸び率(%)

11.1

12.8

10.0

主要国・地域の耕地・永年作物地拡大(1961-2002年)

 

1961

2002

拡大面積

アフリカ

155,172

210,697

55,525

EU15ヵ国

98,966

85,262

-13,704

東欧

51,091

45,290

-5,801

アジア

437,760

573,387

135,627

中国

105,248

153,956

48,708

インド

160,986

170,115

9,129

タイ

11,393

19,367

7,974

オーストラリア

30,345

48,600

18,255

南米

77,617

126,594

48,977

ブラジル

28,396

66,580

38,184

米国

182,509

178,068

-4,441

 

A増産を可能にした農業・畜産生産構造の変化

家畜・鶏頭羽数の増加(世界)

 

鶏(1000羽)

1961

941,715,069

406,190,364

3,883,540

2004

1,339,295,580

947,801,201

16,351,860

今や60億の世界人口が、一人で02頭の牛、1.6頭の豚、2.7羽の鶏を飼っていることになる。家族員が平均5人とすれは、1家族当たり1頭の牛、8頭の豚、14羽の鶏を飼っていることになる

灌漑農業の発展(特に乾燥地)

灌漑面積

 

1961

2002

 

1961

2002

世界

139,136

276,719

豪州

1,001

2,545

アフリカ

7,410

12,879

南米

4,661

10,499

アジア

90,166

193,869

米国

14,000

22,500

インド

24,685

57,198

EU15ヵ国

6,690

13,101

 農業政策とアグリビジネスが促した農業近代化

・肥料・農薬の多投、畜産における動物薬品や成長促進剤(抗生剤・合成ホルモン)利用の発展

・これら技術の普及と機械化・専門(単作)化に助けられた農畜産の大規模化。

 利益本位の資材(種子、種畜・鶏も含む)供給企業や農畜産品加工企業・流通企業による農畜産業の垂直統合の推進とこのような農畜産・アグリビジネスへの政府補助金の投入。

 米国の実情(2002年)

 

農場規模区分(全農場数中の比率:%)

1農場当たり面積・家畜・鶏飼養頭羽数

全土地・家畜・鶏中の比率:%

農場土地面積

 

全農場(100

176ha

100

400ha以上農場(8

1,140ha

67

2000ha以上農場(1

6,100ha

35

牛飼養頭数

全農場(100

94

100

1000頭以上(1

<5,000

30

5000頭以上(0.1

<14,000

14

豚飼養頭数

全農場(100

785

100

加工企業等直営農場(1
7500
頭以上(0.3

11,500
<40,000

16
14

加工企業等契約農場(11
7500
頭以上農場(0.6

2,400
13,000

34
10

鶏飼育羽数

全農場(100

3,400

100

10万羽以上農場(0.5

<500,000

76

USDA:センサス)

このアメリカ型農畜産は、グローバルな競争の激化のなかで、世界中に広がり、広がりつつある。とりわけ最近では、安価で大量の食品の購入に走る消費者を直接相手とするスーパーなどの多国籍大規模流通業の激しい競争が生産者・加工業者に低価格商品納入を強い、それが上記の流れを一層加速している。

B農場から食卓までを結ぶグローバルな効率的ネットワークの組織化

・加工・流通企業の合併・工業化を通じての大規模化・多国籍化。加工企業は規模の経済・専門化した生産方法・資本集約的技術・垂直統合を求めて合併と工業化を続け、集中が進み、多国籍アグリビジネスが食料供給チェーンを支配するようになった。

「モンサント、カーギル、ネスレ、ウォルマートなどの一握りの多国籍企業が種子からスーパー店頭までの食品・農産品供給チェーンを支配するようになった。トップ30の食品小売企業が世界の食品雑貨の3分の1を売り上げ、・・・世界の穀物貿易の90%を五つの企業が、世界の農薬市場の4分の3を六つの企業が支配している。二つの企業が世界のバナナの半分を販売、三つの企業が世界の茶の85%を貿易、ウォルマート一社でメキシコの食品小売部門の40%を支配している。・・・この20年間の貿易・経済自由化が、農産食品企業ーネスレ、モンサント、ユニリバー、テスコ、ウォルマート、バイエル、カーギルなどーのサイズ・支配力・途上国での影響力の巨大な拡張を可能にし、企業合併・買収・事業提携がこれら企業に巨大な市場支配力を与えた・・・。ネスレはガーナの国内総生産(GDP)を上回る利益を上げ(02年)、ユニリバーの利益はモザンビークの国民所得を3割以上上回る。ウォルマートの利益に至っては、これら両国の国民所得を上回る」(自由貿易で食料が一握りの多国籍企業の支配下にー途上国の貧困を助長)。

・インフラや効率的輸送網の構築・食品保存技術改良などの物流改善。 

3.食料供給システムと食品安全・環境

 このような食料供給システムの変化は安価な食料の大量消費を可能にしたが、反面、食品安全と環境を脅かすようになった。

1)農地拡大→森林・自然植生破壊・灌漑の増加→洪水と干ばつ、土壌侵食・劣化・砂漠化、生物多様性喪失・地球温暖化の加速(例:大豆ブームがアマゾンを破壊 雨林は救えるか二つの最新情報 ブラジル:大豆がアマゾンを呑み尽くす利主義がもたらす環境破壊アマゾン森林破壊の最大要因は牛飼育、EUの牛肉需要が破壊を加速中国黒竜江省 過剰開発による浸食で黒土を急速に喪失 穀物栽培地は孫世代に残らない)。                  

2)灌漑の増加→水資源枯渇、土壌劣化(塩害→砂漠化)、森林からの過剰取水がもたらす干ばつ助長(例:干ばつに脅かされるタイ稲作 エル・ニーニョが追い討ちか)。

3)家畜の増加→地球温暖化(温室効果ガス排出ー人間活動に帰せられる二酸化炭素の総排出量の21%を我々が食べる動物が排出しているという計算がある→地球温暖化は肉を食べるのをためれば抑制できるー英国物理学者)、人畜共通感染症(鳥インフルエンザ等)の発生と増加(例:新型インフルエンザ(H5N1)勃発は不可避 破滅的結果回避には緊急行動が不可欠ー米研究者)。

4)農業・畜産の大規模化と効率化(化学肥料・農薬多用、地域的に集中した大規模工場畜産、獣医薬・成長促進のための合成ホルモンや抗生剤の多用)→大気・水・土壌汚染(→食品・環境汚染→健康障害)、人畜共通感染症の増加(例:欧州環境庁、水環境でブリーフィング農業起原硝酸塩汚染が最大問題カリフォルニア 大気汚染の元凶として大規模酪農が槍玉にー農業が環境政策論争の重要論点に工場畜産環境汚染抑制に壁、規制緩める米国欧州委、農業起原水質汚染で英仏に法的措置ワールドウォッチ報告 工場畜産の世界的拡散と環境・健康・コミュニティー破壊に警告)、残留薬剤・ホルモンによる食品汚染や抗生剤耐性菌の増殖による人間の治療の困難化(例:欧州委、ホルモン牛肉禁輸への米加制裁解除を求め、WTO提訴米国豚肉最大手 スミスフィールドが人間治療用の抗生剤の飼料添加を停止へ)、飼育家畜種の少数改良品種化による動物遺伝資源多様性の喪失(例:食糧・農業の将来を脅かす遺伝資源多様性喪失、植物遺伝資源条約は発効するが)。とりわけ途上国における(ときに暴力的手段による)土地取り上げによる家族小農民の駆逐と貧困の助長(例:ブラジル、牛肉ブームで殺人が多発 米国生まれシスター惨殺で漸く政府が対策に本腰)。

5)加工・流通企業の支配力の増加→上記の農畜産大規模化・効率化の促進に加え、小農民の市場からの排除による駆逐とそれによる貧困・食料不安の助長(例:自由貿易で食料が一握りの多国籍企業の支配下にー途上国の貧困を助長アフリカ農民はスーパーへの供給を組織せねばならないFAOが警告)、工場・スーパー労働者の虐待(例:米国食肉産業 最も危険な職場からの脱却を目指す労働者の戦い 消費者が思いいたすべきことカリフォルニアの貧民の町、ウォル・マート進出を阻止)、食肉加工ラインの猛スピードがもたらす食品安全への不安(例:BSE日米実務レベル協議終了、検査と特定危険部位除去だけで安全なのか)。

6)食料輸送の増大と遠距離化→エネルギー消費増大のよる地球温暖化加速(例:国産・有機食品消費だけでは不十分、車の国内輸送往復が最大の環境負荷 英国の研究)。

 大量消費社会を支える食料供給システムは、今や持続不能な域に達している。しかし、消費者が安価で大量の食料を求め続けるかぎり、その驀進―地球と人類の滅亡に向かっての驀進ーを止める手立てはない。それを止めることのできるのは、このようなシステムを支える空間ー物理的ネットワークの破壊的創造だけのように思われる。

 「グローバリゼーション、ディスカウント・ショップ、消費者は世界中のそこそこの食品・製品を驚くほどの安さで、手軽に入手できる。大歓迎だろう。だが、セーフウェーに長く勤め、「中産階級」の生活を送ってきた一従業員は、スト騒ぎのなか、「消費者」としての妻がウォル・マートに出かけるのに頭を抱える。「消費者」とは何なのだ。経済学は、グローバリゼーション、貿易自由化、自由競争の「消費者利益」を強調する。・・・だが、「消費者」は本当に利益を得ているのか。経済学は安売りの社会的意味を測る手段をもたない。

 モノに関する経済学に依拠する競争法は頼りにならない。頼りになるのは空間・都市計画だ。ウォル・マートの流通網も、それが依拠する「空間」なしでは物理的基盤を失う。フランスは、環境・景観破壊を一つの根拠に大規模店の展開を規制してきた。カリフォルニア住民は、劣悪な労働条件の拡散を主な理由に、ウォル・マートの進出を阻止した。ウォル・マートは、こんな規制のない国、どんなに環境が壊されようが、またどんな劣悪な労働条件であろうと、仕事さえあればという貧しい国への進出に拍車をかけるかもしれない。だが、これらの国では、インフラも未整備だ。ロシア進出の最大の問題は、世界各地から安価な商品を集める物流コストだという。かつてはファスト・フードが米国高速道路網を作り出したが、これらの国の政府にそんな投資ができるだろうか。ともあれ、カリフォルニアのウォル・マート阻止は、その驀進を止める方法に一つのヒントを与えたことで、画期的意味をもつ」(カリフォルニアの貧民の町、ウォル・マート進出を阻止,04.4.16)。

 最近構想されている大規模店の郊外出店の規制強化による中心商店街振興は疑問。空洞する中心地に、例えば米国のファーマーズマーケットのような「市場」の立地を可能にするのも一案ではないか。

3.米国のファーマーズマーケット

  1994

1996

1998

2000

2002

2004

1,755

2,410

2,746

2,863

3,137

3,706

 ワシントン州オリンピア(州都)のファーマーズマーケットの例

出品品目

地域栽培日取り生鮮果実・野菜、手作り工芸品、最高級植物種苗・苗木等、ジャム・ゼリー・蜂蜜、パンとパストリー、生鮮魚介、地域加工特産チーズ、農家生鮮卵、生鮮牛・豚・鶏・七面鳥肉、生鮮・乾燥ハーブ、燻製肉・チーズ・ジャーキー・ソーセージ等加工肉、地域栽培生鮮及びドライ・フラワー、エスニックな文化(当地ではインディアンか)が生み出した独特な調整食品、ライブ(エンターテインメント)。

参加者

 参加資格があるのは個人か家族に限られる。作物を自ら生産・収穫する農民(完成品の購入または再販はできない)、肉・魚のような生鮮食品または自分で加工する加工業者、自分の手で作る手工芸者。指定された近隣地域内に住み、そこで生産する者でなければならない。参加希望者は運営委員会への事前の申請で許可を得ねばならない。市場のバランスを取るために、農民も定められた期限(毎年11日から210日まで)内に申請、許可を得ねばならない。参加者は販売の前に検査を受ける。年間参加費は100ドル。また、出品日ごとに一日の販売額の1%か、最低1日当たり料金(出品者の類別で7ドルから10ドル、土日は増額)の多い方の料金を支払う。

開市

 2005年は47日(日)から1030日まで。午前10時から午後3時まで。

     

20056月、筆者撮影)